レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第2章 事の発端

ちっちゃな副隊長

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 技術部の各セクションの部屋を通過してハンガーへと出た誠達の前にはいつもなら隣の建物である車両置き場においてある人型兵器『アサルト・モジュール』の搬送用トレーラーが一台置かれていた。

 そしてその運転席では部隊では若手の19歳の技術兵である西高志兵長が端末を手にじっと目の前の灰色の機体を見上げていた。

 司法局実働部隊の部隊として保有する4機のアサルト・モジュールのうちの一機。05式特戦乙型。そしてその担当操縦者は誠だった。

 すでに多くのメディアで紹介されてきた誠の機体は配属直後の『近藤事件』と先日の『同盟厚生局事件』で知られた存在になっていた。

「何を見上げているんだ……そうか、明日から東志津駐屯地の基地祭だったか」 

 特に関心は無いというようにカウラは誠の機体を見上げる。

「でも人気ですよね、神前さんの機体。僕も何度かネットでこの塗装の05式乙型のプラモデルの写真見つけましたよ」 

 他意は無いのはわかるが誠にも年下の西からそう言われるとただ頭を掻くしかなかった。

「ああ、そう」 

 慣れている誠だが、こうしてカウラの澄んだ目で見上げられると恥ずかしく思えてきた。開かれたコックピットに顔を突っ込んでいた整備員までいつの間にか誠達を見下ろしている。

「なんだ?お前等。帰ってきてたのか。隊長は……まだなんだな」 

 ハンガーから二階の執務室へ上がる階段の上で声をかけてきたのは高梨渉管理部長だった。東和軍の背広組みのキャリア官僚として予算を使って嵯峨惟基の首根っこを押さえる総務会計総責任者『管理部部長』と言うのが高梨の役目だった。

 そのずんぐりむっくりした体型の小男が階段の上で待ち構えていた。

「ああ、すいません。先日の備品発注の件は……」 

「それなら後にしてくれ!西兵長。島田君は?」 

 階段を急ぎ足で下りてきた高梨はそのまま西のところに向かう。取残された誠とカウラはそのまま面倒な話になりそうなので逃げるようにして上に向かう鉄製の階段を登り始めた。

 階段を登りきると目に入るのはガラス張りの管理部のオフィスが目に入った。軍服を着た主計任務の兵や下士官と事務官のカジュアル姿のパートの女性が忙しく働いているのが見える。

「遅せーぞ!いつまでかかってんだ!とっとと来い!」 

 オフィスを眺めていた誠達を甲高い声が怒鳴りつける。アサルト・モジュール。特機と呼称される人型兵器の運用を任されている司法局実働部隊の中心部隊『機動部隊』の部隊長、本来は非番のはずのクバルカ・ラン中佐がそこに立っていた。いつもの事ながら誠は怒ったような彼女の顔を見ると一言言いたかったがその一言は常に飲み込んでいた。 

 勤務服を着て襟に中佐の階級章をつけ、胸には特技章やパイロット章や勲功の略称をつけているというのに、ランの姿は彼女が部隊屈指の古強者であるということにまるで説得力が無くなって見えた。その原因は彼女の姿にあった。

 彼女はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない背格好だった。124cmの身長と本人は主張しているが、それは明らかにサバを読んでいると誠は思っていた。ツリ目のにらむような顔つきなのだが、やわらかそうな頬や耳たぶはどう見てもお子様である。

「非番じゃなかったんですか?」 

 カウラはいつも不自然に思わずにそのままランのところに足を向ける。

「東都警察の法術部隊の話が来ただろ?あれで訓練メニューの練り直しが必要になってな。どうせ休日ってもすることもねーからな」 

 そう言いながらランはにんまりと笑って詰め所の中に消えた。

「怒られてんの!」 

 部屋には端末の前のモニター越しに入ってくる誠達をタレ目で見つめるかなめがいた。

「西園寺!無駄口叩く暇があったら報告書上げろ!オメー等もな」 

 そう言うとランは小さい身体で普通の人向けの実働部隊長の椅子によじ登る。その様子をわくわくしながら見つめる誠に冷ややかなカウラの視線が注がれていた

「ああ、仕事!仕事しますよ!」 

 そう言うと誠は自分の席に飛びつき、端末を起動させた。

「おう、仕事か?ご苦労なこっちゃ」 

 紫のド派手な背広に着替えた明石がついでのようにドアから顔を出す。そして手にしたディスクをつまんで見せ付ける。

「ああ、この前の厚生局の闇研究の資料か。明石。お前さんが預かったわけだ」 

 ランはそう言うと椅子から飛び降りててくてくと明石に近づく。

「せっかくうちが解決してやったというのに本局はだんまりですか?職域侵害じゃねえの?」 

 嫌味を飛ばすかなめだが、彼女の毒舌は誠もカウラも知っていた。

「言うな西園寺。お役所にはお役所のやり方ってのがあんだ」 

 遅れる厚生局内部の綱紀粛正状況にふつふつと怒りを燃やしているように握りこぶしを作るランだがかなめに見つめられて照れたようにうつむいた。 

「クバルカ先任も苦労しとるようやね。ほいじゃあ本局に戻りまっさ!」 

 そう言ってツルツルに剃り上げられた頭を叩くと明石は出て行った。

「厚生局の一件で東都警察も本気になったか……楽出来るといいねー」 

 心のそこからの叫びのようにそんな言葉を搾り出すと、安堵した表情でランは自分の席へと戻っていった。

「そうだ、忘れてたわ」

 ランはそう言うと視線を誠達に向けた。

「技術部の連中にベルルカン風邪が流行っててな……ベルガー、西園寺、神前。歩哨を頼めるか?」

 部隊の入り口にある警備室にはいつも技術部員の誰かが詰めていた。そこに人手が足りないらしいことをランは言いたいようだった。

「アメリアにも頼んでおいたからな」 

「めんどくさいねえ……」

かなめは頭を掻きながらそう言って苦笑いを浮かべた。

「カウラ!そう言うわけだ。とりあえず……」 

 諦めたランはそう言うと腕の端末に目を向ける。

「20時まで、ゲートで歩哨任務につけ!」 

「は!20:00時までゲート管理業務に移ります!」 

 立ち上がったカウラに大きくうなづいて見せてランは颯爽と部屋から出て行った。にんまりと笑った二人はそのまま立ち上がると出口で敬礼してそのままカウラを置いて廊下に出た。

「あ!お姉さま!」 

 声をかけてきたのは第二小隊小隊長の嵯峨かえで少佐だった。そのまま走り寄ってこないのは明らかに彼女を見てかなめの表情が冷たくなったからだった。だが、実の姉であるかなめに苛められたいというマゾヒスティックな嗜好の持ち主のかえでは恍惚の表情で立ち去ろうとするかなめを見つめている。誠も出来るだけ早く立ち去りたいと言う願望にしたがってかえでの後ろの第二小隊隊員渡辺リン大尉とアン・ナン・パク軍曹を無視して、そのまま管理部のガラス窓を横切りハンガーへ降りる階段へと向かった。

「声ぐらいかけてやればいいのに」 

 追いついてきたカウラの一言にかなめはさらに不機嫌になったようにカウラにらみつけた。

「そんなことしてもつけあがるだけだ」

 かなめは冷たくそう言って歩みを速める。その表情を見てさすがのカウラも目をそらした。
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