レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,388 / 1,503
戦いの記録

魔法少女?

しおりを挟む
「僕が魔法少女!?」 

 呆然と誠はアメリアの目を見つめた。アメリアの目は笑ってはいなかった。

「そうよ!女装魔法少女!すばらしいでしょ?」 

 かなめはあきらめの表情で誠の肩を黙ったまま叩く。誠がそちらに目を向けるとかなめは同情のまなざしを向けながら首を振った。

「え!そうなんだ!」 

 サラがわざとらしく驚いてみせる。誠はその時完全に自分がはめられたことを悟った。

「あのー、アメリアさん。祭りに来た家族が見れるような作品を作らないと……」 

 誠の言葉に拍手をする音が聞こえた。誠は気づいて左右を見回す。

「オメー等、わざとやってるだろ」 

 突然、誠の鳩尾の辺りから声がして視線を下ろした。拍手をしていたのは小さなランだった。そのままアメリアにつかつかと歩み寄る。その元々睨んでいるようなランの目つきがさらに威圧感をたたえて向かってくるので、さすがのアメリアもためらうような愛想笑いを浮かべた。

「あのなあ、こいつが魔法少女って……少女じゃねーだろ!こいつは!」 

 そう言うとランは思い切り誠の腹にボディーブローをかました。誠は痛みにそのまましゃがみこんだ。

「なんだ?神前。アタシみたいなちっこいののパンチでのされるなんてたるんでる証拠だぞ!とっとと着替えて来い!」 

 しゃがみこんだ誠の尻をランは思い切り蹴り上げる。誠は立ち上がると敬礼をして更衣室に駆け込んだ。明らかに口論を始めたらしい二人を背に、誠は小走りで男子更衣室に飛び込んだ。

「よう、盛り上がってるな」 

 更衣室には先客の技術部員のデブ、本庄がいやらしい笑いを浮かべながら入ってきた誠を眺めている。

「そんな他人事みたいに……」 

 そう言いながら誠は自分のロッカーを開く。

「だって事実として他人事だもんな。それにアメリアさんが『魔法少女』なんて言い出したらキャストにお前が少女役で出てくるぐらいのことは俺だって予想がついたぜ」 

 本庄はシャツを脱ぐ誠の背中を叩く。誠は急いで脱いだシャツをロッカーに放り込むとかけてあるカーキーのワイシャツを取り出した。

「まあ、今となってみればそうだとは思うんですが……でもこのままじゃ……」 

 うなだれる誠の肩にキムは手をやる。

「まあ任せろ。こっちの選挙対策委員長は班長だぜ。それにうちの情報将校も味方にいるんだ。絶対に勝ってみせる!」 

 本庄はそう力強く言った。誠は明らかに問題の根本が摩り替えられつつある現状に気づいて頭を抱えた。

「とっとと着替えないとクバルカ中佐が切れるぞ!」 

 そう言うと本庄は更衣室から出て行った。誠は急いでワイシャツのボタンを留め、ズボンに手を伸ばす。

「あのー……」 

 突然誠の隣で声がした。驚いた誠が見下ろすと小柄な浅黒い肌の少年がおずおずと誠を見上げていた。

 そこにはアン・ナン・パク軍曹の姿があった。意外な人物の登場に誠は思わず飛びのいた。

「いつからいたんだ!」 

「はじめからいたんですけど……」 

 そう言って流し目を送ってくるアンに正直誠は引いていた。以前は西がアメリア曰く『総受け』と呼ばれていた状況から第二小隊の発足とアンの配属により、『西キュンはアン君に対しては攻めだよね』と言う暗黙の了解が女性隊員の間でささやかれるようになっていた。

 誠はその言葉の意味がわかるだけに目を潤ませて誠に視線を送るアンをゆっくりと後ずさりながら眺めていた。確かに上半身裸でシャツを着ようとするアンはとても華奢でかわいらしく見えた。そしてそれなりに目鼻立ちのはっきりしたところなどは『あっさり系美少年』と言われる西、そして『男装の麗人』かえでと運行部の女性士官達の人気をわけていることも納得できる。

「魔法少女。がんばってくださいね」 

 アンはそう声をかけてにっこりと笑う。誠は半歩後ずさって彼の言葉を聞いていた。

「そんな……決まったわけじゃないから。それにグリファン中尉の合体ロボ……」 

「駄目です!」 

 突然アンは大きな声で叫ぶ。誠は結ぼうとしたネクタイを取り落とした。

「ああ、変ですね……変ですよね……僕……」 

 誠は『変だという自覚はあるんだな』と思いながらもじもじしたままいつまでも手にしたワイシャツを着ようとしないアンから逃れるべくネクタイを拾うとぞんざいにそれを首に巻こうとした。

「気がつきませんでした!僕が結んで差し上げます」 

 そう言って手を伸ばしてくるアンに誠は思い切り飛びずさるようにしてその手をかわした。アンは一瞬悲しそうな顔をするとようやくワイシャツに袖を通す。

「でも一度でいいから見たいですよね……先輩の……」 

 誠が考えていることは一つ。更衣室から一刻も早く抜け出すこと。誠はその思いでネクタイを結び終えるとすばやくハンガーにかけられた制服を手にして、ぞんざいにロッカーからベルトを取り出す。

「そんなに……僕のこと嫌いですか?」 

 更衣室の扉にすがり付いてアンはつぶやく。誠はそれを横目に見ながら勢いでネクタイを結んだ。

「いや……その……」

 誠の背筋が凍った。仕方なく振り返るとそこには明らかに甘えるような視線を誠に向けるアンがいる。誠は戻って震える手でロッカーを閉めようとするが、アンはすばやくその手をさえぎった。そして左の手に長いものを持ってそれを誠の方に向ける。

「ごめんなさい!わ!わ!わ!」 

 誠は思わずアンに頭を下げていた。だが、アンが手にしていたのは誠の常備している刀、『バカブの剣』だった。黒い鞘に収められた太刀が静かに誠の腰のベルトに釣り下がるのを待っていた。

「これ、忘れてますよ」 

 アンはそれだけ言うとにっこりと笑う。誠はあわててそれを握ると逃げるように更衣室を飛び出した。

「廊下は走るんじゃないよー」 

 いつものように下駄をからから鳴らしながらトイレに向かう嵯峨の横をすり抜けると、誠はそのまま実働部隊の控え室へと駆け込んだ。

 肩で息をしながら誠は実働部隊の執務室で周りを見渡す。ようやく落ち着きを取り戻した詰め所の端末に座る隊員達。明らかに呆れたような視線が誠に注がれる。

「どうしたんだ?すげえ汗だぞ」 

 椅子の背もたれに乗りかかりのけぞるようにして入り口の誠を見つめてかなめが聞いてくる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら彼女の隣の自分の机に到着した。

「慌ててるな。ちゃんとネクタイとベルトを締め直せ。たるんでるぞ」 

 カウラは目の前の目新しい端末を操作しながら声をかけてくる。

 誠は周りを見渡しながらネクタイを締め直した。かえでと渡辺がなにやら相談しているのが見える。そして当然のことながらアンの席は空いていた。

「すいません、遅れました」 

 おどおどと入ってくるアンが向ける視線から避けるように誠は机にへばりつく。第三小隊設立以降、毎朝このような光景が展開されていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...