レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,481 / 1,503
警邏活動

噂話

しおりを挟む
「奴等もかなり本質に近づいてきたみてーで……ひと安心だよ」 

 それは見た目がどう見ても7,8歳の小柄な少女が言う言葉では無かった。ただし彼女の着ているのは東和陸軍と同型の制服。その襟章に中佐の階級章と胸にいくつもの特技章を見れば軍の人間なら彼女がただの少女ではないことはすぐに分かるはずだった。

 特にそんな勲章の中でも今は無き遼南共和国十字騎士章の略章のダイヤモンドが光っているのは誰もが目にするところだった。その勲章の受章者はたった一人。共和国のエース、クバルカ・ラン中佐本人以外にそれを付けて許される人物はいない。

「クバルカ中佐。こちらこそラーナにはいい徹強をさせていただいておりますわ。感謝しなければならないのはこちらの方かも知れません。法術専門の捜査官が急に増えることは考えられませんもの、ああ言った捜査指導はこれからはラーナには必須になりますから」 

 こちらは東都警察と同じ制服。襟の階級章は警視正。ここが東都の遼州同盟司法局ビルの最上階の食堂のラウンジででなければ誰かが声をかけるだろうというような美貌。そんな警視正、嵯峨茜はゆっくりとコーヒーを啜った。

 ふと気が向いたように茜が街を眺める。昼下がりの東都の街並み。二千万人という人がうごめく街は地平線の果てまで続いていた。ランもまた和やかな表情で街並みに目を遣った。

「話は変わるが……それにしても例の辻斬り。やっぱり見つからねーか。うまく隠れているもんだな。まあこんなに広い街だ。すぐに見つかる方がどうかしてる」 

 ビルの続く東和共和国の首都の街を二人は眺めた。ビルと道路とそこにあふれる車と人。ランの故郷である遼南の低い建物が続く街並みに比べて明らかに無機質で複雑に見えた。

「確かに人が隠れるには街が一番ですものね。それにしても辻斬りなんていう古風な犯罪。できる人物が限られていると言うのに……。司法局の上層部はこんなイカレタ人間一人見つけられないのかと、私達を無能と思っているかも知れませんわね」 

 茜は長い髪を静かに掻きあげると再びおさげ髪の少女に目を向けた。ランは見た目とは違ってまるで自分より年下の子供を心配するような視線で茜を見上げている。

「そんな自分を責めるんじゃねーぞ。あの化け物……桐野孫四郎か。簡単に捕まるなら司法局の出るまでもなく所轄の連中が誇らしげに連れてきているはずだろ。しばらくは我慢するしかねーよ。それにこの一月被害者が出てねーんだ。これも茜の手柄と言っていーんじゃねーのか?」 

 乱暴だが余裕のある言葉遣い。それが見た目は子供でもこの人物がいくつもの経験をつんだ古強者であることを証明しているように見える。

 ランは静かにコーヒーのカップを置くと平らな胸のポケットから端末を取り出して画像を表示した。

「オメーの指示であいつ等がようやく捜査に区切りをつけたらしいや」 

 表示された立体映像には十五人の容疑者の映像が映し出される。満足げにランと茜がうなづく。

「機動部隊副長としては感無量なんじゃなくて?」 

「まあな。あいつ等も多少は使えるようになってきたわけだ」 

 思わずランの頬に笑みが浮かぶ。それを見て茜もうれしそうな表情を作る。

「さて、これからどう事件を纏めるか……期待してるぜ」 

 ランはそう言うと立ち上がる。

「あら、クバルカ中佐」 

「いやあ、実はこれから教導隊の連中と打ち合わせだよ。どこでもそうだがったく面倒な話さ、人を育てるってのはよ」

 らしくないと言うように肩をすぼめたランはそのまま周囲の関心を引きながら手にしたコートを纏めて持ってそのまま食堂から出て行った。

 そんなどこかはかなげな少女を茜はほほえみで見送っていた。

「できれば人斬りと今回の事件が無縁でありますように」 

 茜はそんな独り言を残して立ち上がりそのままランの後を追って行った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...