94 / 105
普段の一日
欲望の詰まった部屋
しおりを挟む 朝井さんが俺のパーカーに手を掛けて、チャックを下ろし手を滑り込ませた時だった。
幻聴かもしれないけど、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。
でもそれは幻聴ではなく、どんどんと大きくなってくる。
朝井さんもそれに気付いたようで、手の動きを止めた途端、ドアが勢いよく開けられた。
その向こう側には、さっき俺が名を呼んだ、愛しい人。
その後ろにはタケさんがスマホを握りしめ、この状況を見て目を丸くさせていた。
景は室内に入るなり、朝井さんの首根っこを掴んで俺の体から引き離す。
よろけながら立ち上がる朝井さんの胸倉に掴みかかり、右手に力を入れて拳を作ったから俺はぎょっとしたけど、俺よりも早くタケさんが止めに入った。
「わーっ、景ちゃん! さすがに殴るのはまずいよ!」
タケさんが二人を引き離している間に俺は上半身を起き上がらせ、乱れた息を整えた。
た、助かった……
パーカーのチャックを上げると、手首が痛んだ。なんだか捻ってしまったようだった。
景が俺の元に近づいて来て、俺の唇を親指で撫でた。
「大丈夫?」
低くて頼もしい声を聞いて、ようやく安心出来た。
うん、と頷くと景も安堵の表情を浮かべる。
見ると景の額にじんわりと汗が滲んでいて、酷く息切れしていた。
きっと俺の事を懸命に探していてくれたんだ。それが嬉しくて、今度は安堵の涙をほろりと流した。
朝井さんはそんな俺たちに向かって言い放った。
「よく分かったなぁ。ここだって」
景はピクリと方眉を動かすと、朝井さんに視線を移した。
「随分と探しましたよ。桜理は今頃あなたのマンションを訪れているはずです。タケがいなかったらここまでたどり着いてなかったでしょうね。交友関係が広いタケにいろんな方と連絡を取ってもらって、あなたと関係を持った男性達にたどり着きました。決まって出てくる店の名前はここでしたし、ここなら人に会わないですみますからね」
「へぇ」
朝井さんはタケさんの方をちらりと見る。タケさんはその冷たい視線に少したじろいたけれど、タケさんはスマホの画面を朝井さんに見せつけた。
「朝井さん! この事は誰にも言いませんl だから、このまま修介を開放してあげて下さい!」
画面には、俺の上に乗っかる朝井さんの姿があった。
朝井さんはぐっと唇をかんでから、もう一度景に視線を移して言い放った。
「ムカつくんだよな、お前のその目。事務所の力でここまで来れたようなもんだろ? 努力なんかしなくて才能だけで生きてるような奴って、俺本当に嫌いなんだよね」
「違いますっ!」
俺は自然と口から零れていた。そんな俺に景とタケさんは固まっていた。
「景はっ、才能だけでここまで来てるんじゃないんですっ! 言わないだけで、朝井さんが知らないだけで、見えないところで沢山努力してるんですっ! 俺は知ってます、景がいつもどれだけ頑張ってるのか……景の事、悪く言うのはっ、俺がっ許さないですから……っ」
早口になりながら言葉が溢れる俺の肩を、景は優しくポンポンと叩いて、ニコリとした。
そのまま俺を立ち上がらせると、手を引いて何も言わずに部屋を出ようとする景に、朝井さんは自嘲気味に笑った。
「いいよ。一発殴っても。俺お前の一番大事な人に嫌な思いさせちゃったんだぜ? 憎いだろ?」
「殴りませんよ」
景は冷酷に微笑して朝井さんを上から見下ろした。
「殴る価値も無い」
「……言うねえ」
「今度はこんな形じゃなくて、演技で勝負して下さいよ。まあ、僕が負けることは無いですけど」
「楽しみにしてる」
二人で意味深に微笑み合ってから、タケさんを先に部屋から出して、景は俺の手を引いてその場を後にした。
幻聴かもしれないけど、外から足音が近づいてくるのが聞こえた。
でもそれは幻聴ではなく、どんどんと大きくなってくる。
朝井さんもそれに気付いたようで、手の動きを止めた途端、ドアが勢いよく開けられた。
その向こう側には、さっき俺が名を呼んだ、愛しい人。
その後ろにはタケさんがスマホを握りしめ、この状況を見て目を丸くさせていた。
景は室内に入るなり、朝井さんの首根っこを掴んで俺の体から引き離す。
よろけながら立ち上がる朝井さんの胸倉に掴みかかり、右手に力を入れて拳を作ったから俺はぎょっとしたけど、俺よりも早くタケさんが止めに入った。
「わーっ、景ちゃん! さすがに殴るのはまずいよ!」
タケさんが二人を引き離している間に俺は上半身を起き上がらせ、乱れた息を整えた。
た、助かった……
パーカーのチャックを上げると、手首が痛んだ。なんだか捻ってしまったようだった。
景が俺の元に近づいて来て、俺の唇を親指で撫でた。
「大丈夫?」
低くて頼もしい声を聞いて、ようやく安心出来た。
うん、と頷くと景も安堵の表情を浮かべる。
見ると景の額にじんわりと汗が滲んでいて、酷く息切れしていた。
きっと俺の事を懸命に探していてくれたんだ。それが嬉しくて、今度は安堵の涙をほろりと流した。
朝井さんはそんな俺たちに向かって言い放った。
「よく分かったなぁ。ここだって」
景はピクリと方眉を動かすと、朝井さんに視線を移した。
「随分と探しましたよ。桜理は今頃あなたのマンションを訪れているはずです。タケがいなかったらここまでたどり着いてなかったでしょうね。交友関係が広いタケにいろんな方と連絡を取ってもらって、あなたと関係を持った男性達にたどり着きました。決まって出てくる店の名前はここでしたし、ここなら人に会わないですみますからね」
「へぇ」
朝井さんはタケさんの方をちらりと見る。タケさんはその冷たい視線に少したじろいたけれど、タケさんはスマホの画面を朝井さんに見せつけた。
「朝井さん! この事は誰にも言いませんl だから、このまま修介を開放してあげて下さい!」
画面には、俺の上に乗っかる朝井さんの姿があった。
朝井さんはぐっと唇をかんでから、もう一度景に視線を移して言い放った。
「ムカつくんだよな、お前のその目。事務所の力でここまで来れたようなもんだろ? 努力なんかしなくて才能だけで生きてるような奴って、俺本当に嫌いなんだよね」
「違いますっ!」
俺は自然と口から零れていた。そんな俺に景とタケさんは固まっていた。
「景はっ、才能だけでここまで来てるんじゃないんですっ! 言わないだけで、朝井さんが知らないだけで、見えないところで沢山努力してるんですっ! 俺は知ってます、景がいつもどれだけ頑張ってるのか……景の事、悪く言うのはっ、俺がっ許さないですから……っ」
早口になりながら言葉が溢れる俺の肩を、景は優しくポンポンと叩いて、ニコリとした。
そのまま俺を立ち上がらせると、手を引いて何も言わずに部屋を出ようとする景に、朝井さんは自嘲気味に笑った。
「いいよ。一発殴っても。俺お前の一番大事な人に嫌な思いさせちゃったんだぜ? 憎いだろ?」
「殴りませんよ」
景は冷酷に微笑して朝井さんを上から見下ろした。
「殴る価値も無い」
「……言うねえ」
「今度はこんな形じゃなくて、演技で勝負して下さいよ。まあ、僕が負けることは無いですけど」
「楽しみにしてる」
二人で意味深に微笑み合ってから、タケさんを先に部屋から出して、景は俺の手を引いてその場を後にした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第五部
遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。
訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。
そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。
同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。
こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。
誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。
四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。
そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。
そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる