レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第18章 科学のしもべ

接触

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 干渉空間から飛び出した視界に明るい照明のリビングが広がっていた。誠は拳銃を構えながら周囲の確認をした。そこにはウィスキーの酒瓶をテーブルに置いている四十手前位の女性がとろんとした瞳で誠を見つめていた。

「同盟司法局です!」 

「ふーん」 

 突如現れた鏡面のような空間から現れた誠を見ても片桐女史は驚くわけでもなく、明らかに酔いつぶれる寸前のとろんとした瞳で誠を見つめる。

「あのー……安全を優先して……その……何か?」 

 大男である誠が銃を構えているというのに片桐博士は無関心を装うように空になったグラスに酒を注ぐ。

「なるほど、実験以外でこういう光景に会えるのは面白いわね。あなたも飲む?」 

 そう言うとよたよたと立ち上がる彼女を誠は銃を置いて支えた。

「大丈夫よ、そんなに飲んでないから」 

 明らかにアルコールのきつい匂いを放っている片桐女史がそこにいた。誠はその乱れた襟元に視線が向くのを無理して我慢する。

「司法局の方が動いているってことは……もう、終わりなのね」 

 そう言うと誠の分のグラスを取りに行くのを諦めて元の席に座りなおす。そして再びグラスになみなみと注がれたウィスキーを半分ほどあおった。

「そんなに飲んだら……」 

「気遣ってくれるの?若いお巡りさん」 

 片桐女史の顔に妖艶な表情が浮かぶ。だが、誠はようやくここに来た意味を思い出して銃を手にとって構えた。

「このマンションに法術犯罪者が侵入しました。安全の確保に努めますのでご協力を……」 

 そこまで言ったところで隣の部屋で銃声が響いた。誠は思わず彼に身を寄せる片桐女史をしっかりと抱きしめるような形になった。

「本物の法術師が見れるのね。自然覚醒した個体に何が出来るのか……」 

 片桐女史のうっすらと浮かぶ笑みに誠は目を奪われていたが、すぐにドアの近くに銀色の干渉空間が浮かぶのを見て立ちはだかるようにして銃を向けた。しかし、それはすぐに消えた。そして今度は後ろから強烈な気配を感じて振り返る。そこには隣のベランダから飛び移ってきていたかなめの姿があった。

「馬鹿!後ろだ!」 

 かなめの叫び声、そのままかなめは銃のグリップでベランダに向かう窓を叩き割って銃を構える。その先を振り返った誠の目に飛び込んだのは小型リボルバーを手にした北川の姿だった。

「コイツは驚きだ!かの有名な神前誠曹長がいらっしゃるとは!」 

 再びかなめの銃が火を噴く。しかしその弾丸はすべて北川の展開した干渉空間に飲み込まれて消えた。北川はその間にキッチンの後ろに姿を隠す。同時にドアが開き、銃を構えたカウラが誠とカウラに視線を送っていた。

 不意にすすり泣くような声が聞こえるのを誠は聞いた。それは片桐女史の笑い声だと理解するまで誠は呆然と彼女をかばうように身を寄せて立ち尽くしていた。

 カウラが手を上げて北川の隠れたキッチンの前にかなめを進めようとするが、それを見ていた誠の腕を片桐女史は振り払って立ち上がる。

「危ない!」 

 誠が展開した干渉空間ではじくような音が響いた。軽く手だけを出して撃たれた北川のリボルバーの弾丸が鳴らした音だと気づいたかなめが突入するが、すでにそこには誰もいなかった。

「ったく……」 

 舌打ちをしながらかなめが腰のホルスターに銃を仕舞う。そしてそのままかなめは土足で片桐女史に歩み寄った。

「なに?」 

 そう言った博士をあらん限りの敵意をこめたかなめのタレ目がにらみつける。いつ手が出るか分からないと踏んだカウラも銃を収めて片桐女史を見据える。

「遼州同盟司法局です。お話、聞けませんかね」 

 ドアを開けて入ってきたカウラの静かな一言に再び落ち着きを取り戻した片桐女史が元の椅子に腰を下ろした。誠は手にした拳銃のマガジンを抜くとルガーピストルの特徴とも言えるトルグを引いて装弾された弾丸を抜いて腰を下ろす。

「あなた、ゲルパルトの人造人間『ラスト・バタリオン』ね」 

 エメラルドグリーンの光を放つカウラの髪に片桐女史は少しやつれた笑顔を向ける。その質問を無視してその正面にカウラ、隣にかなめが座り、誠は博士の横に座る形になった。

「聞きてえことは一つだ。この前の同盟本部ビルを襲撃した法術師の製造にあんたが関わったのかどうか……」 

 明らかに嫌悪感に染まったかなめの言葉、その言葉を聞きながら片桐女史はテーブルの上に置かれたタバコの箱からミントの香るタバコを取り出した。

「法術特捜の捜査権限で事情聴取と考えて言い訳ね、これからのお話は」 

 冷たい笑顔で三人を見回した後、片桐女史はタバコに火をつける。その姿を見たかなめがどこか落ち着かない様子で腰のポケットのあたりに手をやる。

「良いんですのよ、あなたもタバコを吸われるんでしょ?匂いで分かるわ」 

 明らかにいらだっているかなめにそう言うと片桐女史は煙を天井に向けて吐いた。

「法術特捜の動きまで分かっているということは、先ほどの質問内容について知っていると判断してもよろしいんですね」 

 念を入れるようにカウラがつぶやいた。タバコをくわえながら片桐博士は微笑む。

「たとえば百メートルを8秒台前半で走れる素質の子供がいて……」 

 その言葉がごまかしの色を含んでいると思ったかなめが立ち上がろうとするのをカウラが押さえた。かなめはやけになったようにポケットからタバコの箱を取り出す。

「その才能を見抜いてトレーニングを施す。これは悪い事かしら?」 

 言葉を切って自分を見つめてくる片桐女史の態度にいらだっているように無造作にタバコを引っ張り出したかなめが素早くライターに火をともす。片桐女史は目の前の灰皿をテーブルの中央に押し出し、再びカウラの方に目を向けた。

「その能力が他者の脅威になるかどうか。本人の意思に沿ったものなのか。その線引きも無しに才能うんぬんの話をするのは不適切だと思いますが?」 

 カウラの言葉に満足げな笑みを浮かべた片桐女史はタバコをくわえて満足げに煙を吸っていた。

「本人の意思ね。でもどれだけの人が自分の意思だけで生きられるの?時代、環境。いろいろと自分の意思ではどうにもならないものもあるじゃない」 

 あてつけの笑み。そして片桐女史は再びウィスキーのグラスに手を伸ばす。誠は黙って上官の二人を見た。

詭弁きべんだな」

 かなめはタバコをくゆらせながらそうつぶやいていた。カウラもまたきつい表情で一人のんびりとペースを守って酒を口に運ぶ片桐女史をにらみつけた。

「詭弁?でも能力を開花させた暁には栄光が待っているのよ?東和租界のゲットーで朽ち果てるより……」

「あの化け物が能力開花か?笑わせるね」

 かなめはそう言うとテーブルを思い切り叩いた。響いた音に反応するわけでもなく、片桐女史は微笑みながらかなめを見つめていた。

「ともかく所轄が来ます。証言はしていただけますね」

 そう言ってカウラはかなめに手をやると彼女を片桐女史から引き離した。

「あなた達が聞いてくれるわけではないのね……」

 片桐女史は少しばかり残念だというようにうつむくとグラスの中のウィスキーを一息で飲み干した。誠はその様を見ながら遠くでパトカーのサイレンが響くのを聞いていた。
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