レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,358 / 1,503
第17章 前夜祭

しおりを挟む
「おい、アメリア」 

「なに?」 

 かなめが身を乗り出して道場の庭に停められたレンタカーとわかるナンバーのマイクロバスを指差した。

「ああ、あれは……」 

 アメリアがそういった瞬間、道場から駆け出してきたピンク色のカーリーヘアーの女性の姿が目に入った。

「カウラちゃん!」 

 運行部のブリッジクルーの一人、サラ・グリファン少尉が手を振っている。その後ろでは水色のショートヘアーのパーラ・ラビロフ大尉が待っていた。そして彼女等に続いて代わった髪の色のブリッジクルーの女性隊員達がマイクロバスから降りている。オフなので当然全員私服を着ている。

「降りろ、神前」 

 そう言ってかなめが足を蹴り上げるので誠は状況がつかめないままカウラに続いて車から降りる。

「人の車だと思って……」 

 かなめの態度に呆れながらカウラは狭い後部座席から降り立った。

 三人はなぜ彼女達がここにいるのか不思議に思いながらニヤニヤしながら自分達を見つめているアメリアに視線を移す。

「ああ、カウラの誕生日でしょ?たくさんで祝ったほうがいいって……」 

 アメリアの隣に並んだサラが満面の笑みでカウラを見つめている。

「多いほうがうれしいですものね。みんなでお祝いしましょうよ」 

「仕事は大丈夫なのか?」 

 さすがのかなめも心配そうな表情を浮かべる。

「ああ、例の二機のアサルト・モジュールの起動実験でしょ?ともかくしばらくは『ふさ』での運用は無いだろうと言うことで私達暇だったのよ。でも……」 

 パーラはそう言うと隣のサラを見つめる。整備班班長の島田と付き合っているサラの表情はさすがに冴えない。

「まあ島田先輩は休めないでしょうね」 

 誠の言葉を聞くとサラはそのまま静かにうなづく。

「こんなに来て……それに明日じゃねえのか?こいつの誕生日」 

「だって……明日だと私が出れないでしょ?それにいいものが手に入ったんだから」 

 うれしそうなサラ。確かに司法局実働部隊での数少ない彼氏持ちである彼女は島田と何かイベントをするであろうことが推測されて一同は苦笑いを浮かべた。

「なんですか?」 

「蟹よ!」 

 アメリアがうれしそうに叫ぶ。かなめとカウラはなんとなく納得したような表情でアメリアのうれしそうな顔を眺めていた。

 道場の入り口で手を振る母、薫。誠は苦笑いを浮かべた。カウラとアメリアが冷やかすような視線を彼に向けてくるのがわかる。

「本当に仲がいいのね。かなめちゃん、うらやましいでしょ?」 

 そう言って見つめてくるパーラにかなめは思わず顔を赤らめる。そしてそのまま足を玄関に向ける。

「そう言えば西園寺さんのお母さんて有名な剣術家で……」 

「お袋の話はするなよ」 

 かなめはパーラにそう言うと足を速めた。

「ええ、かなりしごかれたらしいわよ。すっかりトラウマになったみたいで」 

「アメリア!聞こえてんぞ!」 

 怒鳴るかなめにアメリアは思わず首をすくめる。誠も仕方なくかなめやカウラと玄関へと向かった。引き戸を開いて入った玄関には大量の大きな白い断熱素材の容器が積み上げられている。

「これ……全部蟹?」 

「そうよ!」 

 呆れたようにつぶやくかなめにアメリアは元気良く答える。誠も空の容器を見つめながらその量の多さにただ圧倒されていた。

「北海ズワイ……本物か?最近のこう言う表示の紛らわしいのは何とかならないのか?」 

 カウラのつぶやきに誠も苦笑する。遼州にはズワイガニはいない。脊椎動物が生物学上の同様の進化をたどったとされている遼州だが、甲殻類の進化は地球のそれとは違った。この『北海ズワイ』と呼ばれている『リョウシュウクモガニ』は見かけは確かに蟹と思えるが、足の数が二本多いのが地球の蟹とは違う点だった。美食家のクバルカ・ラン中佐に言わせると味はあっさりしすぎていて地球のズワイガニより劣るという話だった。

「でもまあこれは誰が……」 

 呆れながら誠は靴を脱ぐ。かなめは誠を待たずに奥の洗面所に走っていく。

「隊長に決まっているじゃない……オートレースで大穴当てたんだって」 

 背中からいきなりアメリアに声をかけられて誠はバランスを崩す。ブーツを脱ぎ終えたカウラが手を出さなければそのまま顔面から玄関のコンクリートにキスをするところだった。

「脅かさないでくださいよ」 

 パーラは満面の笑みを浮かべながら体勢を立て直す誠に手を貸す。

「ごめんなさい。でもこれで今日は蟹鍋ができるのよ。みんな楽しくって……」 

 そう言うとサラはサンダルを脱いでそのまま道場へ向かう廊下を小走りで消えていく。

「楽しそうだな」 

 誠を待ってくれているカウラに笑顔を向けながら誠はようやく靴を脱いで立ち上がった。

「でもこんなに食べるんですか?」 

 明らかに伊達では無い量に誠はただ圧倒されていた。

「ちゃんと手を洗って!」 

 道場の方からの母の叫びに苦笑いを浮かべながら誠はそのまま廊下を奥に進んだ。

「良いわね、お母さんて」 

「そうですか?面倒なだけですよ」 

 パーラの言葉につい出た言葉に誠は頭を掻いた。そんな誠をカウラは静かに見守る。

「なんだよ、早くしないと全部食っちまうぞ」 

 洗面所に向かう廊下から顔を出したかなめがそう言って笑う。誠は仕方がないと言う表情でそのまま洗面台に向かう。

「お前もちゃんと手ぐらい洗えよ」 

「余計なお世話だ」 

 いつものように一言多いかなめにカウラがやり返す。

「本当に二人は仲良しなのねえ」 

 サラの言葉にかなめとカウラが見つめあう。次第にその表情が複雑なものになる。

『どこがですか!』 

 声をそろえて二人が言うのを見て手を洗っていた誠が噴出す。それを見るとすぐさまかなめの手がその襟首を捕まえて引き倒した。

「おい、どういうつもりだ?あ?」 

 かなめはそのまま誠の利き手の左手をつかむと後ろにぎりぎりと締め上げ始める。

「どういうつもりも何も……」 

「西園寺、ちゃんと躾をしておけ」 

 カウラは引き倒されてじたばたしている誠を横目に見ながら、優雅に手を洗っている。そしてその水音と暴れる誠の音ににまぎれて玄関の引き戸を開く音が聞こえた。

『はじめちゃうからね!』 

『いいぞ!アタシも行くから待ってろ!』 

 廊下でサラとかなめの叫び声が響く。

「冗談抜きで西園寺はすでに始めているだろうからな。こういう時のあいつは気が早すぎる」 

 笑みを浮かべているカウラについて道場へ向かう廊下を急ぎ足で進む。

「かなめちゃん!もう蟹を入れちゃったの?」 

 アメリアの声が響く。道場にはテーブルが五つほど並んでいた。上にはそれぞれ土鍋とその隣に山とつまれた蟹。かなめの占拠したテーブルの鍋から湯気が上がり、その中にかなめが蟹を放り込んでいる。

「まあすぐに茹で上がるわけじゃないからいいですよ」 

 薫の声にこたえてカウラは微笑む。

「そうそう!ちゃんと火が通らねえとな」 

 そう言って上機嫌なかなめの手にはすでに芋焼酎が握られていた。そのラベルを見て誠は母に近づいて小声でささやく。

「母さん、それ親父の取って置きの……」 

 おどおどとした誠に薫は笑顔を浮かべている。

「あら、大丈夫よ。代わりに麦焼酎のおいしいのを頂いたから」 

 そんな薫を見て頷きながらかなめは次々と蟹を鍋に入れる。

「そんなに入れても仕方ないだろ?それより野菜を入れろ」 

 自然とかなめの座っているテーブルに着いたカウラは対抗するように白菜を鍋に投入する。

「だってアタシは野菜食べないし……」 

 かなめはそう言うと蟹を鍋に放り込んでいた手を休めてグラスに焼酎を注ぎ始める。

「あ!待っててくれなかったの?」 

 母屋から入ってきたサラの一言。にんまりと笑ってかなめがサラを見上げる。

「オメエは飛び入りだろ?遠慮しろよ」 

 そう言いながらかなめは乾杯を待っている。それを見てパーラは自分のテーブルにサラを招くと周りを見回した。

「カウラさん……」 

 そう言いながら後ろのケースから冷えたビールの瓶を手にして誠はカウラに向ける。

「今日ぐらいはいいか……」 

「明日も飲むくせに何言ってんだか」 

 カウラをいつものようにかなめが茶化す。それを無視するようにグラスを手にしたカウラは誠の注ぐビールをうれしそうな顔で見つめていた。

「えーとそれじゃあ失礼するわね」 

 それぞれのテーブルにはお互い女同士でグラスにビールを注ぎあっていた運行部の女性士官達が手にグラスを掲げている。

「まあいろいろと忙しいみたいで今年は部隊での忘年会は出来そうにないから」 

「あのーアメリア?趣旨が違うんだけど」 

 思わず突っ込むかなめに思い出したようにサラはどてらの袖を打つ。

「えーとじゃあカウラちゃんの誕生日が明日と言うことで!おめでとう!」 

『おめでとうございます!』 

 黄色い歓声が沸きあがる。誠は少し肩身が狭いと言うようにグラスを合わせて乾杯した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...