レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,389 / 1,503
戦いの記録

仁義なき戦い

しおりを挟む
「退屈だねえ」 

 そう言って肩をくるくるとまわすかなめにランの視線が注いがれている。

「なら先週の山崎での道路の陥没事故の報告書あげてくれよ。転落したトレーラーを引き上げるどころか神前はしくじって一緒に落ちやがって。05式を稼働状態に持ってくのに時間いくらかかると思ってんだ?ナビしてたオメーの責任でもあんだぞ」 

 ランの小言に振り向いたかなめが愛想笑いを浮かべている。

「おい、神前。豊川東警察署から届いた調査書はお前のフォルダーに入れてあったんだよな」 

 そう言いながらかなめは端末をいじる。明らかにやる気が無いのはいつものことだった。誠は仕方なく自分の端末を操作してフォルダーのセキュリティーを解除した。

「サンキュー」 

 言葉とは裏腹にかなめの表情は冴えないものだった。カウラのかなめに向ける視線が厳しくなっているのを見て、誠はまたいつもの低レベルな口喧嘩が始まるのかと思ってうつむいた。

「諸君!おはよう!」 

 妙に上機嫌にサラが扉を開く。その後ろに続く技術部の情報将校は明らかにサラに何かの作業を頼まれたと言うような感じで口笛を吹きながら自分の席につく。

「何かいいことでもあったのか?さっきは端末のぞいたと思えば飛び出して行きやがって」 

「アメリアに続いてオメエ等まで馬鹿なこと始めたんじゃねえだろうな」 

 五分も経たずに書類作成に飽きたかなめがカウラに目を向ける。そんなかなめを見つめるカウラの視線がさらに厳しいものになるのを見て誠はどうやれば二人の喧嘩に巻き込まれずに済むかということを考え始めた。

 そんな中、乱暴に部屋の扉が開かれた。

 駆け込んできたのはアメリアだった。自慢の紺色の長い髪が乱れているが、そんなことは気にせずつかつかとサラのところまで進んできて思い切りその机を叩いた。

「どういうこと!」 

 アメリアのサラに向けるすさまじい剣幕に口げんかの準備をしていたかなめが目を向けた。その様子を見たサラはにんまりと笑みを浮かべた。

「何で在遼州アメリカ軍からサラ支持の大量の投票があったかって聞いてるの!」 

 アメリアの言葉に部屋は沈黙に包まれた。呆れるかなめ。カウラは馬鹿馬鹿しいと言うように自分の仕事に集中する。ランは頭を抱え、サラはにんまりと笑みを浮かべていた。

「別に……あっそうだ。うちはいつでもアメリカさんの仮想敵だからな。きっと東和の新兵器開発については関心があるんじゃないかしら?」 

 表情も変えずにそう言うサラの隣に立っていた技術部の情報将校の大尉に再びアメリアが机を叩いた。部屋の奥のかえでと渡辺が何をしているのかと心配するように視線をアメリアに向ける。

「怒ることじゃねえだろうが。ったく……」 

 そこまで言ったかなめだが珍しく真剣な表情のアメリアが顔を近づけてくると、あわてたように机に伏せた。

「よくって?この豊川に基地を置く以上は皆さんに愛される司法局になる必要があるのよ!だからこうして真剣に市からの要請にこたえているんじゃないの!当然愛される……」 

「こいつを女装させると市役所から褒められるのか?」 

 カウラが誠を指さしながらつぶやいた。何気ない一言だが、こういうことに口を出すことの少ないカウラの言葉だけにアメリアは一歩引いてカウラの顔を見つめながら乱れていた紺色の長い髪を整えた。

「そうだ!マニアックなのは駄目なんだ!」 

「かなめちゃんに言われたくないわよ!」 

 アメリアの後ろでふんぞり返っているサラに誠はなんで矛先が向かないのか不思議に思いながらこの光景を眺めていた。

「オメー等!いい加減にしろ!」 

 かなめと同じくらい短気なランが机を叩く。その音を聞いてようやくアメリアとサラは静かになった。

「あのなあ、仕事中はちゃんと仕事してくれ。特にアメリア。オメーは一応佐官だろ?それに運行艦と言う名称だが、『ふさ』は一応クラスは巡洋艦級。その艦長なんだぞ。部下も抱えている身だ。それなりに自覚をしてくれよ」 

 そう言うとランは再び端末の画面に目を移した。

「まあ、いいわ。つまり票が多ければいいんでしょ?それと……このままだと際限なく票が膨らむから範囲を決めましょう。とりあえず範囲は東和国内に限定しましょうよ」 

「はい。それで行きましょう」 

 アメリアとサラを囲む情報将校はお互いにらみ合ってから分かれた。サラは偉そうにふんぞり返りながらアメリアについて去っていく。

「何やってんだか」 

 呆れたように一言つぶやくとランは再びその小さな手に合わせた特注のキーボードを叩き始めた。

『心配するなよ。オメーの女装はアタシも見たくねーからな』 

 誠の端末のモニターにランからの伝言が表示される。振り向いた誠にランが軽く手をあげていた。

「なんだか面白くなってきたな」 

 そう言って始末書の用紙を取り出したかなめがサラに目を向ける。

「おい、賭けしねえか?」 

 誠の脇を手にしたボールペンでつついてきたかなめが小声で誠に話しかけてくる。

「そんなことして大丈夫ですか?」 

「大丈夫な訳ないだろうが!」 

 当然誠をいつでも監視しているカウラはそう叫んだ。だが、それも扉を開いて入ってきた嵯峨の言葉に打ち消された。

「はい!サラが勝つかアメリアが勝つか。どう読む!一口百円からでやってるよ」 

 メモ帳を右手に、左手にはビニール袋に入った小銭を持った嵯峨が大声で宣伝を始める。

「じゃあ、サラに10口行くかな」 

 そう言ってかなめは財布を取り出そうとする。ランは当然厳しい視線でメモ帳に印をつけている嵯峨を見つめていた。

「ちょっと……隊長。話が……」 

 帳面を手に出て行こうとする嵯峨の肩にランは背伸びをして手を伸ばす。

「ああ、お前もやるんだ……」 

 嵯峨がそこまで言ったところでランは嵯峨から帳面を取り上げて出て行く。さすがの嵯峨もこれには頭を掻きながら付いていくしかなかった。

「じゃあここに本部を置くわね……技術部の部屋だとサラが邪魔するから」

 再びの沈黙だが主のいないかえでの席を当然のように占拠してアメリアが端末で何か作業をしているのが誠にも見えた。

「ふっふっふ……。はっはっは!」 

 アメリアが挑発的な高笑いをした。

『昼食の時にミーティングがしたいからカウラちゃんを連れてきてね。ああ、かなめちゃんは要らないわよ』 

「誰が要らないだ!馬鹿野郎!」 

 隣から身を乗り出して誠の端末の画面を覗き込んでいたかなめが突然叫んだ。その大声に呆然とするかえでと渡辺。隣で新聞を見ていたアンもかなめの顔をのぞき見ていた。

「もういーや。お前等も好きにしろよ!」 

 嵯峨を引き連れて戻ってきたランは諦めたようにそう言った。そとでピースサインをした嵯峨が帳面を手に戻っていく。その様子を見ていらだったような表情を浮かべていたかなめの顔色が明るくなった。

「それってさぼっても……」 

「さぼってってはっきり言うんじゃねーよ。どうせ仕事にならねーんだからアメリアと悪巧みでも何でもしてろ!」 

 そう言ってランは端末の前に陣取ると報告書の整理を再開する。かなめはすぐさま首にあるジャックにコードを挿して何かの情報を送信した後、立ち上がっていかにも悪そうな視線をカウラに送る。思わずカウラは助けを求めるようにランを見つめていた。

「クラウゼの呼び出しか?ベルガー、ついてってくれよ。こいつ等ほっとくとなにすっかわかんねーからな」 

 カウラは大きくため息をついてうなだれた。かなめとカウラは席を立った。かなめの恫喝するような視線に誠も付き合って立ち上がる。表を見た三人の目にドアの脇からサラが中を覗き込んでいるのが見えてくる。かなめが派手にドアを開いてみせるとサラが誠達に詫びを入れるように手を合わせた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...