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ある一日

第42話 朝食

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「おかわり!」 

 かなめに遠慮と言う言葉は存在しない。朝稽古をして、そのまま朝食を作る薫の邪魔ばかりしながら食堂をカウラに追い出された。その上、資料をめぐり討論していたアメリアからも邪険にされた。当然のように少し機嫌が悪かったのも十数分前までの話。もりもりとどんぶり飯を食べ終えて叫んだ。

「はい!かなめさんはよく食べるわよね」 

 うれしそうな表情の母を見て誠は和んでいた。食卓にはアメリアの姿は無かった。なんでも東都警察からの情報提供があり、その内容をめぐって話があると言うことで客間で端末を眺めて司法局本局の明石達幹部と議論しているところだった。

「辻斬りか……物騒な世の中だな」 

 すでに食事を終えて、デザートのヨーグルトまで平らげたカウラがポツリとつぶやく。アメリア達が篭ったのを見て二人の端末にアクセスしてある程度の情報を得たのだろう。

「それはいつの時代だ?」 

 二杯目のどんぶり飯を海苔の佃煮をおかずに食べていたかなめが呆れたようにかなめを見る。

「仕方ないだろ?ここ二ヶ月で八人。どれも一太刀で絶命。しかもどの死体にも財布もカードも金目のものはすべて残ったままで放置されてたって言うんだから」 

 カウラは言い訳する。皿のどんぶり飯を盛った薫が興味深そうにかなめ達を眺めている。

「一太刀で人を斬るのは相当手馴れた証拠ですわね」 

 そんな薫の言葉にかなめはうなづく。誠も真剣でわら束や丸太などを斬ることの難しさを知っているのでうなづかざるを得なかった。

「でもそれは警察のお仕事でしょ?かなめちゃん達は休みなんだから気にしなくてもいいのに」 

 お気楽にそう言ってどんぶり飯にをかきこみながらかなめは大きなため息をついた。

「あ!もう無いの?」 

 とりあえずの打ち合わせを終えて戻ってきたアメリアが空のニシンの甘露煮が入っていた小鉢を見て叫んだ。

「へへーん!早いもん勝ちだ!」 

 かなめが得意げに叫ぶ。

「ああ、まだ箱に残ってたのがあると思うから」 

「いいです!おかずはちゃんとありますから」 

 立ち上がって冷蔵庫に向かう薫を押しとどめてアメリアはそのまま昨日誠の父誠一が座っていた席につく。

「辻斬りの一件は?」 

 カウラの言葉にかなめは眉を寄せてアメリアに目をやった。

 しばらくアメリアはナスの漬物を齧りながら黙ってご飯を掻きこんでいた。無視されたと思ったのか、カウラの表情が少し曇ったのを悟るとそのまま茶碗と箸を置く。

「まずうちには出番は無いわね」 

 はっきりとアメリアは断言する。しかし、かなめもカウラも納得したような顔はしていない。そこに助け舟を出すようにかなめが口を開く。

「東都警察にも面子があるってことだ。同盟厚生局と東和軍の一部の結託を見抜けなかったことで公安は幹部三人が事実上の更迭。人体実験の材料にされた被害者が租界の難民だけじゃなくて東和全域で捜索願が出されていた人物も含まれていたことで総監が謝罪会見の上辞任だ。どちらも東和警察は無能の烙印を押されたわけだ。今度、アタシ等が手柄を上げてみろ。連中の首もどうなるかわかったもんじゃない」 

 そのまま鯛そぼろを茶碗のご飯にふりかけ、静かに急須から茶を注いだ。突然のかなめの暴挙に誠は唖然としていた。

「今度は邪魔しないから手際を見せろと言う所か……隊長も人が悪いな」 

 カウラは呆れたようにそうつぶやいた。ぐちゃぐちゃと茶碗の中の物をかき混ぜ始めたかなめをカウラが汚いものを見るような目で見つめている。

「租界だとか軍の不穏分子だとか、そう言うところは私達の担当領域だけどねえ。辻斬りだの強盗だのはおまわりさんのお仕事でしょ?頭を下げてこない限り動く理由も無いし動けば経費がかかるだけ。つまらないじゃないの」 

 アメリアはそう言って味噌汁をすする。

「あのー……西園寺さん」 

 恐る恐る誠が声をかける。

 かなめはすでに茶碗に醤油を注いでいた。その茶碗の中のどろどろしたものを一口飲み込んだ後は、今度は味噌汁を注ごうとしている。

「どこか変なことでもあるのか?」 

 とぼけたかなめの言葉に、隣に座っている薫の頬が引きつっている。それを知っているのは間違いないが、平気な顔をしてそのぐちゃぐちゃの物体を飲み下し始めた。

「ああ、なんか気分が悪くなってきた」 

 そう言うとアメリアが立ち上がった。カウラも薫が用意した湯飲みを手に取ると立ち上がる。

「神前。どうしたんだ?」 

 まるで空気を読んでいないかなめが頬にご飯粒をつけたまま急いで口に飯を詰め込んでいる誠に声をかけた。

「ええ、まあ」 

 それだけ言うと誠は立ち上がり、自分の食器を流しに運んでいった。

「ああ、そうだ。アメリア。頼まれてたバースデーケーキの手配な。済ませといたぞ」 

 かなめの言葉に食事を終えたアメリアは満足げにうなづいている。それを見て少しだけ気分が晴れた誠はそのまま昨日のイラストの仕上げをしようと階段を駆け上がった。

 椅子に座り、もう一度自分の描いたイラストを見てみる。そしてアメリアが指摘したゲームのキャラのデザインを思い出してみる。

 アメリアには主人公の高校生の前世が混沌をもたらした魔王であり、その魔王に作られた女将軍と言う設定だと言われていた。魔族とは思えないほどの生真面目で純粋な性格、そして自分への絶対的な自信で普通に人生を送ろうとする主人公に地上、天界、魔界の征服を目指すように諭すキャラだと言われていた。

「真面目で自信家……そう言えばカウラさんだもんなあ」 

「私がどうかしたか?」 

 そんなところに突然カウラに声をかけられれば気の弱い誠が椅子からずり落ちるのは当然といえた。

「危ないぞ、もう少し椅子から降りるときは……」 

「なんでいるんですか!」 

 誠は思わず叫んでいたが、カウラは誠の言葉の意味が良くわからないようだった。

「ああ、エルマは来れないそうだ。やはり辻斬り騒ぎで東都警察はクリスマスも正月もないらしい」 

 悪気の無いところがいかにもカウラらしかった。誠はどうにか椅子に座りそのまま時計を見てみる。もうすでに部屋に入って一時間以上。逡巡と回想が誠の時間をあっという間に進めていたようだった。

「わかってる。神前はそのイラストで私を驚かそうというんだろ?見るつもりは無い」 

 そう言ってそのままカウラは入り口近くの柱に寄りかかった。

「別にそんなに秘密にしているわけでは……」 

 思わず照れながらも誠はできる限りカウラから自分の描いたイラストが見えないような体勢をとった。かなめもアメリアもさすがにあの女魔族のイラストをカウラに見せてからかうことはしない程度の常識は持ち合わせていてくれるようだった。カウラは明らかに誠のイラストに興味があるようにちらちらと誠の背後に視線を走らせている。

「それにしてもいろんな漫画があるんだな」 

 停滞した空気を変えようというように、カウラが誠の部屋の本棚を眺める。地球と違い遼州にはまだ豊かな自然が残されていた。その為、地球ではほとんどがデータ化されて端末で見ることが多い漫画も、遼州では雑誌で見ることができる。おかげで遼州出身でそのまま地球でデビューする漫画家も多いことを誠も知っていた。

「まあ趣味ですから」 

 そんなことを思いながら誠は漫画を手に取るカウラを眺めていた。

「面白いのはどれだ?」 

 突然のカウラの言葉。誠は意表を突かれた。

「カウラさんが読むんですか?」 

「他に誰が読むんだ?」 

 当たり前の話だったが意外な言葉に誠は驚いた。そしてアメリアの美少女ゲームの展開まで思い出して噴出しそうになった。魔王として生きることを選んで暗い設定に陥る以外のエンディングもアメリアは用意していた。

 普通の生活に興味を示した破壊しか知らない女魔族に普通に生きる喜びを与えて最後には結ばれるエンディング。それを思い出したとたん誠は恥ずかしさでいっぱいになりうつむく。

「どうした、答えてくれてもいいんじゃないのか?」 

 カウラの問いに誠は嬉々として立ち上がって本棚の前のカウラに笑顔を向けた。

「どんなのがいいんですか?ヒーローものとかアクションとかドラマ系とか……ああ、パチンコ系の漫画は無いですよ。あの劇画タッチは苦手なんで……」

「そうか、……お前の勧めるもので」

 おずおずとカウラが呟く。ただ誠としてはそう言われるとただ立ち尽くすしかなかった。

「どうだ……何かないのか?」

 聞かれると目は自然とカウラの青い瞳に向かう。緑がかった明るい青い瞳。誠はその瞳に見つめられたまま何も出来ないでいた。

「ああ、作業があるんだな。また次の機会にしよう」

 カウラはそう言うと部屋を去っていった。誠は純粋な瞳に見つめられた余韻に浸りながら目の前のデッサンのカウラに目をやった。
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