レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,466 / 1,503
行動開始

待ち人

しおりを挟む
「なんで?」 

 ドアを開けたかなめがそう言ったのも当然だった。足を棒にして一日歩き回って豊川警察署に与えられた部屋に戻るとそこには私服のランが一人で茶を啜っていた。彼女の座っているアメリアの席の端末は起動済みで彼女が誠達が集めた情報を先ほどまで見ていたらしいことがわかる。

「どうだ?え?捜査って奴は。アタシもオメー等と一緒で素人だからな。それにしても……カルビナが加わってからかなり進んでるみたいじゃねーか」 

「餓鬼は帰って寝る時間だぞ」 

 かなめの皮肉にもまるで答えずランは平然として茶を飲み続ける。かなめとのこんな日常には慣れっこのラーナ以外はすでに口を開く気力も無くそれぞれの席に腰掛ける。ランに自分の席を占拠されたアメリアもそれをとがめる力も無いというように空いていたパイプ椅子に腰を下ろした。

「でも……この数。256件か?データで見るのと一軒一軒訪ねるのはずいぶん違うんだろうねー」 

 ランは手にした湯飲みを置くとそのまま端末ににらむような瞳を送った。

「でも僕達はこんなことをしていていいんですか?司法局本局からの出動要請とかがあっても……こんな状態じゃ対応できませんよ」

 疲れから誠は本音を口にしていた。それを見て少しがっかりしたと言うようにランはため息をつくと再び湯飲みを手にして茶を啜りこむ。 

「いいんだよ。今のオメー等は目の前の仕事だけしてろ。05式や他の特機のデータ収集はアタシで大概のことが済むからな。今のところ各種情報機関からの連絡じゃー、ベルルカン大陸の状況も平穏無事。まあ何かあったらアタシが署長に掛け合って何をしている場面だろうが帰ってきてもらうだろうからな。その時は仮眠時間を最低2時間やるからそれでなんとかしろ」 

 ランの言葉にうなづきつつそのままかなめは自分の端末を起動させている。ランと誠達との会話の間もラーナは自分の席で聞き込みの最中に手にした情報を記録したデータを彼女が持ち込んだ小型端末にバックアップを取っていた。呆然とその有様を誠達は見詰めている。

「カウラ。ラーナばかりに頼らずに自分のデータはちゃんと自分の端末に落としとけよ」 

「西園寺に言われることは無いんだがな」 

 カウラはエメラルドグリーンの前髪を疲れたような手で軽く撥ね退けた後、皮肉を言うかなめに力ない一瞥を送る。そして机においてあったポーチから携帯端末を取り出すと、机の固定端末に接続してデータ移行を開始した。

「でも……かなり法術の存在は嫌われてますね。これほどとは僕も思っていませんでした。まるで法術師は罪人かさもなければ人を食べる害獣扱いですよ」

 それが本音だった。法術と言う言葉を聞いただけで住人の大半は嫌な顔をした。時にはいかに法術師が危険で抹殺すべき存在なのかと言う極論を展開し始めて冷静なはずのカウラがこぶしを握り締める場面もあったくらいだった。

「神前。言わなくても分かるってーの。あの事件以来この国に……いや、地球圏も含めて宇宙は猜疑心で一杯だ。あいつは俺の心を読めるんじゃないか、あの通行人はうちに火でもつけるんじゃないか。そんなありもしない疑惑。どれも荒唐無稽なんだけどな。法術を使いこなすとなるとそれなりの訓練かオメーみたいに戦場に放り込んで極限状態まで追い詰めることが必要だ」 

 そこまで言うとランはのどを潤すように湯飲みの茶を啜る。

「そこに今回の事件だ。悪意があれば何でもできる能力を保持した連中が悪意の赴くままに暴れているんだ。これまでの法術師への恐怖が憎悪に変わったところでそんな考えの持ち主を責めるわけにもいかねーしな。それでもアタシは法術師だ。正直良い気分はしねーな」 

 そう言うとランは立ち上がる。襟巻きを強く巻きなおし、周りを見回す姿は誠にはどう見ても小学校低学年の姿にしか見えなかった。

「じゃあ、アタシは上がるわ」 

「なんだよ……付き合い悪いじゃねえか」

 見た目は疲れて見えないもののかなめの表情に力の無い。そんな彼女をガラの悪そうな三白眼で見つめると、ランは愛想笑いのようなものを浮かべて出口へと歩いていく。 

「見たとおり餓鬼なんでね。8時も過ぎたら眠くて」 

 かなめをからかうようにそう言うとそのまま出口の扉に手をかける。

 そのまま出て行くのかと見ていた誠だが、ランは気がついたようにマフラーに手を当てながら振り向いた。

「そうだ、カルビナ。茜が合格点だとさ」 

「え……ありがたいっす!」 

 ランの珍しく柔らかい口調にラーナは飛び上がるようにして立ち上がるとランに敬礼をした。

 その滑稽な姿に満足すると、ランは軽く手を上げてそのまま外に消えていった。

「ちっちゃい姐御もああ見えて副隊長らしいところがあるじゃねえか」 

 感心したようにかなめがつぶやく。カウラの端末からのデータ転送が終わったことを告げる画面を見ながら誠はラーナを見つめていた。いつまでも呆けたように立ち尽くす少女の面影の残る法術専門捜査官。

「さっさと今日取れた情報の整理をしましょうよ!」 

 アメリアの言葉で我に返ってラーナは腰を下ろした。そんなラーナの姿に誠達は疲れも忘れるような暖かい微笑が浮かんでくるのを感じていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...