レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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それでもやってくる日常

非番と言うことで

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「なんだよ、サラ。来てたのか?飯にするぞ、神前」 

 秋も深いというのに黒のタンクトップにジーンズと言う姿のかなめが頭を掻きながら現れる。彼女を見つけるとサラはすばやくかなめの手をとって潤んだ目で見つめた。

 はじめは何が起きたのかわからないかなめだが、しくしくと泣きながらちらちらと島田を見つめるサラに少しばかり戸惑ったように島田に目をやった。

「おい、島田。なんかしたのか?」

「何もしてねえですよ!何かするとしたら西園寺さんでしょ!」 

 一度は威厳を持ち直したかに見えた島田だが、そんな言葉と共にかなめのタレ目に見つめられてはすべては無駄だったと言うように手にしていた竹刀を入り口の元の位置に置いた。整備班員は小声で囁きあいながら上官である島田の萎れた様を生暖かい目で見つめている。

「まああのタコ明石が婚約する世の中だ。別にテメエ等がくっつこうがアタシには関係無いしな。サラ、泣くなよ。あとで島田は締めとくから。まずは飯だ。出来ればこいつの分も」 

 そう言うとかなめは誠の手を引いて食堂のカウンターに向かう。厨房にはサラとセットとでも言うように同じ運用艦『ふさ』のブリッジクルーの火器管制主任のパーラ・ラビロフ中尉と操舵士のルカ・ヘス中尉が当然のように味噌汁と鯖の味噌煮を盛り付けていた。

「そう言えば、今日は第一小隊は非番でしたっけ?どうするんですかねえ」 

 今度は逆にかなめの足元をすくおうと島田が話を向ける。

「ああ、そうだな。今日はどうするか……なあ、神前」 

 エダから鯖の味噌煮を受け取ってトレーに乗せたかなめが誠を振り返る。誠はかなめの胸の揺れから彼女がブラジャーをしていないことに気づいて頬を赤らめた。

「僕は……予定は……」 

「神前。いいのか?アメリアさんは今日出勤だぞ」 

 島田は誠を見つめている。その同情がこもった瞳に誠は少し戸惑った。

「そうですね。それが……!」 

 すぐに誠は気がついた。今日は第二小隊が準待機で第一小隊は非番だった。運行部部長のアメリアが映画の筋を決めるとなれば、当然非番明けの誠達第一小隊にとても飲めないような内容の台本が回ってくるのは確実だった。

「アメリアさん……何考えてるんですかね」 

 誠のその言葉に顔色を変えたのはかなめだった。手にしたトレーを近くのテーブルに置くとそのまま食堂を出て行く。

「それでお前はどうするんだ?」 

 他人事のようにニヤつく島田の顔を見ながら誠は苦笑するしかなかった。考えてみれば昨日デザインした時点でかなりおかしな配役になることは間違いないと誠は思っていた。

 魔法少女モノと言うことだったが、なぜか特撮モノのようなデザインの衣装を着ているキャラが多かったり、本当にこの人が出てきていいのかと思うようなキャラも数名思い出せた。首をひねりながらかなめのトレーが置かれたテーブルの向かいに座った誠だが、そこに勤務服のワイシャツを着る途中でかなめに捕まったアメリアが耳を引っ張られながら食堂に連れられてくるのが目に入った。

「なによ!みんな見てるじゃないの!それに痛いし!」 

「んなことどうでもいいんだ!それより……」 

「良くないわよ!」 

 かなめの手を叩いて耳を離させるとアメリアはそのまま廊下に消えていく。食堂の中の男性隊員はただなにが起きたかわからないと言うように口をあけたまま舌打ちするかなめを見つめている。

「西園寺さん、それはちょっと……」 

 誠は立ち上がってかなめが相変わらずアメリアの耳を引っ張って立っている入り口に向かう。どうにかしろと言うような視線を島田が誠に投げてくるのが誠もどうすることもできずにそのままかなめを見つめていた。

「なんだ?あ?神前はあいつの……あのアホに台本を公衆の面前で読み上げても平気だとでも言うのかよ。しかも子供が見れるようなものには絶対ならねえんじゃねえか?」 

 そう言いながらそのまま何も言えずに立ち尽くしている誠と島田の目を見てアメリアの耳から手を離すと誠が置いた自分の朝食のトレーの前にどっかりと腰をかけた。そしてそのまま何も言わずに猛スピードで朝食を食べ始める。

「まあ、アメリアさんも多少は常識がありますから」 

 アメリアが入ってきた。入り口でつかまれていた右耳を抑えて苦痛に顔をしかめている。誠はとりあえずしゃべる元気もないというようなアメリアに代わって取り付く島があるかどうかわからないかなめに口ぞえをしてみる。

「オメエ等の『多少の常識』ってなんだ?登場人物はすべて18歳以上とか言うことか?」 

 かなめは明らかに苛立ちながら少しは骨もある鯖の味噌煮を骨ごとバリバリ噛み砕く。

「まあ、うちは実際最年少のアンが18歳だから本当にそうなんですけどね……ああ、ヒロインの小夏ちゃんが14歳でしたね」 

 そう言った島田にかなめが汚物を見るような視線を浴びせる。

「あ、すいません」 

 島田もその迫力に押されて黙ってパーラの差し出した朝食の乗ったトレーを受け取り誠の隣に座る。

「じゃあアメリアさんについて行けばいいですね。どうせ暇だし」 

 思わず誠はそう言っていた。かなめの顔が急に明るくなる。

「そうだな、神前。付き合えよ!それとカウラも連れて行けばなんとかなるだろ」 

 簡単な解決策に気づいたかなめは瞬時に機嫌を直して白米に取り掛かる。誠はようやく騒動の根が絶たれたと晴れやかに食堂を見回した。

 その時不意に隊員達の顔が怪訝そうなものになる。誠はその視線の先の食堂の入り口に目を向けた。

「おはようございます!お姉さま!」 

 日野かえでの声が食堂に響く。その声で思わずかなめが味噌汁を噴出した。入り口にはサングラスにフライトジャケット、ビンテージモノのジーンズを着込んだかえでと、同じような格好の渡辺リンが立っていた。

「お姉さま!大丈夫ですか?僕、お姉さまに会いたくって……」 

 そう言ってかえではかなめに駆け寄るとポケットから出したハンカチで噴出した味噌汁で濡れたかなめのシャツを拭く。彼女はテーブルの上を拭こうとふきんを持ってきた誠に明らかに敵意に満ちた視線を送ってくる。

「なんで、テメエがいるんだ?教えてくれ、なんでだ?」 

「それはお姉さまは今日非番と聞いていて、一緒にお出かけしたいと……」 

 そう言ってかえでは頬を染める。食堂の隊員達すべての生暖かい視線にかなめは次第に視線を落していった。

「ああ、今日はだな……ちょっと隊に用事があって……」 

 不安そうな誠を見ながらかなめがつぶやく。そのうろたえた調子に笑みを浮かべたかえでが輝くような笑顔を浮かべてかなめに歩み寄ってくる。

「もしかして自主訓練とかなさるんですか?僕も入れてください!」 

「いや、そう言うわけじゃねえし……」 

 かえでに迫られるかなめが助けを求めるように誠を見つめる。その気配を察してかえでが睨みつけるような視線を誠に向ける。誠はただ冷や汗が額を伝うのを感じながら箸を握り締めた。

「日野少佐、ちょっと僕達はアメリアさんの手伝いがあって……」 

 誠はそう言うとすぐにかえでからあからさまな敵意を感じた。誠はひやひやしながらかなめのそばに立ってにらみつけてくるかえでを見上げていた。

「ああ、神前曹長。クラウゼ少佐の手伝いですか……それじゃあ僕達も手伝います!」 

 かえではあっさりと答えてさらにかなめの手をしっかりと握り締める。かなめは誠がまったく頼りにならなかったことに呆然としながらじりじりと顔を近づけてくるかえでに耐えていた。

「おい!そんなくっつくな!息がかかるだろ」 

「僕は感じていたいんです!お姉さまの吐息や鼓動や……」 

 百合的展開に食堂の男性隊員の視線が泳ぎながらちらちらとかなめとかえでを見ているのがわかる。それを見ながら誠は自分に刺さる視線の痛さに頭を掻く。

「西園寺、貴様の負けだ」 

 いつの間にかかなめとかえでのそばに立っていたカウラの一言にかえでの顔が笑みに占められる。そろって自分に視線を向けるのを感じて誠の鼓動が高まった。

 エメラルドグリーンの髪を質素な緑色のバンドで巻いたカウラのポニーテールが揺れている。

「なに?手伝いに来てくれるの?」 

 それまでずっとかなめに引っ張られた痛みで右耳を抑えてうずくまっていたアメリアまでもじっと見つめあうかなめとかえでを眺めている。

「ああ、アタシは心が広いからな。神前も結構やる気みたいだし」 

「え?僕が」 

 かなめの言葉に唖然とする神前だが、目の前の女性陣の視線が恐ろしくて誠はただうなづくしか出来なかった。

「じゃあ、朝食ね。それとカウラちゃんの車は四人しか乗れないから……」 

「私の車がありますから」 

 黙って状況を見守っていたリンの言葉にアメリアが満足げにうなづく。

「そうね、それじゃあかえでちゃんはリンちゃんの車で移動。私達はカウラの車で四人と。足の確保とスタッフの確保は完了。それじゃあ朝食にしましょう。かえでちゃん達は食べたんでしょ?ああ、お腹すいちゃった、さっき誰かさんが追い回したりするから」 

 そう言いながらアメリアは厨房に向かう。カウラは両手を広げてお手上げと言うようなしぐさをしてその後ろに続く。すっかり主導権をアメリアに取られて、かなめはただ不味そうに味噌汁をすする。

「休日。つぶれてしまいましたね」 

「ったく……何が悲しくて非番の日に隊に行かないといけねえんだよ」 

 いつものようにアメリアに仕切られたことに不満を吐き出す場所を探すようにぶつぶつとつぶやきながらかなめがそのまま味噌汁を飲み干す。島田とサラはそんなかなめを同情の視線で見守っていた。
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