レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第7章 久しぶりの語らい

再会

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「ここかよ……また……まー気楽でいーっちゃーいーけどよ」 

 ランは上座で一人日本酒を飲みながら短い足で胡坐をかいていた。月島屋の二階の座敷。何度と無く来ているだけにランの苦笑いも誠には理解できた。

「でも……いいの?私達までカウラちゃんのおごりなんて」 

 そう言いながら来客も待たずに突き出しの胡麻豆腐を出してもらってそれを肴にアメリアはビールを飲む。彼女のわき腹を突いてサラが困った顔を浮かべるが、まるで気にする様子も無くアメリアはジョッキを傾ける。

「私達にとってはベルガー大尉と同じ妹に当たるんですね。本当に楽しみですね」 

 常識人のパーラも笑顔でそう言った。

「でも残念ですね。島田先輩は別件があるって言ってましたから」 

「神前君。気にしなくても良いって!」 

 赤い髪を振りながらサラが元気に答える。誠も笑みを浮かべながら主賓の到着を待っていた。

「すまん、待たせたな……って、同僚達も一緒か?」 

 階段からコートを抱えたエルマが顔を出した。アメリアが隣の席に座れと指差すが、愛想笑いを浮かべたエルマはそのままかなめの隣のカウラと向かい合うテーブルの前に腰掛けた。

「どうも私の部隊では一人が飲みに行くと言い出すと、いつでもこんな有様なんだ。ここはうちの隊舎みたいなものだ。楽にしてくれ」 

 カウラの一言で緊張していたエルマの表情が緩む。エルマについてきた小夏にランが手を上げる。小夏はそのそばにたどり着くとランの注文を受付始めた。

「もう五年経つんだな……社会適合訓練所を出てから」 

「ああ」 

 そう言ってカウラとエルマは見詰め合う。その様子をこの上なくうれしそうな表情のアメリアが見つめている。

「昔なじみの再会だ。くだらねえこと言うんじゃねえぞ」 

 すでに自分のキープしたジンを飲み始めているかなめがいつものように奇行に走るかもしれないアメリアに釘を刺す。誠はその隣でいつ始まるかわからないアメリアの悪ふざけに警戒しながら正座で座っていた。

「今の品の無い発言をしたのが西園寺大尉だ。あの甲武国四大公家の筆頭、西園寺家の当主だ」 

 カウラの言葉に眉を引きつらせながらかなめがエルマに顔を向ける。

「エルマ・ドラーゼ警部補です」 

「これはご丁寧に。ワタクシは甲武、藤の検非違使の別当、要子と申しますの。よろしくお願いできて?」 

 わざとらしく上品な挨拶を繰り出すかなめの豹変振りにエルマは目がでんぐり返ったような表情を浮かべる。時々かなめのこういう気まぐれに出会ってきた誠は苦笑いを浮かべながらエルマが落ち着くのを待っていた。

「あらあら……皆さんどういたしましたの?ささ、皆さん今日はカウラ様からおごっていただけると言う仰せなのですから……どうされました騎士クバルカ様」 

「キモイぞ西園寺。それとオメーの飲んでるのを払うのはテメーだ」 

 時々お嬢様を気取ることもあるかなめだが、初めてその現場に立ち会ったランが複雑な表情でかなめをにらんでいる。タレ目のかなめは満面の笑みでランを見つめている。

「まあ、失礼なことを仰られますのね。おーっほっほっほ」 

 かなめが口に手を上げて笑い始める。カウラとアメリアの二人はこういう状況のかなめには慣れているので完全に普通に振舞っている。それを見てサラは階段の方に歩き始めた。

「小夏ちゃん!料理をお願い」 

「ハーイ!」 

 小夏の声が聞こえるとかなめはそのまま目の前のグラスのジンを飲み干す。そうして大きくため息をつき。彼女を見つめているエルマを見つめながらにんまりと笑った。

「やってらんねえなあ」 

「ならやるな」 

 お嬢様モードからかなめはいつもの調子に戻った。頭を掻きながら手酌でジンを飲み始める。

「それにしても本当に綺麗な髪よね。カウラちゃんもそうだけど……」 

 そう言ってアメリアがエルマに近づいていく。だが、危険を察知したカウラが彼女の這って来た道をふさいでしまう。

「ええ、本来は毛髪は不要として設計されていますから。起動前の培養成長期末期に毛髪の育成工程の関係で髪質が向上しているらしいんです」 

 エルマの説明を聞きながらさすがに彼女の髪をいじるわけにも行かず、アメリアは手前のカウラの髪を撫で始める。

「便利よね。私の頃にはそんな配慮なんて無いもの。ああ、そう言えばサラも起動調整のときに髪の毛がどうとか言ってなかった?」 

 アメリアににらまれて階段の手前でサラは苦笑いを浮かべる。

「たぶん気のせいよ。私も製造準備はゲルパルト降伏直後だもの。アメリアとは大差ないわよ」 

 パーラの言葉にアメリアは納得したようにうなづく。そしてアメリアはそのままエルマの後ろに座る。

「そう言えば紹介まだよね。私……」 

「順番にしろ。今回はエルマは私の部下に会いに来たんだ。次は……神前」 

 カウラがアメリアをさえぎって誠をにらんでくる。仕方なく誠は頭を掻きながら立ち上がる。彼を見るとエルマはうれしそうな表情で緊張している誠に目を向けてきた。

「おい、アタシはどうするんだ?」 

 頭を掻きながらかなめがカウラを見つめる。

「貴様はさっき済んだろ?」 

 カウラの言葉にかなめは拳を握り締める。誠はカウラに見つめられるままに立ち上がった。

「ああ、済みません」 

「謝る必要は無いんだがな。そこの小さいのは別にして」 

 思わず発した言葉にかなめは切り替えしてみせる。さすがの誠も少しむっとしながら彼女を見つめた。

「神前誠曹長です。一応カウラさんの小隊の三番機を担当しています」 

「ああ知っている」 

 一言で片付けるエルマに誠は落ち込みながら座った。仇を討つというように彼に親指を立てて見せながら立ち上がったのはアメリアだった。

「私はアメリア・クラウゼ。一応、運用艦『ふさ』の副長をやっているわ」 

「ええ、存じております」 

 また一言。アメリアまで前のめりになるのを見てサラとパーラが彼女の前に立ちはだかってその場を押さえる。

「じゃあアタシが……」 

「お待たせしました!」 

 ランが立ち上がろうとしたタイミングで小夏が焼鳥盛り合わせを運んでくる。

「本当にいつも有難うね。すっかりごひいきにしていただいちゃって」 

 それに続いてきたのは紺色の留袖姿の小夏の母春子だった。手際よく小夏を補佐して料理を並べていく。

「へえ、焼き鳥ですか」 

「エルマさんでしたよね。東都ではこんな店いくらでもあるでしょ」 

 春子はそう言いながらエルマの前にえび玉を置く。エルマは首を左右に振って珍しそうにえび玉の入ったどんぶりを覗き込んだ。

「そんなこと無いですよ。都内はチェーン店ばかりで……そうでないところは混んでいていつ行っても行列ですから。それか一見さんお断りの名店とかしかないですね……こういう気の置けない店はなかなか無いですよ」 

 そう言うとエルマは春子が差し出す皿を受取った。その表情が和らぐのが誠には安堵できるひと時だった。

「ここのネギまはネギが良いんだ」 

 カウラの助言にうなづくとエルマはネギまを手に取る。

 一方、誠はエルマから見えないように春子から手招きされていた。同じように春子に呼ばれたパーラと一緒に立ち上がると階段に向かって静かに歩き始めた。

「私に気を使う必要は無いぞ」 

 呼ばれたからと言うことで誠を気遣うエルマの言葉だが、さすがにカウラ達は下の階の葬式のような雰囲気に付き合うつもりは無かった。

「気にするなって。個人的なことに顔を突っ込むほど野暮じゃねえから」 

 かなめの言葉にランはお猪口で日本酒を飲んでいた。それを心配そうにエルマが見つめている。

「ああ、大丈夫ですよ。クバルカ中佐は二十歳過ぎていますから」 

 なだめるように言った誠をランがにらみつける。

「悪かったな。なりが餓鬼にしか見えなくて」 

 ギロリとランが誠をにらむ。確かにその落ち着いた表情を見ると彼女が小学一年生ではなく、司法執行機関の部隊長であることを思い知らされる。誠の額に脂汗がにじんだ。

「そんなこと無いですよ!」 

 ランはふてくされたように目を反らした。その様子をいかにもうれしそうにアメリアが見つめている。彼女にとって小さい身体で隊員たちを恫喝して見せる様子は萌えのポイントになっていると誠も聞いていた。このままでは間違いなくアメリアはランに抱きついて頬ずりをはじめるのが目に見えていた。

「それより、もしかしてエルマさんの誕生日も12月25日なんですか?」 

 焦って口に出した言葉に誠は後悔した。予想通りエルマは不思議な生き物でも見るような視線をまことに向けてくる。

「誕生日?」 

「どうやらロールアウトした日のことを指すらしいぞ。まあ、エルマのロールアウトは私よりも遅かったな」 

 カウラの言葉で意味を理解したエルマがビールに手を伸ばす。

「そうだな。私は一月四日にロールアウトしたと記録にはある。最終ロットの中では遅い方では無いんだがな」 

 エルマの言葉を聞きながら誠は彼女の胸を見ていた。確かにカウラと同じようにつるぺったんであることが同じ生産ラインで製造された人造人間であるということを証明しているように見えた。

「あれ?誠ちゃん……」 

 誠の胸の鼓動が早くなる。声の主、アメリアがにんまりと笑い誠の目の動きを理解したとでも言うようににじり寄ってくる。

「レディーの胸をまじまじと見るなんて……本当に下品なんだから」 

「見てないです!」 

 叫んでみる誠だが、アメリアだけでなくかなめやサラまでニヤニヤと笑いながら誠に目を向けてくる。

「こいつも男だから仕方がねえだろ?」 

「そうよねえ。でもそんなに露骨に見てると嫌われるわよ。ねえ、カウラちゃん」 

「ああ……」 

 突然サラに話題を振られてカウラは動揺しながら烏龍茶を飲んだ。
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