レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,280 / 1,503
第12章 破滅

人買いの最期

しおりを挟む
 志村三郎は複雑な表情で事務所の椅子に座り込み携帯端末に耳を当てていた。締め付けられた喉もとの感覚が気になって自分でも悪趣味だと思っている真っ赤なネクタイに手をやる。緩めてみるが事務所の自分の机を叩き続ける貧乏ゆすりのかかとの音は止まることが無い。電話の相手の同盟厚生局保健室の職員と名乗っていた男に高飛びを勧められたことが志村の心を揺り動かしていた。

「あんた達だろうが!臓器売買?冗談じゃない!あんな化け物を作っているなんて話は聞いてないぞ!そんな甘っちょろい話どころか同盟司法局だけじゃなくて駐留軍まで動いてるんだ!」 

 そう怒鳴りつけると端末の電源を落として事務所の中を見回す。すでに彼の不機嫌を知った商社を名乗るこの小さな事務所の中の舎弟達は出て行った後だった。そして自分の立派に過ぎると思っている執務机の画像には一人の少女の姿が映っていた。

 それは西園寺かなめから送られてきたメールに張り付いていた動画の一場面だった。事務所から帰る道すがら、そして帰ってきてからも志村は何度と無くそれに目を通した。確かに彼はその少女を同盟機構の役人にひそかに譲り渡していたのは事実だった。

『別に東都だけが金を稼げるところじゃないでしょ?何なら高飛びの手配でも……』 

 役人が自らそこまで言ったところで志村は通信を切った。

「なんだってんだ!」 

 そう叫んでキーボードを叩いてみるが苛立ちは収まらない。昔、『東都戦争』と呼ばれた東都のシンジケート同士の潰しあいのさなか。西園寺かなめは娼婦の仮面で彼に近づきベルルカン系シンジケートの幹部の動静を探っていた。彼女が甲武の四大公家の嫡子であることを知ったときは満面の笑みで自慢して歩いたものだが、今回の驚きはそれの逆を行く話だった。

 元々遼南からの難民を東都の各地の臓器売買を行っている組織に売り渡す仕事のための事務所。とてもまともとは言えないが、需要があるからと言うことで自分をだましながら続けてきた商売。だが今回はその相手が兵器としての法術師を開発している連中となれば話は違った。志村は試しに自分の端末に再び電源を入れてみた。多数の着信が届いていた。多くが目の前の画像に映っている少女の消息を探っている官憲の犬達のいることを知らせるタレコミだった。

 好意的なものから、古くから付き合いのある臓器ディーラーからは怒りに震えるような文言での脅迫文じみたメールが届いている。

「ったく……どうなってんだよ!」 

 誰もいない事務所で叫んでみても何も変わらないことは分かっていた。法術関係の研究素体向けと思われる取引は彼の知るだけでもこの少女を含めて十三件あった。志村以外のルートでも集めているだろうからそれなりの大きな組織が相手だということは推測できる。 

 突然ドアをノックする音に気づいて志村は机の引き出しから拳銃を取り出した。

「開いてるぞ!」 

 怒鳴った志村の視線の先には死んだような目をしたコートの男が一人立っていた。良く見ればその男の腰には日本刀が下がっている。無法地帯といわれる東都租界でもそんな姿で外を歩けばすぐに身柄を確保されるだろうと呆れながら志村は背広の下に拳銃を隠したまま安全装置を解除した。

「お前が志村三郎か?」 

 死んだ目の男の目に一瞬だけ生気が戻る。だが、すぐによどんだ瞳が軽蔑しているように志村を射抜いた。

「何者だ?あんたは」 

 目の前の男が相当殺し合いの場数を踏んだ人間だということはこの租界で人の目をしのばなければならない仕事をしている人間にならすぐに分かることだった。

「お前は知る必要は無い」 

 そう言うと男はそのまま背を向けて戸棚においてある洋酒に手を伸ばす。ここでこの男の後頭部を銃で撃てばこの男がこれから話すであろう後戻りできない商談から逃れられる。そう思う一方で、もはやこの男だけが自分を救うのではないかとの迷いも浮かぶ。

「いい酒がそろっているな。俺はどちらかと言うと焼酎派なんだけどな」 

 男はそう言いながら手に最高級のウィスキーの瓶と二つのグラスを持って応接用のテーブルに腰掛けた。それを見て志村は先ほど気の迷いで西園寺かなめに連絡を取ったことを思い出して少しばかり自嘲的な笑みを浮かべながら死神のような男の所へと歩み寄っていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...