レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,282 / 1,503
第12章 破滅

事の終わり

しおりを挟む
 こう言う土地の民衆は勘が鋭いと誠もすぐに気付いた。志村三郎の遺体を載せた駐留軍の車両が出ていくとここまで誠達が車を飛ばして急行する際に見なかった通行人が行き交う普通の街が広がっていた。そんな中、かなめは両手で顔をこすり、流れる涙を拭ってみせる。誠達は黙って彼女を見守っていた。

「なんだよ……」 

 反発しようとしてもまるでいつもの迫力は無い。誠達の視線に気づいたかなめは立ち上がるとジャンバーのポケットからタバコを取り出す。

「タバコ吸ってくるわ」 

「ああ、見れば分かるな」 

「突っかかるじゃねえか?カウラの」 

 かなめがカウラに詰め寄ろうとしたところでランが思い切りガードレールを叩く。

「冷静になれよ、西園寺」 

 幼い外見のランがどすの聞いた声でかなめを見上げる。かなめは頭をかきながら事務所のドアの向こうに消えていった。

「ベルガー。どう見る?」 

 冷静な判断が出来ない状態のかなめが消えたところでランが静かにカウラの顔を見上げた。

「確かに替えの効く人身売買組織の幹部を殺害したところで大局には影響が無いと思うのですが……そもそもそれならこうして殺してみせる意味が無いですね」 

「そーだ、もし研究施設が一つの意思で動いているならばコイツが死んでみせる意味がねー」 

 そう言ってランは白い手袋をポケットから取り出してはめる。そしてそのまま志村が守ろうとした携帯端末を掴んでその画面を眺める。

「それどころか……コイツがアタシ等の手に落ちると言うのは……。相手さんも一枚岩じゃないみてーだな。こいつがあればこれまでの任意の事情聴取以外の方法も取れるかも知れねーな」 

 最新式の携帯端末。それを手にランは流れていく人々を見つめている。

「むう」 

 ランは携帯をカウラの車のボンネットに置くと刀を突き刺す動作をしてみせる。

「ありゃー日本刀だな。でも袈裟懸けにせずに突き殺すと言う戦法か。天井が低いから仕方が無いんだろうけどな。殺しの場ですぐにそんなことを考えるとは……手練れだな」 

 そう言ってランはビルを見上げた。確かに先ほどまでいたあのこぎれいなだけの部屋は誠の180センチを超える身長で日本刀を振り回すのは少し遠慮される程度の高さの天井だった。

「それと空中に消えた男ですが……」 

「神前と同じくらいのでけー体格だったな。そしてこの死体の刺し傷が三つ。どれも致命傷。刃物での殺しに慣れた奴の犯行だな。甲武浪人でしかも法術師。容疑者の特定には十分すぎる証拠だけど……まあ逮捕までは行きそうに無いな。甲武浪人で名の知れた殺しをする連中はほとんどが潜伏中だ。隊長のコネクションを当たって特定しても今どこにいるやら……」 

 淡々とそう言うとランはもたれていた立ち上がった。伸びをする彼女の前にパトロールランプをつけた同盟軍の車車列が猛スピードで現れて通行人を蹴散らして道路を封鎖する。後部のハッチが開くと遼南軍の制服を着た兵士達が勢い良く吐き出された。

 その有様を呆然と見つめていた誠達の前に大尉の階級章の髭の男が向かってくる。

「ご苦労様です!後は我々が引き継ぎます!」 

 最後尾のバスから鑑識の白手袋の集団が流れ出てくる。医療班の白衣の集団がライフルを抱えて建物に向かう分隊の後ろについて走っていくのも見える。

「これの解析。頼むぞ」 

 指揮官の手に志村の携帯端末を持たせると、銃をしまったランはそのまま道路に封鎖の為のテープを張る兵士達をのんびりした調子で眺めている。誠達も同盟軍に続いてパトロールカーで到着した東都警察の警官の視線を冷たく感じながらランの追う視線を見つめていた。

「良いんですか?駐留軍の、特に遼帝国軍ですよ。せっかく手に入れった手掛かりが」 

 カウラはそう言って涼しい顔のランを見つめた。捜査官達がビルに吸い込まれていくのを見送って、ランは静かにかなめの新車の方に足を向けた。カウラはそのまま腰を折ってランの視線に合わせてにらみつける。

「あのなー。そんな格好されるとアタシは惨めな気持ちになるんだよ」 

 見下ろされて子ども扱いされているような気分になったのか、そう言うとランはカウラを無視して車に向かう。そこでは外に向かって煙を吹いているかなめの姿があった。

「引継ぎは?」 

「必要ねーよ。アタシ等ははじめから部外者なんだ。専門家の司法警察官のお仕事の邪魔したらまずいだろ?それに租界での事件の指揮権は同盟軍のお仕事だ……っていつまで呆けてるんだ?」 

 鋭い目つきでじっと捜査官を眺めていたかなめの背中をランは叩く。誠は無表情で自分の車の運転席に向かうカウラを眺めていた。そしてランは不承不承車に向かうかなめを見て思い返すことがあるとでも言うように振り替える。

「それにだ。今の段階ではなんとも動きのとりようが……。アタシ等が追っているのは何者なのか?同盟組織内のはねっかえりか、なつかしの遼州民族主義の連中か。ともかくあの端末の中身を見てからってことかねえ」 

 ランはそれだけぽつりとつぶやく。だがかなめはタバコを携帯灰皿に押し込むと何かを決めたようにランの前に立った。

「ああ、西園寺。オメーの言いたい事はわかるぜ。ふざけた人体実験をしている連中に飼われている司法官がいるかも知れねーって話だろ?安心しろ。東和の警察官達は世界でも希な賄賂を取らない清廉潔白が売りなんだ。甲武の貴族の飼い犬や遼南の賄賂官吏とは違うからな。それにそいつ等と共同捜査ってことになれば同盟軍も袖の下なんぞに目を向けている余裕もねーだろうしな」 

 そう言ってそのままランは立ち尽くすかなめの脇をすり抜ける。

「んなこと……」 

「分かってるなら何も言うな。と言うかオメーはしばらく頭を冷やせ」 

 幼く見えるランだが言葉の棘は要の心に深く突き刺さった。カウラ、そして誠は黙って立っているかなめに目を向ける。自分が十分うろたえていることを自覚したのか、かなめはそのまま黙ってランの後に続いた。

 租界には珍しく東都警察の車両がひしめいていた。白い塗装の同盟機構の装甲車両を見慣れている租界の住人が遠巻きに黄色と黒の立ち入り禁止のテープの周りに群がっている。

「リョウ・ライラ中佐か?駐留軍ににらみを利かせて東都警察が動けるようにしたのは」 

 忙しそうに走り回る捜査官達を遠めに見ながらカウラはそう言うと目の前の自分のハコスカの鍵を開けて見せる。

「だろうな。さっき通達が来たんだけど東都租界の治安責任者が更迭されるそうだ。まー遅すぎたというところなんだろうけどな」 

 ランはそう言って誠達の車の後ろに停められた銀色のかなめの新車のスポーツカーの助手席に乗り込んだ。

「ここもかなり変わることになりそうですね」 

 それを見て誠も腑に落ちないながらも仕方なくカウラの車の助手席に乗り込んだ。隣のカウラは静かにシートベルトをしてエンジンをかける。エタノールエンジンの始動音に包まれる。

「端末の記録か……」 

 そう言ってカウラは車を中心街への道へと進めた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...