レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,288 / 1,503
第17章 科学と進歩

映像

しおりを挟む
 退職願を提出し終えた誠達に嵯峨は一枚のデータディスクを手渡した。

「こいつは餞別……枝、つけるんじゃねえぞ……俺なりのヒントって奴」 

 その言葉を聞くと敬礼して見せたランに付き合って誠達は敬礼をした。その表情は厳しいものだった。誰もしゃべらずにそれぞれの車で寮に戻った。

 真剣な表情で図書館に向かう。非番の隊員が二人でゲームをやっていたがそのランの厳しい表情にすぐに頭を下げてゲームの電源を落とすとそそくさと出て行った。

 アメリアのゲーム機コレクションに本体を出したもののまるでソフトが出ずに終わったゲーム機。当然コレクションのためだけにアメリアが買ったというわけで通信設定はされておらず、しかもデータのスロットはぴったりのものだった。

「隊長もよくこんなの知ってたわねえ」 

 設定をしている島田を見ながら誠達は映像が映し出されるであろう大型モニターに目をやっていた。

「コーラ持ってきたんすけど……」 

 ラーナが気を利かせてサラと一緒にコップを配る。

「こういう時は紅茶の方が良いんですけどねえ」 

「贅沢言うなら飲むなよ」 

 茜とかなめが笑いあう。アメリアはいつものようにBL同人誌を堂々と読んでいて隣ではらはらしているカウラを挑発していた。

「はい!電源」 

 島田の一声でモニターの正面に正座していたランが伸び上がる。

 画面が灰色に染まった。それが暗い実験室のようなものと分かるのに十秒位の時間がかかった。

「隠し撮りだな……通信はつながってるな」 

 かなめの言葉にさらに緊張が走る。音声は無い。画面は人間の腰あたりの高さ。暗いのはカメラの性能のせいであるらしく、手術台や実験器具が鈍く光り輝いているところから見て暗い場所ではないことはわかった。

「これじゃあ場所の特定はできないんじゃないですか?」 

「馬鹿だな。特定できる証拠を掴んでいたらとうに遼南レンジャーが突入しているはずだろ?ライラさんには叔父貴も一目置いてるからな。このデータも持っていると考えるのが妥当だろう」 

 そう言うとタバコに手を伸ばそうとするかなめだが、その手をランが叩いた。

 急に画面が変わったカメラの前にドアが映り、さらに廊下が見える。人影は無く静まり返る廊下をカメラの視線はただ映しつづける。

「結構な規模の施設だな」 

 黙り込んでいたカウラが言葉を呑んだ。沈黙が支配する画像の中でどこまでも続いていくように暗く染められた廊下が続いている。ところどころに銀色のカートのようなもの、そして白衣の人影がその周りに動いているのが分かる。

「隊長は言いたかったのは……」 

「そう言うことなのね」 

「なるほど……見方を変えろってことか」 

 ラン、茜、アメリアが納得したような表情を浮かべたことに誠は驚いてその顔を見比べた。

「なんだよ!何が分かったんだ?」 

 かなめが不満そうに叫ぶ。茜とランが大きなため息をついてかわいそうな人を見るような視線でかなめを見つめる。

「本当に分からねーのか?」 

 ランはそう言ってかなめを見つめている。その間もカメラの映像は長く続く廊下を歩き続けている。

「分からねえから聞いてるんだよ!」 

 思わずかなめは怒鳴っていた。だが、映像がただひたすら長い廊下を歩き続けているのを見てかなめも誠もある事実に気がついた。

「これだけ長い廊下があって生体研究をしても不審がられない施設。かなりの規模の大病院かどこかの大学病院……ですね」 

「そーだな」 

 誠の言葉にランがうなづく。ようやく話が飲み込めたというようにかなめもうなづいた。

「アタシ等が追ってた……今では同盟軍や東都警察が血眼になって捜しているのはその末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。これまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったが、どれもものにならずに摘発されて即終了ってのがこれまでのパターンだが、今回の首謀者は明らかに成果を出しているからな。昨日の東都での法術師稼働実験みたいに大っぴらに成果を誇示して見せたくらいだ。この実験を続けている人間がそれなりに優秀だってーことだろうな」 

 ランの言葉に再び画面に目をやる。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。

「じゃあこれで……」 

「待てよ」 

 立ち上がろうとする誠の肩を叩くのはかなめだった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせる。

「仕切っている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば地雷を踏むぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。空振りだったらすぐに逃げられるな」 

「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」 

 カウラはそう言うと茜とランを見た。ランは腕組みして画面を凝視する。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。

「頭の固い東都警察は別としてリョウ中佐の山岳レンジャー。あそこの情報収集能力は舐めてかかると痛い目見るぞ」 

 そう言うとかなめは黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいる。

「いくら精強とは言っても全員が情報収集能力に優れているわけじゃねーよ。当然ライラの信頼している連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。研究者でも臨床研究をやってる研究者には張り付いてるだろうな。だが基礎理論を発表している立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ」 

 ランはそう言いながらかなめの吐き出す煙を手で払いのける。

「クバルカ中佐の仰るとおり、ライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡ばかりが上がってきてますわ。病院とか研究室めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……」 

「急がねえと感づかれて高飛びされるんじゃねえか?」 

 かなめは手にした吸殻を携帯灰皿に押し込む。島田とサラはその言葉に大きくうなづいて見せた。

「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の突入で分かったはずだ」 

 そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。

「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますわ。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」 

 次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。

「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の当たりをつけろと言うことか。ひよこに声がかけれればいいんだけど……」 

 司法局実働部隊の正看護師で法術研究担当者でもある神前ひよこ軍曹を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。

「ひよこさんにお話を聞きましょう」 

 そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。

「マッドサイエンティストとご対面か……」

「なに嬉しそうにしてるんだ?」

 一人薄ら笑いを浮かべるかなめをカウラはいつものように感情を殺した目で見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...