レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,336 / 1,503
第8章 超兵器到着

終業

しおりを挟む
「機体のスペックはまだしもあのおっさんの能力は予定をはるかに超えている……」

ランの言葉が雑然としたハンガーに響いた。

「そういうことね。まあ隊長を締め上げてものらりくらりとかわされるだけだから。ひよこでも捕まえて問い詰めてみようかしら」 

 アメリアはジュースを飲みながらつぶやく。画面にはすでにひよこの観測したデータのグラフが映し出されている。

「大変だな」 

 ランの言葉にアメリアは大きくうなづいた。

「今夜は島田達は徹夜だろうな。実験データの整理もしばらくかかりそうだし」 

 冬の早い夕暮れは過ぎて、定時の時報が鳴る。ランは島田から送られたデータとにらめっこをしながら難しい顔でハンガーの隣の制御室に集まった誠達を見回した。

「本当に良いんですか?僕たち休んじゃって」 

 カウラの心配そうな言葉。ムッとした表情でランがそれを見つめる。カウラはアメリアの策で休暇をとらされるということが今ひとつ納得できない表情を浮かべていた。

「オメー等がいなくても仕事は回るよ。ここ数日は技術部は武悪のデータ収集で整備の連中の手が回らないだろうからな。司法局の実力行使活動も、今頼まれてもうちは動けねえよ。既存オメー等の機体の整備に回す人的余裕なんてねーからな」 

 ランは投げやりにそう言って冷ややかな笑みを浮かべた。とても見た目の子供っぽさとは遠く離れたランの表情に誠も愛想笑いを浮かべる。

「みなさーんこれからはお休みですよ!」 

 突然ドアが開く。そしていつものように突然アメリアが叫ぶ。当然のようにそれをランがにらみつける。

「えーん、怖いよう。誠ちゃん。あそこのちっこい怪物が……」 

 そう言ってアメリアはすばやく誠の腕にすがりつく。

「永遠にやってろ!バーカ」 

 アメリアが誠にまとわりつく様子をランは迷惑そうな表情で見つめる。彼女もアメリアのこういうノリには慣れてきたので無視して仕事に集中する。

「クバルカ中佐。私達の仕事は……」 

 そんな気を使ったカウラの言葉に画面を見つめながらランは手を振って帰れというようなそぶりを見せる。

「ほら!機動部隊隊長殿のありがたい帰還命令よ。カウラお願い」 

 アメリアは通勤用の車の主のカウラを見つめる。仕方がないというように端末を終了して立ち上がる。何度かランを見てみるカウラだが、ランの視線は検索している資料から離れることはない。

「早く帰れ!すぐ帰れ!」 

 そんなランの言葉に追い立てられるようにして誠達は詰め所を後にした。年末が近く、データを手にした管理部のパートのおばちゃん達があちこち走り回っている。

「なんか凄く居場所が無い感じなんだけど」 

 忙しそうな隊員達を見てかなめは頭を掻いた。さすがに彼等がほとんど誠達に目もやらないことに気がついてため息をついたカウラはそのまま廊下を更衣室へと歩き出した。

 そのまま足早に廊下を走り回る整備班員や管理部員の邪魔にならないように端を歩きながら誠は更衣室へ入った。

「あれ?神前さんは今日は……」 

 中でつなぎに足を通していた整備班の西高志兵長が不思議そうな顔で誠を見つめる。その視線にただため息をついた後、誠はそのまま自分のロッカーの鍵を開いた。

「ああ、アメリアさんがクリスマスと正月というものを過ごしたいということで明日から休みなんだ」 

 どう説明するべきか悩みながらの誠の一言に西は首をかしげる。

「それは聞いてますけど……良いんですか?機体が無い第二小隊はしばらく動けませんよ。それに引継ぎ業務とかはできるだけ口頭でやるものじゃないんですか?」 

 西の言葉に指摘されるまでも無く誠もそれはわかっていた。

「そんなこと言ってもクバルカ隊長の指示だからな」 

 そう言って言い訳をする誠を西は不思議そうに見つめる。そしてすぐにその視線は羨望の色に染まっていく。

「いいなあ、僕達はたぶんクリスマスはハンガーで北風浴びながら過ごすことになりそうですよ。たぶん、ノンアルコールビールとかシャンパンとか買って」 

「大体お前は未成年だろ?それなら島田先輩とかの方が悲惨だよ……うちじゃあ珍しい彼女持ちなのに」 

 つなぎのファスナーをあげて、帽子をかぶっても遅番の仕事開始の時間に余裕のある西は立ち去ろうとしない。

「それにいいじゃないか。にぎやかで」 

 皮肉のつもりで言った誠の言葉だが、明らかに西の心をえぐるような一撃だった。瞬時に顔が赤くなる。そして大きく深呼吸をした西は視線をそらした。

「それじゃあ失礼します!」 

 誠を恨めしそうに一瞥した後、西は肩を落として更衣室を出て行った。

 そのまま誠はジーンズを履いてダウンジャケットを羽織る。

 更衣室の電源を消して廊下に出てみるが、相変わらず活気のある廊下には隊員が行きかっている。電算室から顔を出した島田がうらやましそうに誠を見るが、そのまま勢い良く飛び出すと、早足でハンガーへと向かっている。

「おう、待たせたな」 

 そんな様子を眺めていた誠の後頭部にかなめは軽くチョップを入れる。ハンガーから吹いている風にカウラのエメラルドグリーンの髪とアメリアの紺色の髪がなびく。

「じゃあ、行きましょうよ。どうせハンガーを経由した通路は邪魔になるだけでしょうから」 

 そう言うといかにもうれしそうにアメリアは玄関に向かう階段を降り始めた。

「でも良いんですか?本当に」 

 誠の不安そうな顔に先頭を闊歩していたアメリアが長い髪を振るようにして見つめてくる。

「大丈夫よ!まず隊員相互の信頼関係を構築すること。そして社会とのコミュニケーションを重視すること。公僕ならば当然でしょ?」 

「そりゃあ理屈だ。でもそれじゃあただの税金泥棒じゃねえか」 

 ぼそりとつぶやいたかなめをアメリアは挑発的な視線で見つめる。

「そうでもないわよ。今回の『武悪』の部隊配備に関する予算はすべて嵯峨家から出てるのよ」 

「でもアタシ等の給料は?」 

 そんなかなめの突っ込みにアメリアは首をひねってとぼけて見せる。

「その点は大丈夫だ。全員の有給にはかなり余裕がある。私もクバルカ中佐から消化しろと迫られていたからな」 

 そう言ってカウラは三人を置いて夕闇の中に消えようとする。三人はとりあえずは急いで彼女についていくことにした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...