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部隊長の情勢分析

大人達の密談

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「若者達はいいねえ」 

 隊長席でのんびりとタバコをふかしながら、嵯峨は窓を開けて身を乗り出すようにして通用門に向かうバスを眺めていた。

「吉田の。お前も行けばよかったのに。あの仕事熱心な明華も有給取ってるんだ、そのうち騒がしくなったら遊びにも行けなくなるぜ」

 振り向いた嵯峨の一言に吉田はめんどくさそうに口を開く。

「確かにそうなんですが……」 

 吉田はソファーに腰掛け、隣に立っている司法警察と同規格の制服を着た女性を見やった。黒いセミロングの髪の女性は、胸の前で手を組み、立ったまま嵯峨の様子を覗っている。

「秀美さん、とりあえず腰掛けたら……」 

 嵯峨は窓のサッシに寄りかかりながら笑顔でそう言って見せる。

「服が汚れるから止めておくわ」 

 やわらかい笑顔を浮かべながら安城(あんじょう)秀美少佐はそれを断った。

 静かだが明らかに軽蔑したような彼女の視線に嵯峨が身をすくめる。司法局公安部隊隊長の安城秀美(あんじょうひでみ)はまた身を翻して子供のように窓から身を乗り出している嵯峨の様子を見守っていた。

「それより近藤資金のデータがなぜうちに来ないのか、説明して貰えるかしら?」 

 詰問するような調子で安城は嵯峨を見据えている。

「吉田の。あれだけだろ?ウチで把握してる資料って……」 

 嵯峨はようやく執務用の椅子に戻って目の前の決済済みの書類の山をぺらぺらとめくる。彼は決して安城を見上げようとはしなかった。

「諦めてくださいよ、隊長」 

 安城が自分と匹敵するハッカー能力を持つことを知っている吉田のそんな一言を聞くと、嵯峨は仕方がないと言うように手元にあった紙切れに四文字のカタカナを書き付けて机の端に置いた。

「それで正面からウチのシステムに入れますよ」 

 それを見ると安城は歩み寄ってその紙切れを拾い上げた。安城はまるで欲しかった人形を手に入れた少女のような表情を浮かべる。嵯峨の視線か秀美に釘付けになる。

「秀美さん。今日はこんな紙切れのために来たんじゃないんでしょ?」 

 吉田が見ていることに気がつくと、嵯峨はそう言いながら咳払いをして椅子に深く座りなおした。

「そうね。法術特捜部隊の設立に関して同盟司法機関直属の実力部隊としての総意を取り付けようと思って……その設立は早急かつ万全である必要があるということで」 

 ようやく穏やかな表情に戻った安城が嵯峨を見つめる。

「それなら次の司法局の幹部会にでも……」 

「あら、いつもそこで居眠りばかりしている人は誰なのかしら?おかげで司法局には無駄飯食いが多いと軍から突き上げを食らうのはいつだって私なのよ」 

 そこまで言うと参ったと言うように嵯峨は両手を頭の後ろに持ってきて苦笑いを浮かべる。

「きついなあ、秀美さんは」 

 嵯峨のそんな態度に安城は明らかにいらだっているように大きく見せ付けるように息を吐いた。

「人体発火能力のように以前からのテロ行為とのハイブリッドの攻撃だけならうちでも対応可能かもしれないけど……。戦術的な意図を持って法術兵器を使用してのテロが行える組織が存在するようならうちの手には余るわ」 

 ここまで言うとさすがに嵯峨も関心がある話なのでそのまま安城を見上げるようにして机の上に頬杖を付いて真剣に聞き入る。

「それにウチはには神前君や嵯峨さんみたいな法術適性上位クラスの隊員はいないのよ」

 大きくため息をつく安城を見ながら嵯峨はタバコを灰皿に押し付けて立ち上がる。 

「確かに同盟機構の上層部が機動部隊であるうちと対テロ部隊の秀美さんの部隊の設立には積極的だったのは法術の公表の前の話だからね。自爆テロと爆弾テロを組み合わせてるとか、同盟加盟に難色を示す一部の軍部隊の暴走やベルルカンで動いている同盟軍の側面支援とか。そんなことしか頭に無かった偉い人には法術犯罪の専門部門を司法局に新設する必要性なんて感じてないかもしれないねえ」 

 諦めたように静かに呟く嵯峨。吉田も黙ってその様子を見つめている。

「つまり法術絡みになればうちはお手上げなわけよ。新設される法術特捜のフォローは嵯峨さんの所でしてもらわないと困るのよね」 

 そう言い切られて嵯峨は困ったような顔をして押し黙る。

「そんな顔しても無駄よ。まあこちらの領分、既存のテロ組織関連の事件ならいつでも引き受けるけど」 

 穏やかな口振りだが、語気は強い。ソファーに腰掛けた吉田が伸びをすると、困ったような目で安城を見つめる嵯峨の姿があった。いつまでも困った顔を続ける嵯峨に安城は大きくため息をつく。

「先週の同盟司法会議でも柔軟に対応すると言うことでお手伝いが出来るような体制を作るように上申しておいたの見てなかったの?まあ嵯峨さんはまた寝ていたみたいだけど」

 寝ていた事実を指摘されるとさすがの嵯峨も頭を掻きながら手にしたタバコの箱を転がすことしか出来なかった。そのまま嵯峨は再びどっかりと椅子に体を預ける。 

「だってさあ……頭の固いお偉いさんに具体的な事例も挙げずに戦力強化のお話なんて……結果が見えてるもの。話し聞くだけ体力の無駄だと思ってたからねえ」 

 とぼけたような嵯峨の態度に安城は苛立つばかりだった。
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