レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,375 / 1,503
第20章 楽しい連中

大団円

しおりを挟む
「ほら!こっちに来い!」 

 誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っている。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。

「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」 

「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」 

 アメリアとかなめ。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしている。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かをカウラに見せようとしているらしいと誠は察した。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。

「なんだ?」 

 カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げた。

「カウラさん……」 

「だから、なんなんだ?」 

 カウラは相変わらず不思議そうに誠を見上げる。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然かなめが立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。

「何するんですか!」 

 誠が叫ぶ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得ない。

「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」 

 倒れた誠をカウラがしゃがみこんで助けようとする。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめる。

「大丈夫ですよ……」 

 そう言いながら誠はハンガーの方を覗き見る。そこには両手で大きくマルの形を作っているサラの姿があった。

「じゃあ行こうか、クラウゼ少佐」 

「そうですね、西園寺大尉」 

 かなめとアメリア。二人は仲良しを装い歩き始める。そのあまりにもわざとらしい光景に誠は思わず噴出した。その気配を察知して二人は誠に殺気のこもった視線を投げてくる。

「貴様等……何か企んでいるな?」 

 カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きくうなづいた。サラはかなめ達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべる。

「まあいい、付き合ってやるとするか」 

 カウラはそう言うと立ち上がりかなめとアメリアに続く。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無い。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流す。

「なんだ?これは?」 

 カウラは不思議そうに一人歩き出した。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わる。

『パーン』 

 はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がる。

『お誕生日おめでとうございます』 

 その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。

「おめでとう!」 

 今度はペンギンの着ぐるみを着たサラが現れた。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿がある。

「めでたい!めでたいぞ!」 

 そう言いながら勤務中ということで勤務中だというのにサワーを一気飲みしている島田の姿がある。後ろのパーラもにこやかに笑っていた。

「おい……」 

 突然カウラがうつむく。そして肩を震わせる。

「どうしたの?カウラちゃん……」 

 アメリアがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙する。

「私は……」 

 カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。

「カウラちゃん」 

 心配したようにサラ羽をカウラに差し伸べる。かなめとアメリアも心配そうにカウラを見つめる。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っているランも複雑な表情で立ち尽くしているカウラに目を向けていた

 一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。

「どうするつもりだよ……」 

 カウラは下を向いたままそうつぶやいた。

「カウラちゃん……」 

 サラが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っているかなめとアメリアもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。

「どうするつもりだよ……」 

 再びカウラがつぶやく。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてくる。

「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」 

 そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せる。

 次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部員が見える。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。

「人気者だねえ……うらやましいや」 

「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」 

 ニヤニヤしているかなめ。少し誇らしげなアメリア。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめる。

「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」 

 戸惑いながらのカウラの言葉。アメリアは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばす。

「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」 

 誠も珍しく素直に答えたアメリアを見つめた。

「そうなのか……ありがとう!」 

 カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がる。

「凄いな、人望か?」 

 カウラに続いて歩いていた誠にランが声をかけてくる。

「そうでしょうね」 

 感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。

「はい!お祝いモード終了!片付け!」 

 腕を組んで様子をうかがっていたランの凛と響く一言に整備班員はすばやく散る。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っている。

「面白いもんだろ?人生と言う奴も」 

 カウラに向けてのランの一言を聞くとカウラは小さく何度もうなづいた。

「中佐……そうですね。本当に」

 カウラの目に涙が光っていた。

 そんなこんなで誠の司法局実働部隊で初めてのクリスマスが終わった。


                                了
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~

エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した! 大国の崩壊が始まった! 王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。 彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。 アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。 家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。 「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」 ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。

処理中です...