レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,418 / 1,536
場面転換

喫茶店

しおりを挟む
『じゃあちょっと待ってね』 

 そう言ってアメリアの姿が消える。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出す。

 部屋を飛び出していくアメリアの後姿が見えた。そして起き上がった誠に気づいてニヤニヤと笑いながら近づいてくるのは小夏だった。

「誠の兄貴、かっこよかったよ」 

「あはははは……」 

 小夏の言葉に誠は愛想笑いを浮かべて返す。 

「本当に面白いわね。やっぱり新藤さんはこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?」 

 同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている監督に声をかけた。

「いやあ、いろいろとしがらみがありましてね、あの世界も。それに司法局との契約の条項の中にいろいろと制限がありまして……なかなか」 

 そう言って照れ笑いを浮かべると監督は再び手元のモニターに目を移す。

「おう、ワシの出番か?」 

 アメリアが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。

「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは」

 先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。 

「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。むしろ茶と言えば嵯峨の親父の領分じゃろが」 

 戻ってきたアメリアの言葉を軽くいなすと明石はアメリアが指し示すカプセルに大きすぎる体をねじ込む。

「はいはい、小夏!!サラ出番よ!」 

 鋭いアメリアの言葉に小夏とサラも首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかける。

 視界が開けると中には渋い木目調の調度品を並べた喫茶店の風景があった。

『もう少し明るい雰囲気の方が小夏ちゃんには合うんだけどなあ』 

 そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかる。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じだ。

『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに』 

 アメリアがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。

『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのジャンパー』 

 そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「しかし……なんでワシが……」 

 カウンターの中にはエプロン姿の明石が立っていた。二メートルを超える巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。

『じゃあ、行くわよ!シーン12スタート!』 

 アメリアの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始める。

「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな」 

 一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせる。

「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし」 

 そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置く。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。

「とりあえず会うことが一番でしょう」 

 これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる彼に目をやった。

「こんにちわー」 

 ドアを開け、小夏は元気そうに挨拶をする。そしてサラがその後ろにおどおどと付いてくる。誠はランドセルを背負った小夏のあまりにも自然な姿に目を奪われていた。

「お姉ちゃん!早く!」 

「でも本当に良いの?あれ、誠二お兄さん」 

 サラは明らかに明石と同じ場所にいる誠の姿に戸惑っている。

「やあ!」 

 自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつる。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。

『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ』 

 心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつる。

「お兄ちゃんがいるのなら大丈夫だよ」 

「小夏!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」 

 サラはつい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てる。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせる。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。

「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」 

「ばれていましたか」 

 そう言うと小夏の下げたカバンからグリンが頭を出す。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔で小夏を見つめた。

「小夏!できればカバンを開けてもらいたいんだけど……」 

「ごめんね!」 

 そう言うと椅子に黒い鞄を下ろしてふたを開ける。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。

「もしや……あなた様は……」 

「久しぶりだね、グリン」 

 誠がそう言うとグリンは平身低頭した。その様に小夏とサラが驚いているのがわかる。

「お兄ちゃん……もしかして知っているんですか?グリンのこと。でも何で?」 

 小夏が神前寺誠二役の誠とグリンを不思議そうに見比べている。

「小夏ちゃん。この人が魔法の森の王子『マジックプリンス』様だよ!」 

 グリンの言葉に小夏は一瞬素に戻る。その目は明らかに誠を見下しているような色を湛えていた。だが隣に師匠と仰ぐ小夏の演技と言うよりただ単に楽しんでいる姿を見て役に戻る。

「それじゃあこのおじさんも……」 

「そうだよ。彼が僕をかくまってくれていてね。君の家にお世話になるのにもいろいろ手を尽くしてくれたんだ。そして今では機械帝国の脅威を知って協力をしてくれている」 

 誠の言葉に時々呆れている地を見せながらサラが明石を見上げた。

「お二方、飲み物は何にする?」 

 相変わらず明石は変なイントネーションでしゃべる。

「じゃあ私はオレンジジュース!」 

「小夏ったら遠慮くらいしなさいよ!」 

 小夏がうれしそうに叫ぶのをサラは止めようとする。いつもの光景が展開されて誠は噴出しそうになった。

「いいんだ、気にしないでくれたまえ。これからは一緒に戦う仲間になるんだから」 

「神前寺さん、いや殿下の言うとおりだ。僕もいずれは連絡を取らないといけないと思っていたんだ……しかし殿下がこんな身近に……」 

 グリンの言葉に不信感をぬぐいきれないもののこれ以上意地を張れないと思ったようにサラがカウンターに座る。

「じゃあお嬢さんは……」 

「ホットミルクで」 

 つっけんどんに答えたサラに笑みをこぼすと明石は飲み物の準備を始めた。

「でもカウラお姉ちゃんは知ってるの?」 

 明石がテーブルに二つのグラスを置いた。小夏は目の前に出されたオレンジジュースを飲みながら誠を見つめる。

「実は……」 

 その言葉に思わず誠は口を開く。そんな彼を明石が抑えた。

「魔力を持たない人に無用な心配をかけないほうが良い」 

 頭を振って明石はそう言ってサングラスに手をやった。

「確かにそうかもね。カウラお姉さんは一途だからきっと無茶をするわ」 

「サラお姉ちゃん!でも何も知らないでいるなんて!」 

 小夏はストローから口を離して明石に向かって叫ぶ。

「それでも誠二お兄ちゃんいいの?何も知らないで好きな人が戦いに赴くなんて私はやだよ!」 

 そう言う小夏が演技と言うより本音を言っているように見えて誠は地で微笑んでしまった。

「いつかは言うつもりさ。彼女は察しがいいからな、いずれ気づくはずだ。でもしばらくは時間が欲しいんだ」 

 そう言って誠はコーヒーを啜る。彼の言葉に頷きながら小熊のグリンは小夏を振り返る。

「小夏、僕達の戦いは一人の意思でやっているわけでは無いんだ。機械帝国は全世界、いや異次元も含めた領域を支配をしようとしているんだ。個人的感情ははさまない方がいい」 

「でも……」 

「なら君の協力は必要ない。普段の生活に戻りたまえ」 

 そう言ってグリンはカウンターから飛び降りる。

「どうするつもり?一人で戦うなんて無理だよ」 

 悲しそうに叫ぶ小夏の肩にやさしく手を伸ばしたのは明石だった。

「いつかは小夏にも分かる日が来るはずだ。今は黙っていておいてあげてくれ」 

 そう言うとにっこりと笑う明石だが、その表情が明らかに無理をして作り出した硬いものだったので誠は思わず噴出しそうになるのを必死でこらえた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

岡智 みみか
SF
自分たちの信じていた世界が変わる。日常が、常識が変わる。世界が今までと全く違って見えるようになる。もしかしたらそれを、人は『革命』と呼ぶのかもしれない。警視庁サイバー攻撃特別捜査対応専門機動部隊、新入隊員磯部重人の新人教育が始まる。SFだってファンタジーだ!!

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

処理中です...