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第2章 事の発端
修羅場
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遅い昼飯を本部のある豊川市の大通りのなじみのうどん屋で済ませた誠達はそのまま本部に着くとアメリアに引きずられて宿直室のある本部の別館へと連行された。
「どう?進んでる?」
別館の一階。本来は休憩室として自販機が置かれるスペースには机が並んでいた。机の上はきれいで、すべての作業が最近終わったことを告げていた。それ以上に部屋に入ったとたん人の出す熱で蒸れたような空気が誠達には気になった。
「ああ、早かったじゃない」
コンピュータの端末を覗きこみながらポテトチップスを口に放り込んでいる運用艦『ふさ』のブリッジクルーの一人、パーラ・ラビロフ大尉が振り向く。奥の机からはアメリアの部下の運用艦通信担当のサラ・グリファン少尉が疲れ果てたような顔で闖入してきた誠達を眺めていた。
「お土産は?何か甘いものは?」
「無いわよ。急いできたんだから」
アメリアのぶっきらぼうな一言に力尽きたようにサラのショートの赤い髪が雑誌の山に崩れ落ちる。
「そう言えばルカ……また逃げたか?」
「失礼なことを言うな!」
バン! と机を叩く音。突然サラの隣の席マスクをつけた濃紺の長い髪の女性、運用艦『ふさ』の操舵士のルカ・ヘス中尉顔を上げる。
「大丈夫かよ?」
カウラがそう言ったのは飛び上がって見せた。ルカの目が泳いでいた。
「アイツもさすがに三日徹夜……それはきついだろ……いい加減ルカ以外にもデバック作業ができる人間見つけないとやべえだろ」
かなめはそう言いながらモニターの中の衣装に色をつける作業を再開した。
「サイボーグは便利よねえ。このくらい平気なんでしょ?」
その様子を感心したようにアメリアはかなめを見つめる。隣では複雑な表情のかなめが周りを見回している。
「他の連中……どうしたんだ?」
かなめの一言に再びサラが乱れた赤い髪を整えながら起き上がる。
「ああ、他のみんなは射撃訓練場よ。今月分の射撃訓練の消化弾薬量にかなり足りなかったみたいだから」
パーラはそう言ってため息をつく。アメリアに付き合わされてゲーム作りを強制させられている彼女達に誠は同情していた。アメリアはサラの言葉に何度かうなづくと、そのまま部屋の置くの端末を使って器用に着ぐるみを縫う作業をしている技術部整備班班長、島田正人准尉のところに向かった。
「ああ、クラウゼ中佐……少佐?あれ?はあー……」
島田は精魂尽き果てて薄ら笑いを浮かべている。目の下の隈が彼がいかに酷使されてきたかと言うことを誠にも知らせてくれている。
入り口で呆然としていた誠もさすがに手を貸そうとそのままサラの隣の席に向かおうとした。
「がんばったのねえ……あと一息じゃない」
島田が作り上げた巨大なホタテ貝の着ぐるみを見ながら感心したようにアメリアは声を上げた。それにうれしそうに顔を上げるルカだが彼女にはもう声を上げる余力も残っていなかった。
「あとは……これが出来れば……」
ルカがそう言うとアメリアから見えるように目の前の端末のモニターを指差す。
「がんばれば何とかなるものね。それが終わったらルカは寝ていいわよ」
その言葉に力ない笑みを浮かべるとルカはそのまま置いていたペンタブを握りなおした。
「じゃあがんばれよ。アメリア!取り合えず報告に行くぞ」
いつの間にかアメリアの後ろに回りこんでいたかなめがアメリアの首根っこをその強靭なサイボーグの右腕でつかまえる。
「わかっているわよ……でもランちゃんは?」
「ああ、今日は非番だな。代わりにタコが来ていたぞ」
かなめはそう言うと空になったポテトチップスの袋を口に持っていく。
クバルカ・ラン中佐。彼女は現在の司法局実働部隊隊長にして副長を兼ねる部隊のナンバー2の位置にある士官だった。見た目はどう見ても目つきの悪いお子様にしか見えない彼女だが、先の遼南内戦の敗戦国遼南共和国軍のエースとして活躍した後、東和に亡命してからは東和陸軍の教導部隊で指導していた。
一方のタコと呼ばれる司法局の実働部隊担当の士官である明石清海中佐は遼州の外側を回る惑星甲武出身の学徒兵あがりの苦労人である。野球と酒をこよなく愛する大男だと誠は聞かされていた。
「タコが相手なら報告は後で良いや。とりあえず射撃レンジで……」
「おう、ワシのこと呼んだか?」
腰の拳銃に手をやったかなめの後ろに大きな影が見えて誠は振り返った。長身で通る誠よりもさらに大きなそして重量感のある坊主頭の大男が入り口で笑みを浮かべていた。
「明石中佐。なんでこんなところに?」
さすがに気まずいと言うようにかなめの声が沈みがちに響く。
「何ででも何もないやろ。アメリアにええ加減にせんかい!って突っ込み入れに来たに決まっとるやなかい」
「ああー……」
振り向きもせずにかなめが奥を指差す。左手を上げて明石に手を振るアメリアがいた。
「一応、準待機言うても仕事中なんやで。少しは体調を考えてやなあ」
「去年の秋の草野球の試合でバックネットに激突して肩の筋肉断裂って言う大怪我居ったキャッチャーがいたのは……どのチームかな?」
かなめのあてこすりにサングラス越しの視線が鋭くなるのを見て誠は二人の間に立ちはだかった。明石もかなめの挑発はいつものことなので一回咳払いをすると勤務服のネクタイを直して心を落ち着けた。
「ああ、ワレ等の室内訓練終了の報告な。顔さえ出してくれりゃええねん。取り合えずデータはアメリアが出しとるからな。それにしても嵯峨の大将相手とはいえ……まるでわややんか。ほんまになんか連携とか、うまく行く方法、考えなあかんで」
そう言って出て行く明石にカウラと誠が敬礼する。かなめはタレ目をカウラに向けて笑顔を浮かべている。
「ここで暴れるんじゃねえぞー」
かなめはそれを一瞥した後、再び端末のキーボードを叩き始めた。
「そう言えば……今日は?」
突然アメリアが思い出したように言う様を、明らかに仕上げの作業で煮詰まっているサラがうんざりしたと言う目で見つめる。
「呆けたの?今日は12月15日!誠ちゃんのところに今ルカのやってるデバック作業を今日中に仕上げないとって言いつけて出かけたのはアメリアじゃないの!」
サラはそう言うとピンクの髪を掻きあげた後、机の上のドリンク剤に手を伸ばした。アメリアはサラの最後の力を振り絞っての叫びにただあいまいな笑みを浮かべるだけだった。
「どう?進んでる?」
別館の一階。本来は休憩室として自販機が置かれるスペースには机が並んでいた。机の上はきれいで、すべての作業が最近終わったことを告げていた。それ以上に部屋に入ったとたん人の出す熱で蒸れたような空気が誠達には気になった。
「ああ、早かったじゃない」
コンピュータの端末を覗きこみながらポテトチップスを口に放り込んでいる運用艦『ふさ』のブリッジクルーの一人、パーラ・ラビロフ大尉が振り向く。奥の机からはアメリアの部下の運用艦通信担当のサラ・グリファン少尉が疲れ果てたような顔で闖入してきた誠達を眺めていた。
「お土産は?何か甘いものは?」
「無いわよ。急いできたんだから」
アメリアのぶっきらぼうな一言に力尽きたようにサラのショートの赤い髪が雑誌の山に崩れ落ちる。
「そう言えばルカ……また逃げたか?」
「失礼なことを言うな!」
バン! と机を叩く音。突然サラの隣の席マスクをつけた濃紺の長い髪の女性、運用艦『ふさ』の操舵士のルカ・ヘス中尉顔を上げる。
「大丈夫かよ?」
カウラがそう言ったのは飛び上がって見せた。ルカの目が泳いでいた。
「アイツもさすがに三日徹夜……それはきついだろ……いい加減ルカ以外にもデバック作業ができる人間見つけないとやべえだろ」
かなめはそう言いながらモニターの中の衣装に色をつける作業を再開した。
「サイボーグは便利よねえ。このくらい平気なんでしょ?」
その様子を感心したようにアメリアはかなめを見つめる。隣では複雑な表情のかなめが周りを見回している。
「他の連中……どうしたんだ?」
かなめの一言に再びサラが乱れた赤い髪を整えながら起き上がる。
「ああ、他のみんなは射撃訓練場よ。今月分の射撃訓練の消化弾薬量にかなり足りなかったみたいだから」
パーラはそう言ってため息をつく。アメリアに付き合わされてゲーム作りを強制させられている彼女達に誠は同情していた。アメリアはサラの言葉に何度かうなづくと、そのまま部屋の置くの端末を使って器用に着ぐるみを縫う作業をしている技術部整備班班長、島田正人准尉のところに向かった。
「ああ、クラウゼ中佐……少佐?あれ?はあー……」
島田は精魂尽き果てて薄ら笑いを浮かべている。目の下の隈が彼がいかに酷使されてきたかと言うことを誠にも知らせてくれている。
入り口で呆然としていた誠もさすがに手を貸そうとそのままサラの隣の席に向かおうとした。
「がんばったのねえ……あと一息じゃない」
島田が作り上げた巨大なホタテ貝の着ぐるみを見ながら感心したようにアメリアは声を上げた。それにうれしそうに顔を上げるルカだが彼女にはもう声を上げる余力も残っていなかった。
「あとは……これが出来れば……」
ルカがそう言うとアメリアから見えるように目の前の端末のモニターを指差す。
「がんばれば何とかなるものね。それが終わったらルカは寝ていいわよ」
その言葉に力ない笑みを浮かべるとルカはそのまま置いていたペンタブを握りなおした。
「じゃあがんばれよ。アメリア!取り合えず報告に行くぞ」
いつの間にかアメリアの後ろに回りこんでいたかなめがアメリアの首根っこをその強靭なサイボーグの右腕でつかまえる。
「わかっているわよ……でもランちゃんは?」
「ああ、今日は非番だな。代わりにタコが来ていたぞ」
かなめはそう言うと空になったポテトチップスの袋を口に持っていく。
クバルカ・ラン中佐。彼女は現在の司法局実働部隊隊長にして副長を兼ねる部隊のナンバー2の位置にある士官だった。見た目はどう見ても目つきの悪いお子様にしか見えない彼女だが、先の遼南内戦の敗戦国遼南共和国軍のエースとして活躍した後、東和に亡命してからは東和陸軍の教導部隊で指導していた。
一方のタコと呼ばれる司法局の実働部隊担当の士官である明石清海中佐は遼州の外側を回る惑星甲武出身の学徒兵あがりの苦労人である。野球と酒をこよなく愛する大男だと誠は聞かされていた。
「タコが相手なら報告は後で良いや。とりあえず射撃レンジで……」
「おう、ワシのこと呼んだか?」
腰の拳銃に手をやったかなめの後ろに大きな影が見えて誠は振り返った。長身で通る誠よりもさらに大きなそして重量感のある坊主頭の大男が入り口で笑みを浮かべていた。
「明石中佐。なんでこんなところに?」
さすがに気まずいと言うようにかなめの声が沈みがちに響く。
「何ででも何もないやろ。アメリアにええ加減にせんかい!って突っ込み入れに来たに決まっとるやなかい」
「ああー……」
振り向きもせずにかなめが奥を指差す。左手を上げて明石に手を振るアメリアがいた。
「一応、準待機言うても仕事中なんやで。少しは体調を考えてやなあ」
「去年の秋の草野球の試合でバックネットに激突して肩の筋肉断裂って言う大怪我居ったキャッチャーがいたのは……どのチームかな?」
かなめのあてこすりにサングラス越しの視線が鋭くなるのを見て誠は二人の間に立ちはだかった。明石もかなめの挑発はいつものことなので一回咳払いをすると勤務服のネクタイを直して心を落ち着けた。
「ああ、ワレ等の室内訓練終了の報告な。顔さえ出してくれりゃええねん。取り合えずデータはアメリアが出しとるからな。それにしても嵯峨の大将相手とはいえ……まるでわややんか。ほんまになんか連携とか、うまく行く方法、考えなあかんで」
そう言って出て行く明石にカウラと誠が敬礼する。かなめはタレ目をカウラに向けて笑顔を浮かべている。
「ここで暴れるんじゃねえぞー」
かなめはそれを一瞥した後、再び端末のキーボードを叩き始めた。
「そう言えば……今日は?」
突然アメリアが思い出したように言う様を、明らかに仕上げの作業で煮詰まっているサラがうんざりしたと言う目で見つめる。
「呆けたの?今日は12月15日!誠ちゃんのところに今ルカのやってるデバック作業を今日中に仕上げないとって言いつけて出かけたのはアメリアじゃないの!」
サラはそう言うとピンクの髪を掻きあげた後、机の上のドリンク剤に手を伸ばした。アメリアはサラの最後の力を振り絞っての叫びにただあいまいな笑みを浮かべるだけだった。
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