レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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撮影は続く

出勤

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「大丈夫か?神前曹長」 

 カウラがそう言ったのが当然だと誠も自分で思っていた。頭痛と吐き気は、今朝、かなめにたたき起こされたときから止まることを知らない。こうしてモニターを見ていてもただ呆然と文字が流れていくようにしか見えなかった。

「おい、医務室行った方がいいんじゃねえの?」 

「誰のせいでこうなったと思って……」 

 とぼけた顔のかなめに恨み言を言おうとして吐き気に襲われて誠は口を覆う。そんな様子を一目見ると日野かえで少佐はあきれ果てたような顔でコートの上のマフラーを首に巻きつける。

「すまないな、昨日飲みすぎちゃって……」 

 そう言って誠はドアのところで待っている渡辺リン大尉とアン・ナン・パク軍曹のところへと向かう。

「お疲れ様です!」 

 元気良くそう彼等に良いながら部屋に入ってきたのはアンだった。その手には誠の痛い絵のマグカップが握られている。

「神前先輩。これ」 

 アンが差し出す渋そうな色の緑茶。普段ならアンの怪しい瞳が気になって手を伸ばさないところだったが、今の誠にはそんな判断能力は無かった。

「ありがとうな、しかし渋いな」 

 そう言いながら誠は一口茶を啜るとため息をつく。

「おい、これじゃあ仕事にならねえな。寮で寝てた方が良いんじゃねえのか?」 

「だから西園寺。こうなったのは誰のせいだとさっきから聞いてるんだ私は!」 

 カウラは無視されてさすがに頭にきて怒鳴る。それがきっかけでにらみ合う二人。女性上司の対立も、今の誠には些細なことに過ぎない。絶え間ない吐き気と頭痛にただ情けない笑いを浮かべることしかできなかった。

「みんないるわね!」 

 元気良く部屋に飛び込んできたのはアメリアだった。今朝、同じように二日酔い状態でカウラの車に乗り込んだはずのアメリアがやたら元気良くしている。その姿を見て誠はうらやましいと言う表情で見上げる。

「なに?誠ちゃんまだつぶれてるの?」 

「アメリアさん。なんで平気なんですか?」 

 そう言うのが精一杯と言う調子で言葉を吐き出す誠の背中をアメリアは景気よく叩く。思わず吐きそうになりながら再び誠が口を手で覆う。

「はい!病は気からよ!気合があれば病気なんてすぐ治るわ!」 

「オメエは一年中病気だろ?」 

 そうつぶやいたかなめをアメリアはにらみつける。だが、アメリアの手に台本のようなものが握られているのを見てかなめは露骨に嫌な顔をした。

「オメエが元気ってことは、昨日の続きをはじめるとか言うことか?」 

 そう言うかなめに顔を近づけていくアメリア。かなめはその迫力に思わずたじろぐ。

「あたりまえじゃないの!」 

 アメリアはそう言うと再び第一小隊のカウラ、かなめ、誠の顔を見回す。

「さあ!今日も張り切っていくわよ!移動、開始!」 

 誠はそんな元気がどこから出てくるのだろうと不思議に思いながら部屋を出て行こうとするアメリアを見つめていた。

「本当にやるんですか?」 

 力なく誠は立ち上がった。世界がぐるぐる回っている。

「諦めろ。ああなったアメリアは誰も止められねえよ」 

 そう言ってかなめは立ち上がって開いたドアを支えている。カウラは心配そうに誠の肩に手を当てた。

「大丈夫か?なんなら無理しなくても良いんだぞ」 

 そう言ってカウラはエメラルドグリーンの瞳を向ける。思わず自分の頬が染まると同時に、かなめとアンから殺気を帯びた視線が来るのを感じてそのまま部屋を出た。

「あれ?女将さんじゃんよ、あれ」 

 昨日、撮影に使った会議室に紺色の留袖姿の家村春子が入っていくのが見える。

「また呼び出したのか?本当にアメリアは遠慮と言うものがないな」 

 カウラは呆れながら誠を見つめてくる。立ち上がってしばらくは胃の重みが消えて楽になって誠はそのまま先を行くかなめについていく。

「あ!」 

 女子トイレからの突然の声に誠が目を向ける。そこには中学校の制服姿の家村小夏がいた。

「ヘンタイ!」 

 誠にそう言うと小夏は会議室に駆けていく。それを見てかなめはにんまりと笑う。

「また脱いだんですか?僕」 

 何を言い出すか分からないかなめから目を背けてカウラを見つめる。そんな誠には残酷な光景、カウラは首を縦に振った。

「ああ、またですか……はあーあ」 

 大きなため息をつくと誠の足取りはさらに重くなる。さらにさっきは楽になった胃が別の意味で重くなるのを感じる。

 そんな彼の前に法術特捜の部屋から出てきたのは嵯峨茜だった。その後ろにいつもおまけのように付いているカルビナ・ラーナ巡査の瞳に軽蔑の表情が浮かんでいるのを見て、さらに誠は消え去りたい気分になった。

「お仕事お疲れ様。それにしても皆さんお忙しいことですわね」 

 上品に笑う茜だが、そりの合わないかなめは鼻で笑うとそのまま会議室へ消えていく。

「しかし、よくあれだけのデータを東和警察から持って来られましたね。去年私が北豊川トンネルの落盤事故の資料を探しに言ったときは体よく断られましたから……何かコツでもあるんですか?」 

 カウラの言葉に茜は他意はないよ言うようににっこりと笑う。その物腰はあの司法局実働部隊隊長の娘であるということを忘れさせるような優雅なものでいつも誠は不思議な気分になった。

「まあそれだけ法術と言う存在を明らかにする必要性が高まっていたと言うことが原因かも知れないですわね。もしお父様が『近藤事件』で神前さんの力を引き出して見せなくても、誰かが表ざたにすることは東和警察も覚悟をしていたんだと思いますわ。そしておかげで私達法術特捜はこの人数でも十分活動可能な状況を作り出すことができましたし。そこだけは幸運と言っても良いんじゃないかしら」 

 そう言うと茜はラーナをつれて司法局実働部隊の隊長室に向かう。

「確かにパンドラの箱は開かれるのを待っていたわけか」 

 カウラがそう言うと歩き出す。誠も吐き気を抑えながらその後に続く。

「早くしなさいよ!ダッシュ!」 

 会議室のドアから顔を出すアメリアの声が廊下一杯に響いた。

「それじゃあ、はじめるわよ。カウラ、誠ちゃん。準備お願い」 

 アメリアはそう言って目の前のカプセルを指差す。その隣で小夏とランがニヤニヤ笑っている。ここがこの物語の役でいう所のヒロインの南條小夏の腹違いの姉、南條カウラと神前寺誠二のデートの場面だと誠にも分かった。

「ちょっと待って、アメリアさん。誠君、凄く顔色悪いじゃないの」 

 春子のその一言は非常に助かるものだった。誠は天使を見るように春子を見つめる。だが、春子は手にしていた袋から一つのオレンジ色のものを誠に差し出した。

「あのーこれは?」 

「干し柿よ。二日酔いには効くんだから。アメリアさんもさっき食べてたわよ」 

 手にした干し柿に誠はため息をつく。逃げられない以上、多少は時間を稼ごうとゆっくりと手にした柿を口に運ぶ。

「はい、誠ちゃん!ちゃっちゃと食べる!それと春子さんと……」 

 アメリアの声に押されて誠は仕方なくカプセルに入る。かぶったバイザーの中には大きな川の堤防の上、見晴らしの良い光景が広がっていた。

 風にエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせるカウラ。誠はその姿を見て胸が熱くなるのを感じた。
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