レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,369 / 1,503
第19章 昼食

誕生日パーティー

しおりを挟む
 誠がぼんやりとその様子を見つめていると、にこやかに笑うかなめの視線が誠を捉える。

「そこの下男の方。お姫様を席に案内してくださいな」 

「下男?」 

 かなめの言葉にしばらく戸惑った後、誠は椅子から立ち上がると隣の椅子を後ろに引いた。静かに慎重に歩くカウラ。そして彼女が椅子の前まで来たところで椅子を前に出す。カウラは静々と腰を下ろす。薫はいかにもうれしそうにその様を眺めている。

「下女の女芸人さん。ワインがまだでして……」 

 そこまで言ったところでアメリアのチョップがかなめの額に突き立つ。

「ふ・ざ・け・る・の・はそのくらいにしなさいよ!」 

 結局6回チョップした後、アメリアは言われるまでもないというようにワインを注いでいる。食事が揃い、酒が揃い、ケーキも揃った。

「なんなら歌でも歌う?ハッピーバースデー~とか言って」 

「それは止めてくれ」 

 アメリアの提案にカウラは真剣な表情で許しを請う。アメリアとかなめはがっかりだと言う表情で目の前のワイングラスを見つめているカウラを凝視していた。

「それじゃあ!」 

 満面の笑みの薫が手にグラスを持つ。それにあわせるように皆がグラスを掲げた。

「カウラさん、誕生日おめでとう!」 

『おめでとう!』 

 薫の音頭で宴が始まる。一口ワインを口にしたかなめは、さすがにお嬢様ごっこは飽き飽きしたと言うようにいつもの調子で肉にかぶりつく。

「また下品な本性をさらけ出したわね」 

 アメリアはそう言いながらかなめが肉に夢中で乗ってこないとわかると、仕方がないというようにピザに手を伸ばした。

「そう言えばローソクとかは立てないんですか?」 

 誠のその言葉にカウラはものすごく複雑な表情を浮かべた。彼女は培養ポッドから出て八年しか経っていないと言う事実が誠達の頭にのしかかる。

「なに?八本ろうそくを立てるの?それならランちゃんを呼んで来ないと駄目じゃない」 

 ピザを咥えながらのアメリアはそう言い放った。しばらく誠はその意味を考える。

「見た目はそのくらいだからな。中佐は」 

 二口目のワインを飲みながらカウラはそう言った。次の瞬間にはかなめがむせ始め、手にした鶏の腿肉をさらに置くと低い声で笑い始める。

「笑いすぎよ、かなめちゃん」 

 呆れた調子でアメリアは体を二つ折りにして声を殺して笑うかなめに声をかけた。

「馬鹿……思い出したじゃないか……あのちび……」 

 カウラも呆れるほどかなめは徹底して笑い続ける。しかし、突然アメリアが腕から外してテレビの上に置いていた携帯端末が着信を告げた。それを見ると誠もカウラもかなめもアメリアも顔を見合わせて大笑いを始めた。

「あの餓鬼!タイミングよすぎ!」 

 かなめはそう叫びながら笑う。アメリアも必死に笑いをこらえながら立ち上がるとそのまま携帯端末の画面を起動した。起動した画面に映っていたのが幼い面影の副部隊長のランだったところから、それを見たとたんに思い切りアメリアは噴出した。

『は?何やってんだ?』 

 こちらの話題などはまるで知らないランが、ぽかんとした表情で画面に映っている。

「いえ……別にこちらのことですから」 

『ふーん』 

 ランはそう言うと不満そうな顔で画面をじっと見つめている。ちらちらと視線を動かすのは画面の端に映っているこちらの宴会の食事が気になっているのだろうと誠はなんとなく萌えていた。

「何にも無いですよ、別に何にも……」 

『西園寺がそう言うところを見ると、アタシのことでなんか噂話でもしていやがったな?』 

 そう言うとランは苦笑いを浮かべる。その穏やかな表情を見ればこの通信が緊急を要するものでないことはすぐにわかった。誠はとりあえず飲もうとして口に持っていったグラスをテーブルに置く。

『まあ、あれだ。隊長から止められてお祝いにいけなかった連中からなんだけど、おめでとうってカウラに伝えとけってことだから代表してアタシが連絡したわけだ』 

 誠は欠勤扱いを受けたとしても意地でも乱入しようとする二人、サラと菰田のことを思い出した。そしてそれを取り押さえるラン達の姿を想像して渋い笑みを浮かべる。

「ご苦労様ですねえ、副長殿」 

『は?クラウゼ。テメーが休みを取りたいとか色々駄々こねたからこうなったんだろうが?ったく誰のせいだと思ってんだよ』 

 ランは苦笑いを浮かべつつ愚痴る。とりあえず音声だけを聞けば彼女はどう見ても小学校二年生にしか見えない事実は忘れることが出来た。だが目を開いた誠の前には明らかに子供に見えるランの姿がある。

『でだ。明日、サラがお祝いをしたいとか言うからさあ……』 

「え?私達は非番じゃないですか!」 

 アメリアの声の調子が高く跳ね上がる。そしていつでもランの意見を論破してやろうと言う表情でアメリアが身構えるのが誠にはこっけいに見えて再び噴出す。

『別に仕事しろとは言わねーよ。なんでも面白い見世物があるんだと。それとおせちに使える野菜を収穫したからそれも渡したいとか言ってたぞ』 

 ランの苦笑いは消えることが無く続く。アメリアは頭を掻きながらドレス姿のカウラを見つめた。

『あれ?そこにいるのは……』 

「私です!」 

 半分やけになったようにカウラは振り向いた。ランはそれを見てぽかんと口を開いた。

「凄いでしょ?これ全部かなめちゃんのプレゼントなんだって!」 

 アメリアの声を聞いてかなめは胸を張る。そしてしばらく放心していたランだが、次第に底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

『なんだ?まったくもって『馬子にも衣装』の典型例じゃねーか』 

「失礼なことを言うのね、ランちゃん。レディーにそんなことを言うもんじゃないわよ!」 

『いやーすまん。つい』

 アメリアの言葉にランは素直に頭を下げる。そして誠は今のタイミングだと思って椅子から立ち上がると二階に上がる階段を駆け上がった。

 誠は飛び込んだ自分の部屋の電気をつける。そしてすぐに机の上のイラストを入れた小箱を手に取ると再び階段を駆け下りた。

「おう!来たぞ、神前だ」 

 画面を通して上官が見ているというのに、スパーリングワインを空にしてさらに赤ワインに手を伸ばしていたかなめが顔を上げる。

『なんだ?さっき言ってたイラストか?』 

 ランも興味深そうに誠の手の中の箱に目をやった。その好奇心に満ちた表情はどう見ても見た目どおりの少女にしか見えなかった。

「それは……」 

 ドレス姿のカウラは動きにくそうに誠に振り返る。誠はそのまま箱を手に持つとカウラに突き出した。

「これ……プレゼントです!」 

 一瞬何が起きたのかというような表情の後、カウラは笑顔を浮かべてそしてすぐに周りの視線を感じながら恥ずかしそうにうつむく。

「あ、ええと。ありがとう」 

 小さな声、いつものカウラとは別人のような小さな声でカウラが答える。そしてカウラは静かに箱を受け取るとそのままテーブルの片隅に箱を置いた。まかれたリボンを丁寧に解く。

「どんなの?ねえ、どんなの?」 

 ニヤニヤ笑いながらアメリアが身を乗り出してくる。端末の画面では興味津々と言うようにランが目を輝かせていた。

 リボンが解け、箱が開かれた。

「あ……あのときの私か」 

 箱の中の色紙には宝飾店で見にまとった白いドレスのカウラの姿が描かれていた。カウラはすぐに恥ずかしそうにうつむいてしまう。

『おい、どんなのだ?見せろよ』 

 ランが画面の中で伸びをしているがそれはまるで無意味なことだったのでつい、誠も笑ってしまっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~

エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した! 大国の崩壊が始まった! 王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。 彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。 アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。 家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。 「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」 ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。

処理中です...