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屍人
屍人
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四月から始まる法科大学院の授業に向けて、水島徹は勉強に抜かりが無かった。
元々今度入学する明法大学より格上と思われているが大学同士の交流が盛んな城北大学の社会学部出身と言うこともあり、時には明法大の法学部のノートを見せてもらったこともあったのでなんとなく雰囲気はつかめているような気がしていた。
とりあえず初歩的な憲法を中心とした研究書の気になったところにラインを引いていく作業を続けている。そんな彼の隣ではテレビが音も無く光っていた。とりあえず勉強の合間にちらちら見る。それが昔からの水島の勉強法だった。そしてそこに先日の異常な法術を展開して腕が取れるのを目撃した自分の能力の被害者の姿を見て少しばかり筆を休めた。
「死んだのか」
あの名前も知らない少年からその事実を知らされてから二日。それでも実感が沸かなかった。実際、水島にすれば異常な法術の力を制御できずに慌てていた。それまでのパイロキネシストやテレキネシス系の能力者を操るときのような操縦ができない感覚。発動する瞬間のまるで意識をそのまま持って行かれるような感覚がまだ頭から離れない。
それは本当に初めてで予想ができなかった感覚だった。近くにいたテレキネシス能力者の脳を通じて感じた被害者の感じた驚き。そして突然訪れた激痛とそのまま自然に叫び声と全身の筋肉が硬直していく感覚が頭の中に流れ込んできてしばらく動けなかったことを覚えている。
水島は気分を変えることができなかった。そのまま手元にあった携帯端末で半年前の法術の存在の発表と同時に制定された法術使用適正化法の文面に目を通す。
『第六十三条、許可無く法術を使用した場合には科料と課す』
『第九十二条、法術の発動の責任は発動した法術師が負うものとする』
「これは違法法術展開罪が適用対象だな。僕はただ……」
思わず独り言でも言い訳をしている自分。水島は偶然掃除婦の頭の中をのぞいただけだった。それが違法な法術発動であることは確かに彼も認めざるを得なかった。だが青年の腕を切り落とした能力を発動したのはその掃除婦。
水島は何度となく法律の文面を口の中で小声で繰り返す。
「大丈夫。俺は悪くない。俺は人殺しじゃ無い……」
言い聞かせるだけ惨めになるのは分かっていた。それでもそう言い聞かせなければそのまま中断していた憲法の授業の予習に入れそうになかった。いや、そんな自己暗示のような無駄な努力をしてもしばらくは勉強などできる気分にはなれそうになかった。
自然に水島の考えは仕方なくあの自分の能力を買っているらしいアメリカ連絡事務所付きの武官を名乗る少年についてに移っていた。まるで見下すような笑みを浮かべて水島を見つめるどちらかというと線の細い少年。彼は水島を必要としているという。法律が想定していなかった特殊な能力を買うというにはあまりにも頼りない存在に見えた少年の不思議な存在。
少年の言葉も正直、昨日の闖入が無ければ信じてはいなかった。
閉ざされた部屋の中に少年は突然現われた。そして少年はそのままあの掃除婦が作り出したのと同じよな銀色の平面の中に飲み込まれて消えた。まるで異次元への入り口を作り出したかのような少年の能力。その力は水島のこれまで聞いていた法術の能力のどれとも違うものだった。自然と彼の心臓の鼓動が恐怖に高鳴っていくのが感じられる。
テレビのニュースが切り替わり天気予報が始まる。それを見ると再び水島はもうやる気は出ないことくらい分かっていたが、無理矢理参考書に目を落とした。
文字が見えなかった。
自分が殺人者だと指摘する理解不能な力を持った少年の存在。何度となく少年の言葉の中の『死』という言葉が頭の中で繰り返されていく。元々、友人を作るのが苦手で孤立しやすいところからリストラを食らった自分の人生を考えると、人の死に出会ったのは父が去年全身に転移したガンで死んだ時くらいの記憶しかない。
「簡単に死ぬんだなな、人は」
まるで水島の学生時代にこの惑星遼州を覆った大戦の時の甲武あたりの将校が言いそうな台詞だと自分で行っていて思った。水島の母国、この東和は戦争の惨禍とは無縁な国だった。むしろ学生時代は軍事物資の工場でバイトをした時の景気のいい話ばかり思い出す。
そんな人の死とは無縁だった水島が初めて見た突然の死。それが自分でもコントロールできない能力との遭遇による事故だといくら思い込もうとしても無理な話だった。絶え間なく訪れる不安感。どうにも耐えられずにただじっと放心するほか無い。
「人が死んだんだ。もう警察は動いているだろうな……でもこんな能力はそう無いんだ……法術犯罪で違法発動が決められている力にはこんな力は無いし……」
もう何度目の自問自答だろうか。明らかなのはすでに自分は勉強をできるような心理状態では無いことだけだった。
水島はそのまま立ち上がると押し入れから布団を取り出しにかかった。
睡眠という仮の死だけが自分を解放してくれる。そう思うほかに水島は今の不安感を解消するすべを知らなかった。
元々今度入学する明法大学より格上と思われているが大学同士の交流が盛んな城北大学の社会学部出身と言うこともあり、時には明法大の法学部のノートを見せてもらったこともあったのでなんとなく雰囲気はつかめているような気がしていた。
とりあえず初歩的な憲法を中心とした研究書の気になったところにラインを引いていく作業を続けている。そんな彼の隣ではテレビが音も無く光っていた。とりあえず勉強の合間にちらちら見る。それが昔からの水島の勉強法だった。そしてそこに先日の異常な法術を展開して腕が取れるのを目撃した自分の能力の被害者の姿を見て少しばかり筆を休めた。
「死んだのか」
あの名前も知らない少年からその事実を知らされてから二日。それでも実感が沸かなかった。実際、水島にすれば異常な法術の力を制御できずに慌てていた。それまでのパイロキネシストやテレキネシス系の能力者を操るときのような操縦ができない感覚。発動する瞬間のまるで意識をそのまま持って行かれるような感覚がまだ頭から離れない。
それは本当に初めてで予想ができなかった感覚だった。近くにいたテレキネシス能力者の脳を通じて感じた被害者の感じた驚き。そして突然訪れた激痛とそのまま自然に叫び声と全身の筋肉が硬直していく感覚が頭の中に流れ込んできてしばらく動けなかったことを覚えている。
水島は気分を変えることができなかった。そのまま手元にあった携帯端末で半年前の法術の存在の発表と同時に制定された法術使用適正化法の文面に目を通す。
『第六十三条、許可無く法術を使用した場合には科料と課す』
『第九十二条、法術の発動の責任は発動した法術師が負うものとする』
「これは違法法術展開罪が適用対象だな。僕はただ……」
思わず独り言でも言い訳をしている自分。水島は偶然掃除婦の頭の中をのぞいただけだった。それが違法な法術発動であることは確かに彼も認めざるを得なかった。だが青年の腕を切り落とした能力を発動したのはその掃除婦。
水島は何度となく法律の文面を口の中で小声で繰り返す。
「大丈夫。俺は悪くない。俺は人殺しじゃ無い……」
言い聞かせるだけ惨めになるのは分かっていた。それでもそう言い聞かせなければそのまま中断していた憲法の授業の予習に入れそうになかった。いや、そんな自己暗示のような無駄な努力をしてもしばらくは勉強などできる気分にはなれそうになかった。
自然に水島の考えは仕方なくあの自分の能力を買っているらしいアメリカ連絡事務所付きの武官を名乗る少年についてに移っていた。まるで見下すような笑みを浮かべて水島を見つめるどちらかというと線の細い少年。彼は水島を必要としているという。法律が想定していなかった特殊な能力を買うというにはあまりにも頼りない存在に見えた少年の不思議な存在。
少年の言葉も正直、昨日の闖入が無ければ信じてはいなかった。
閉ざされた部屋の中に少年は突然現われた。そして少年はそのままあの掃除婦が作り出したのと同じよな銀色の平面の中に飲み込まれて消えた。まるで異次元への入り口を作り出したかのような少年の能力。その力は水島のこれまで聞いていた法術の能力のどれとも違うものだった。自然と彼の心臓の鼓動が恐怖に高鳴っていくのが感じられる。
テレビのニュースが切り替わり天気予報が始まる。それを見ると再び水島はもうやる気は出ないことくらい分かっていたが、無理矢理参考書に目を落とした。
文字が見えなかった。
自分が殺人者だと指摘する理解不能な力を持った少年の存在。何度となく少年の言葉の中の『死』という言葉が頭の中で繰り返されていく。元々、友人を作るのが苦手で孤立しやすいところからリストラを食らった自分の人生を考えると、人の死に出会ったのは父が去年全身に転移したガンで死んだ時くらいの記憶しかない。
「簡単に死ぬんだなな、人は」
まるで水島の学生時代にこの惑星遼州を覆った大戦の時の甲武あたりの将校が言いそうな台詞だと自分で行っていて思った。水島の母国、この東和は戦争の惨禍とは無縁な国だった。むしろ学生時代は軍事物資の工場でバイトをした時の景気のいい話ばかり思い出す。
そんな人の死とは無縁だった水島が初めて見た突然の死。それが自分でもコントロールできない能力との遭遇による事故だといくら思い込もうとしても無理な話だった。絶え間なく訪れる不安感。どうにも耐えられずにただじっと放心するほか無い。
「人が死んだんだ。もう警察は動いているだろうな……でもこんな能力はそう無いんだ……法術犯罪で違法発動が決められている力にはこんな力は無いし……」
もう何度目の自問自答だろうか。明らかなのはすでに自分は勉強をできるような心理状態では無いことだけだった。
水島はそのまま立ち上がると押し入れから布団を取り出しにかかった。
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