レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第6章 断られた人

ハブられる

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「西園寺さん……」 

 青白い顔をして誠はハンガーの前で泣きそうな顔でかなめを見つめていた。かなめ、カウラ、アメリアとの昨日の飲み会。いつものようにおもちゃにされた誠は泥酔して全裸になっているところをアメリアに写真に撮られて、いつも通勤に使っているカウラの車の中で見せびらかされていた。

「何のことかねえ」 

 とぼけるかなめに賛同するようにアメリアはうなづく。カウラは諦めたように視線をハンガーの中に向けた。

「日野少佐……」 

 気がついたようにカウラが叫んだ。ハンガーで呆然と中に並ぶ05式を見上げている日野かえで少佐がぼんやりと立っている。振り向いた彼女は少し弱ったような顔で笑いかけてくる。

「やあ、いつも仲がいいんだね……お姉さまは僕主催の夜会には出たくないって……神前君の方が気になるみたいだ……」 

 何か言いたげなかえでの瞳に誠達は複雑な気持ちになる。

「お姉さまは幸せなんですかね……僕は……どこが足りないんだろう」 

 カウラの言葉にかえでは力無く笑う。誠はそのまま近づこうとするが思い切りかなめに引っ張られてよろける。

「何するんですか!」 

 誠は思わずそう言い掛けて口をかなめにふさがれた。その耳にアメリアが口を寄せる。

「かえでちゃんに下手に絡むと後で面倒でしょ!」 

 そこまで聞いて誠はかなめへの愛に生きるかえでの本性を思い出した。誠はそのことを思い出すと二日酔いでぼんやりした意識が次第に回復して背筋に寒いものが走るのを感じた。

「いいねえ、君達は……」 

 冷めた笑いを浮かべた後、かえでは大きくため息をつく。誠はそのままかなめに引きずられて事務所に向かう階段へと連れて行かれる。何か声をかけようとしていたカウラだが、そちらもアメリアに耳打ちされてかえでとの会話を諦めて誠達のところに連れてこられた。

「きっついわ。マジで。どうするの?」 

 アメリアはそう言うと呆然と勤務服姿で整備の邪魔になっていることにも気づかずにかなめの赤いアサルト・モジュールを見上げているかえでを指差した。

「知るかよ!」 

「ひどいな!日野少佐はお前の管轄だろ?」 

 カウラはそう言ってかなめを一睨みした。

 さすがにかなめもかえでの気持ちを思い計ってか静かに階段を上る。

「ああ、お姉さま」 

 階段を登りきる。わざとらしくかなめに声をかける為に先回りしていたかえでを無視してかなめは更衣室を目指す。ガラス張りの管理部の部屋では経理や総務の女性隊員が囁きあいながらハンガーの中央に立つロナルドを眺めているのが目に入った。

「触らぬ神に祟りなしよ」 

 アメリアはそう言うと本気で廊下を走っていく。

「こらこら、廊下は走っちゃだめだよー」 

 いつもの抜けた表情の嵯峨の言葉も無視して四人は駆けていく。

「失礼します!」 

 かなめ達にそう言って誠は男子更衣室に飛び込んだ。

「とりあえず、着替えるか」 

 そう言って誠はすぐに勤務服を取り出してジャンバーを脱いで着替えを済ませた。そこには誠を待つカウラの姿があった。

「行こうか」

 カウラはそう言うと廊下を進んでいく。後ろからついてきたかなめは頭の後ろに手を当ててめんどくさそうにそれに続く。誠はただ愛想笑いを浮かべて二人から少し距離を置いて続く。

「よう、なんだか忙しそうだな」 

 声をかけてきたのは部隊長の嵯峨だった。全く無関心を装っているその顔の下で何を考えているのかは誠の理解の範疇を超えていた。

「叔父貴か?かえでの奴に変な期待持たせたのは」 

「え?何を」 

 かなめの言葉に嵯峨は首をひねる。だが誠もカウラも彼がかえで主催の夜会に関して多くの情報を持っているのだろうと想像していた。かなめもただニヤニヤとした笑みをすぐに回復する叔父の顔を見て諦めて再び歩き出した。

「人間関係は大事だよー。がんばってねー」 

 嵯峨は無責任に手を振って隊長室に戻る。その語調がさらに気分を押し下げる。

「叔父貴の野郎。遊んでやがる」 

「まあ、あの人はああいう人だからな」 

 かなめとカウラはそう囁きあう。そして二人の前に実働部隊の詰め所の扉が立ちはだかる。二人は振り向くと誠に手招きした。

「え?」 

 不思議そうに二人に近づく誠だが嵯峨のニヤけた顔を思い出して少し下がった。

「男だろ?先頭はお前だ」 

「でも近づいていると……」 

 誠の言葉にかなめははたと気づいた。カウラはドアから離れて誠の後ろにつける。そして二人はハンドサインで誠に部屋への突入を命じた。

「じゃあ、貴様が入って3分後に私達が順番に入る。それなら問題ないだろ」 

 そうカウラに言われてしまうと逆らうことは出来ない。頭を掻きながら誠は実働部隊の詰め所に入った。

「おはようございます!」 

 さわやかに。そう自分に言い聞かせて部屋を眺めてみる。実働部隊の部隊長の席にはちょこんとランが座って端末の画面をのぞきこんでいる。

「早―じぇねーか」

 ランは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。その隣の第二小隊小隊長席のかえでは明らかに敵意の目で誠をにらみつけてくる。誠はそれをあえて無視して自分の席の端末を起動させるスイッチを押す。

 沈黙が機動部隊詰め所に舞い降りた。

「遅くなりました!」 

 今度はカウラが入ってきた。ランはすぐに早く席に着けというハンドサインを送る。せかせかと急ぎ足で自分の席に着いたカウラも端末を起動させる。

 誠はセキュリティーを確認した後、ランに限定してコメントを打ち込む。そしてランを見てみると元々にらみつけるような目をしている彼女の目がさらに厳しくなる。

「おあよーんす」 

 いつものだれた調子を装ってかなめが扉を開く。彼女の声に反応してかえでが顔を上げた。その瞳に見つめられたかなめの表情が凍りつくのが誠にも見える。そのまますり足で誠の席の隣の自分のデスクにつくとすぐに端末からコードを伸ばして首の後ろのジャックに差し込む。

「おはようございます……」 

 かえでは明らかに落ち込んでいた。

『大丈夫か?日野少佐は気にしてると思うぞ』 

 今度はカウラのコメントが誠の作業中の画面に浮かんだ。

『あの人は西園寺さんの担当でしょ?』 

『いつアタシがあの僕っ娘の担当になったんだ?』 

 コメントをしながらかなめの視線が自分に突き立ってくるのを見て誠は頭を掻いた。

「おい!神前曹長!」 

 明らかに冴えない表情のかなめを見つけたかえでは矛先を誠に向けてきた。

「貴様!お姉さまに何かしたんじゃないのか?僕主催の夜会になんでお姉さまが来ないんだ」 

 かえではそのまま真っ直ぐ誠のところに向かってくる。

「僕のせいじゃないです!何もしてません!」 

「そんなはずは無い!お姉さまの顔を見てみろ!誰かに振られて傷ついているみたいじゃないか!」

「誰が傷ついてるんだ!誰が!」 

 そこまで言ったところで立ち上がったかなめの腕がかえでの口を押さえつける。瞬時にかえでの表情が怒りから恍惚とした甘いものへと変化する。それを見て苦笑しながらかなめはかえでを抱えて部屋から出て行った。

『とりあえず何とかなったみたいで……』

「なってねーじゃねーか!」

 誠はすぐにランにコメントを送る。だがランは頭を抱えてじっとしているだけだった。取残された第二小隊の二人、渡辺リン大尉とアン・ナン・パク軍曹はすぐにどんよりとした空気を感じ取ってため息をついた。
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