レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第15章 ありふれた事件

救出

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 エレベータが減速を始める。その時の重力の感覚が誠は気に入っていた。そんな誠をカウラは厳しい表情で見上げる。

「神前。お前はバックアップだ。西園寺はそのまま犯人の視線を引くように動け」 

「OK!人質は任せた」 

 かなめはそう言うと銃を構え直した。その銃口が天井を向くのとドアが開いたのが同時だった。

 まず飛び出したのはかなめだった。そのまま目の前のイタリア料理の店の大きな窓をかすめるようにして走っていく。

 一方、カウラは静かに銃を両手で握り締めながら反対側のすし屋の前を進む。カウラはハンドサインで誠に静かに前進するように指示を出す。誠も慣れないリボルバーをちらちらと見ながら彼女に続いて滑りやすいデパートの食堂街の廊下を進む。

「奥の肉料理のレストランでウェイトレスが二名拘束されているわけだ。まず西園寺が……」 

 そう言いかけた所で銃声が一発響いた。

「あの馬鹿!」 

 カウラはそのまま犯人が立てこもっているレストランに走る。震えながら抱き合っている二人のアルバイト店員の前でかなめが頭をかいている。

「痛てえ!血が!血が!」 

 レストランの前で右腕から血を流してうめいている男。確かにそれが犯人だった。

「馬鹿か!貴様は……ちゃんと私達が到着するまでなんで待てない!」 

 カウラは大声で怒鳴る。その剣幕に人質にされていた二人の女性アルバイト店員が一斉にすすり泣き始める。誠がそのまま人質に近づくと、緊張感の糸が切れたと言うように銃を手にした誠に抱きつく。

「大丈夫ですか?もう安全です……西園寺さん……」 

 二人にしがみつかれながら誠は犯人の拳銃を手にとって笑っているかなめを見つめた。だが、時折誠をちらちら見つめる視線にはどこと無く殺気のようなものが漂っていた。

「大丈夫ですから!もう終わりましたから!」 

 少女達の頭を誠は自然になでていた。そこでさらに黙って慣れない借り物の銃の安全装置をチェックしているカウラも厳しい視線を誠に向けてきていることに気づいた。そんなカウラの表情に気づいたかなめは満足げに犯人から奪った拳銃をかざして見せる。

「馬鹿扱いするけどな。この状態で人質に銃口向けてたんだぜ?普通なら撃つだろ」 

 そう言ってかなめは銃をカウラに手渡す。銃の後ろを見るとハンマーが下りた状態だった。トカレフは、シングルアクションで作動する。ハンマーが下りた状態ではいくら引き金を引いても弾が出ることは無い。胸を撫で下ろす誠だが、カウラはそうは行かなかった。

「もし貴様が撃った弾が反れたらどうするつもりだ?いつものXDM40とは違うんだぞ」 

「こいつの弾道はすべて頭の中にあるからな。まず外さねえよ」 

 そう言うとかなめは誠にまとわり付いている二人のアルバイトに手を伸ばす。

「怖かったのか?もう安心だ」 

 手を差し伸べてくるかなめを見るとなぜか二人ともかなめにしがみついて泣き始めた。かえでをはじめかなめは同性をひきつけるフェロモンでも出ているんじゃないだろうか。誠はかなめにしがみつく二人の少女を見てそう思いながら手にした銃の置き場に困っていた。

 それを見て大きく息を付いた後、カウラは銃口を通り魔の男に向ける。男はまだ腕を押さえたままで痛みに顔をゆがませながら倒れこんでいた。

「それでは……」 

 カウラが男を組み敷こうとした瞬間。気が付いたら誠はカウラと男を突き飛ばしていた。誠が感じたそれはまるで威圧感のようだった。法術師としての直感が誠を突き動かしてそんな行動をとらせていた。

 男が倒れていた廊下の床が白くきらめく刃物で切り裂かれる。その床材と金属のこすれる音を感じてカウラが振り返った。

「なんだ!神前!」 

 振り返った先にできた刀傷のようなものを見て、カウラの目は驚きから状況を分析しようとする指揮官のものへと変わる。

「神前!法術の反応は!」 

 かなめの言葉で誠は精神を集中する。そしてその時いくつかの思念が遠ざかりつつあるのを感じた。先ほどまでまるで何も感じなかった自分の甘さを後悔しつつ些細な感覚も取りこぼさないようにと意識を集中した。

 先ほどの何者かの物理的攻撃を察知はできたが、その干渉空間を生み出す波動はすでに消えていた。そしてただ、痛みに痙攣する通り魔の恐怖だけが誠の脳にこびりついて離れなかった。

「とりあえず……今は、特には……」 

 誠はそれしか言うことができなかった。カウラとかなめが顔を見合わせる。そして床に突然できた傷に驚いて泣き止んでいた少女達がかなめにまとわりついてまたすすり泣き始めた。

「おい、カウラ。まだ下の連中は来ねえのか?」 

「はい来ました」 

 突然の声。かなめの後ろに立っていたのは手に野菜の袋を抱えたアメリアだった。

「やっぱりジゴロよねえ、かなめちゃんは」 

 二人の少女に抱きつかれているかなめをじろじろと見る。アメリアの後ろに立っていた女性警察官が毛布で二人をくるみ、彼女達がゆっくりと立ち上がるまでかなめは少女に抱きつかれながらアメリアに対する怒りでこめかみをひくつかせていた。

「なんでテメエがここにいる?」 

 そう尋ねるかなめにアメリアは自分の身分証を見せる。そして左手の指で身分証の右肩を指し階級の表示を誇示してみせる。

「まあ階級が高いといろいろと便利なの。かなめちゃんも兵隊さんなんだからわかるでしょ?」 

 満足げに笑うアメリアにかなめは明らかに食って掛かりそうな雰囲気を持ってにらみつける。

「協力感謝しますが……とりあえず銃を」 

 そう機動隊の制服の警部補に言われてかなめは銃を手渡す。カウラが組み敷こうとしていた犯人はすでに機動隊員が取り押さえていた。出血がひどいらしく、両脇を隊員が抱えながら連行されていく。

「神前。あれはなんだったんだ?」 

 落ち着いたと言う表情の誠を見つけたカウラに尋ねられて誠は神妙な顔で彼女を見つめ返した。

「わかりませんよ……ともかく急に来ましたから。監視カメラとかからこの状況を外部から見ている法術師がいれば干渉空間を一瞬だけ展開してあの犯人の殺害をすることができるだろうとは思いますが……なんでそんなことをするのか……」 

「そうなるとあの通り魔実行犯の取調べには茜さんに手を貸してもらわなければならないかな」 

 カウラの言葉に誠はうなづいた。

「法術特捜。早速のお仕事か……まあ茜なら大丈夫か」 

 かなめとカウラはそう言うとそのまま彼女達の周りに現れた鑑識の捜査官達に現場を任せてちらちらと二人を見ながら付いて来いと言うような表情の先ほどの警部補のところに向かう。

「私は無視?」 

「まあ良いじゃないですか。行きましょうよ」 

 カウラとかなめに無視されたアメリアは肩を落としながらそう言う誠についていくことにした。
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