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第13章 迷いのないペン
晩飯
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「やっぱり……綺麗だな」
恥ずかしそうにエメラルドグリーンの髪をなびかせながらカウラはカメラへと視線を移す。誠も正直高級そうな雰囲気に押されて良く見ていなかったカウラをじっくりと見つめた。
鍛えているだけあって引き締まった腕。慣れないドレスに照れているような瞳。
自然と誠は下書きの鉛筆がいつもよりすばやく動いているのを感じていた。
「待っててくださいね、なんとか仕上げますから」
そう誰に言うでもなくつぶやくと誠は作業に没頭していた。冬の短い日差しはもうすでに無かった。いつの間にやら肉をいためた匂いが誠の鼻にも届く。
「今日は……肉か」
誠はさっと描いた下書きを眺める。いつもアメリアの原作で描かされているヒロインの影響を受けてどうしても胸が大きくなっていることに気づいた。
「ああ、まあいいか」
そう言うと誠はペン入れをはじめるべく愛用のインクを机の引き出しから取り出した。
ペンを走らせて、誠は自分でも驚いていた。
圧倒的に早い。迷いが無い。下書きの鉛筆での段階とはまるで違うと言うようにペンが順調に思ったように動いた。絵は誠のこれまでの漫画のキャラクターと差があるわけでも無かった。そもそも写実的に描いたらカウラに白い目で見られると思っていたので自分らしく乙女チックなキャラクターに仕上げるつもりだった。
時々、誠もリアルな絵を描きたいこともある。だが、最近はその絵をアメリアから散々けなされてあきらめていたことは事実だった。
自分の描き方に自信があるわけではないが、ペンが順調に走っていく。誠はただその動作にあわせる様にして時々かなめのくれた画像を眺めては作業を進める。
『かなめさん!もっとこねるのは力を抜いて!』
『分かりました!』
階下から聞こえる母とかなめの言葉でようやく誠は現実の世界に戻ったような気がした。たぶんかなめは母、薫の得意な俵型コロッケを作るのを手伝おうと思ったのだろう。自然と笑みが漏れていた。
そして誠は自分が描いたイラストを見てみた。漫画チックとカウラやかなめには笑われるかもしれない。そんな絵だが、誠には満足できるものだった。描き直すことは誠は少ないほうだと思っていた。だが今回はプレゼントだ。満足ができるまで何度か書き直しが必要になるなと思ってはいた。
しかし、誠は主な線入れが終わった今。出来上がりが自慢の種になるのではないかと思えるほどに満足していた。
カウラのどこか脆そうなところが見える強気な視線。無駄の無い体ののライン。どこか悲しげな面差し。どれも誠がカウラに感じている思いを形にしているようなところがあった。
『お母様!油の温度はこれくらいで良いんですか!』
今度はアメリアの声が響く。明らかにかなめとアメリアは誠から自分の声が聞こえるようにと大声を出している。そのことに気づいて誠は苦笑した。
今度はペンを変えて細かいところに手を入れていく。
その作業も不思議なほど順調だった。階下のどたばたに頬を緩めながら書き進めるが、間違いなく思ったところに決めていたタッチの線が描かれていく。そしてひと段落つき、インクが乾くのを待ったほうがいいと思い誠はペンを置いた。誠の部屋の下は先ほどみかんを食べていた居間。その隣がキッチンだった。なにやら楽しそうな談笑がそこで繰り広げられているのが気になる。
それでも誠は作業に一区切りをつけると静かに立ち上がって本棚に向かった。
漫画とフィギュア。そのフィギュアの半分は誠が自作したものだった。隣の押入れにはお気に入りのキャラの原型もある。
だが一階で繰り広げられている料理教室の様子が気になって誠は仕方なくドアへと足を向けた。
ドアを開くと階段にいるカウラと視線が合った。
どちらも話し掛けるきっかけがつかめずに黙り込んでいた。先ほどまでペンを走らせていた緑の髪が揺れている。ただ二人は黙って見つめあうだけだった。
「早く呼んできてよ!」
アメリアの声に我に返ったカウラはぼんやりとしていた目つきに力をこめて誠を正面から見つめてきた。
「晩御飯だ」
それだけ言うとカウラは階段を降り始めた。誠はしばしの金縛りから解かれてそのまま階段を下りる。
「これ……うめー!」
「かなめちゃん、誠君を待たなくてもいいの?」
「いいわよ気にしなくても。さあ、いっぱいあるから食べてね」
かなめ、アメリア、薫の声が響く。カウラに続いて食堂に入ると山とつまれたコロッケがテーブルに鎮座していた。見慣れないその量に誠は圧倒される。
「母さんずいぶん作ったんだね」
少し呆れた調子でそういった息子に薫は同調するようにうなづく。
「だって皆さん食べるんでしょ?特にカウラさん」
薫の言葉にカウラは視線を落とす。その様子を複雑そうな表情でアメリアが見ていた。
「だからとっとと食おうぜ」
かなめはすでに三個目のコロッケに手をつけている。あの宝飾品店で見せた甲武一の名家の姫君の面差しはそこには無かった。皿にはソースのかけられたキャベツが山とつまれている。
「ああ、カウラちゃん、ビール。冷蔵庫に入ってるから取ってよ」
もうすでに自分の皿にコロッケとキャベツを乗せられるぎりぎりまで乗せたアメリアの声。苦笑いを浮かべながらカウラは冷蔵庫の扉を開いた。
「ああ、酒が無かったな。すいませんオバサン、ウィスキーかなにかありますか?」
「オバサン?」
「オバサンじゃなくてお姉さんです!」
薫の眼光に負けてかなめは訂正する。誠は振り向いた母の目を見て父の取って置きの焼酎を戸棚から取り出した。
「なんだよ……いいのがあるじゃん」
それを見てかなめは歓喜に震える。誠から瓶を受け取るとラベルを真剣な表情で眺め始めた。
「南原酒造の言海か……うまいんだよな、これ」
そう言うとカウラからコップを受け取りかなめは遠慮なく注ぐ。
「ちょっとは遠慮しなさいよね」
そういいかけたアメリアだが、腕につけた端末が着信を注げた。
「どうした」
カウラの言葉に首を振るとアメリアはそのまま立ち上がった。
「カウラちゃん食べててね」
そう言ってアメリアは廊下に出て行く。その様子を不思議に思いながら誠はアメリアを見送った。
恥ずかしそうにエメラルドグリーンの髪をなびかせながらカウラはカメラへと視線を移す。誠も正直高級そうな雰囲気に押されて良く見ていなかったカウラをじっくりと見つめた。
鍛えているだけあって引き締まった腕。慣れないドレスに照れているような瞳。
自然と誠は下書きの鉛筆がいつもよりすばやく動いているのを感じていた。
「待っててくださいね、なんとか仕上げますから」
そう誰に言うでもなくつぶやくと誠は作業に没頭していた。冬の短い日差しはもうすでに無かった。いつの間にやら肉をいためた匂いが誠の鼻にも届く。
「今日は……肉か」
誠はさっと描いた下書きを眺める。いつもアメリアの原作で描かされているヒロインの影響を受けてどうしても胸が大きくなっていることに気づいた。
「ああ、まあいいか」
そう言うと誠はペン入れをはじめるべく愛用のインクを机の引き出しから取り出した。
ペンを走らせて、誠は自分でも驚いていた。
圧倒的に早い。迷いが無い。下書きの鉛筆での段階とはまるで違うと言うようにペンが順調に思ったように動いた。絵は誠のこれまでの漫画のキャラクターと差があるわけでも無かった。そもそも写実的に描いたらカウラに白い目で見られると思っていたので自分らしく乙女チックなキャラクターに仕上げるつもりだった。
時々、誠もリアルな絵を描きたいこともある。だが、最近はその絵をアメリアから散々けなされてあきらめていたことは事実だった。
自分の描き方に自信があるわけではないが、ペンが順調に走っていく。誠はただその動作にあわせる様にして時々かなめのくれた画像を眺めては作業を進める。
『かなめさん!もっとこねるのは力を抜いて!』
『分かりました!』
階下から聞こえる母とかなめの言葉でようやく誠は現実の世界に戻ったような気がした。たぶんかなめは母、薫の得意な俵型コロッケを作るのを手伝おうと思ったのだろう。自然と笑みが漏れていた。
そして誠は自分が描いたイラストを見てみた。漫画チックとカウラやかなめには笑われるかもしれない。そんな絵だが、誠には満足できるものだった。描き直すことは誠は少ないほうだと思っていた。だが今回はプレゼントだ。満足ができるまで何度か書き直しが必要になるなと思ってはいた。
しかし、誠は主な線入れが終わった今。出来上がりが自慢の種になるのではないかと思えるほどに満足していた。
カウラのどこか脆そうなところが見える強気な視線。無駄の無い体ののライン。どこか悲しげな面差し。どれも誠がカウラに感じている思いを形にしているようなところがあった。
『お母様!油の温度はこれくらいで良いんですか!』
今度はアメリアの声が響く。明らかにかなめとアメリアは誠から自分の声が聞こえるようにと大声を出している。そのことに気づいて誠は苦笑した。
今度はペンを変えて細かいところに手を入れていく。
その作業も不思議なほど順調だった。階下のどたばたに頬を緩めながら書き進めるが、間違いなく思ったところに決めていたタッチの線が描かれていく。そしてひと段落つき、インクが乾くのを待ったほうがいいと思い誠はペンを置いた。誠の部屋の下は先ほどみかんを食べていた居間。その隣がキッチンだった。なにやら楽しそうな談笑がそこで繰り広げられているのが気になる。
それでも誠は作業に一区切りをつけると静かに立ち上がって本棚に向かった。
漫画とフィギュア。そのフィギュアの半分は誠が自作したものだった。隣の押入れにはお気に入りのキャラの原型もある。
だが一階で繰り広げられている料理教室の様子が気になって誠は仕方なくドアへと足を向けた。
ドアを開くと階段にいるカウラと視線が合った。
どちらも話し掛けるきっかけがつかめずに黙り込んでいた。先ほどまでペンを走らせていた緑の髪が揺れている。ただ二人は黙って見つめあうだけだった。
「早く呼んできてよ!」
アメリアの声に我に返ったカウラはぼんやりとしていた目つきに力をこめて誠を正面から見つめてきた。
「晩御飯だ」
それだけ言うとカウラは階段を降り始めた。誠はしばしの金縛りから解かれてそのまま階段を下りる。
「これ……うめー!」
「かなめちゃん、誠君を待たなくてもいいの?」
「いいわよ気にしなくても。さあ、いっぱいあるから食べてね」
かなめ、アメリア、薫の声が響く。カウラに続いて食堂に入ると山とつまれたコロッケがテーブルに鎮座していた。見慣れないその量に誠は圧倒される。
「母さんずいぶん作ったんだね」
少し呆れた調子でそういった息子に薫は同調するようにうなづく。
「だって皆さん食べるんでしょ?特にカウラさん」
薫の言葉にカウラは視線を落とす。その様子を複雑そうな表情でアメリアが見ていた。
「だからとっとと食おうぜ」
かなめはすでに三個目のコロッケに手をつけている。あの宝飾品店で見せた甲武一の名家の姫君の面差しはそこには無かった。皿にはソースのかけられたキャベツが山とつまれている。
「ああ、カウラちゃん、ビール。冷蔵庫に入ってるから取ってよ」
もうすでに自分の皿にコロッケとキャベツを乗せられるぎりぎりまで乗せたアメリアの声。苦笑いを浮かべながらカウラは冷蔵庫の扉を開いた。
「ああ、酒が無かったな。すいませんオバサン、ウィスキーかなにかありますか?」
「オバサン?」
「オバサンじゃなくてお姉さんです!」
薫の眼光に負けてかなめは訂正する。誠は振り向いた母の目を見て父の取って置きの焼酎を戸棚から取り出した。
「なんだよ……いいのがあるじゃん」
それを見てかなめは歓喜に震える。誠から瓶を受け取るとラベルを真剣な表情で眺め始めた。
「南原酒造の言海か……うまいんだよな、これ」
そう言うとカウラからコップを受け取りかなめは遠慮なく注ぐ。
「ちょっとは遠慮しなさいよね」
そういいかけたアメリアだが、腕につけた端末が着信を注げた。
「どうした」
カウラの言葉に首を振るとアメリアはそのまま立ち上がった。
「カウラちゃん食べててね」
そう言ってアメリアは廊下に出て行く。その様子を不思議に思いながら誠はアメリアを見送った。
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