レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,272 / 1,503
第9章 謹慎

第一期『特殊な部隊』

しおりを挟む
 すぐにカウラは路地から国道に車を進めた。地球外惑星を代表する企業である菱川重工業の企業城下町らしく次々とトレーラーが通る国道を、車高の低いカウラのスポーツカーが走る。

「でもあれよね。乗り心地はパーラの前の車の方が良いわね」 

「だったら、今降りても良いんだぞ」 

 余計なことを言うアメリアとそれに突っ込むかなめを振り返りながら、誠は次々と三車線の道をジグザグに大型車を追い抜いて進む車の正面を見てはらはらしていた。カウラはそれほどはスピードは出さないが、大型車が多く車間距離を開けている時はやたらと前の車を抜きたがる運転をする。そして駅へ向かう道を左折してがくんとスピードが落ちる。周りは古い繁華街。見慣れた豊川の町が広がる。

「あそこのパチンコ屋は駐車場があったんだが……うどん屋にはあるのか?」 

「パチンコ屋の立体駐車場は取り壊し中だ。いつものコインパーキングが良いだろ」 

 かなめのアドバイスにうなづいたカウラは見慣れた小道に車を進めた。そして古びたアパートの隣にあるコイン駐車場に車を止めた。

「じゃあ行くぞ!」 

 かなめの笑顔を見ながら誠は商店街のアーケードに飛び込んだ。平日の日中と言うことで客の数は思ったよりも少なかった。

「はやってるんですかね」 

 誠の言葉に答える代わりにアメリアは指をさした。

 そこにはすでに到着していた島田にサラ、茜とラン、ラーナの姿があった。

「おう、アメリア。丁度いいときに来たな」 

「ご馳走様であります!中佐殿!」 

 そう言うとアメリアは素早く暖簾をくぐって店に消える。誠は『讃岐うどん』と書かれたのぼりを見ながら店の中に入った。

「いらっしゃい」 

 店に入ると出汁の香りが広がる。そこで恰幅の良い大将が振り向きもせずにそうつぶやいた。

「客が居ねえな……その方が都合がいいや」 

 ランはそうつぶやいた。その言葉を聞いて巨漢の大将が振り向いてため息をついた。まるで親子のようでほほえましいと思いながら誠はそのまま奥のどんぶりに向かった。

「それじゃあ私から!」 

 いつの間にか脇をすり抜けてきたアメリアが飛び出してカウンターに手をかける。

「おたくの艦長さんかい……でかいね」 

「なんでそんなこと知ってるの……でかくて悪かったわね……ぶっかけうどんの大で」 

 そう言いながらアメリアは揚げ物をしている女性従業員に声をかけた。

「揚がっているのはかき揚げしかないけど……」

「こいつ等は客じゃねえよ……かなめ坊……何だねその目は」

 大将はそう言うとまだ入り口で外を気にしているかなめに声をかけた。

「まるで重要拠点だな。狙撃手は308ウィンマグか?」

「308ウィンマグ?なんですそれ」

 誠はそう言ってかなめに目をやる。大将はその言葉を聞くとにやりと笑った。

「ここの入り口の狙撃だったら距離はいらねえんだ。5.56ミリで十分だ」

「へー……」

 誠は大将の『5.56ミリ』と言う言葉でそれが銃弾をさしていることが分かった。誠の使っているHK53の使用弾も口径は5.56ミリだと記憶していた。

「狙撃手付きうどん屋?」

 カウラはそう言って店内を見渡した。店内には誠達の他に客は無かった。 

「ここの大将は第一期『特殊な部隊』の副隊長……つまりアタシ等の先輩って訳だ」

 ランはそう言って誠を見上げてきた。

「第一期『特殊な部隊』……」

 反芻するように誠はそうつぶやいていた。そしてランがただうどんをおごるためだけでここに誠達を連れてきたわけでは無いことに気が付いた。

「そうだ……うちの隊長が初めて率いた部隊……その時の副隊長がここの大将ってわけだ……」

 ランはそう言って背を向けたままの恰幅の良い店の大将を見つめた。

「そうだ……レイチェル、そう言うわけだからこいつ等客じゃねえ……」

「そうなの……」

 白い割烹着に三角巾を頭に巻いた金髪の美女が揚げたイカゲソ揚げをトレーに並べている。

「この人も?」

 島田はそう言ってレイチェルと呼ばれた女性を指さした。
 
「こいつはうちの家内……隊長のことは知ってる……身内だ」

 そう言って大将はようやく誠達に顔を向けた。

 蛇のような鋭い視線とそれに似つかわしくないユーモラスな顔に思わず誠は吹き出しそうになる。

「そこの一番デカいのが神前か……聞いてたよりましな面構えじゃねえか……アサルト・モジュールの操縦下手なんだってな」

 ぶっきらぼうに話題を切り出した大将の言葉に誠は照れながら頭を掻いた。

「隊長は……確か甲武軍治安機関の出身ということは……」

 カウラのつぶやきに大将の目から輝きが消える。

「そうだよ。俺達は遼南で『ゲシュタポ』の真似事をしてたんだ……当時はな。今はカタギでやってるのもいればいまだに戦場で傭兵稼業に励んでいる奴もいる……色々あるもんだ」

 大将はそう言うとにやりと笑った。

「昔話はそれくらいにしてだ。志村三郎の実家のうどん屋をご存じなんですか?」

 レイチェルから受け取ったかけうどんをトレーに乗せた誠は意を決して無表情な店の親父に声を掛けた。

「あそこの親父は俺の兄弟子だ……遼南の名店で修業した口だ」

 親父が言ったのはそれだけだった。かなめとランはわかりきっているというように黙ったままうどんをすすっている。

「なんでそんなこと知ってるんですか?あそこって租界の中じゃないですか?」

 島田はそう言った。誠は島田の表情を不自然に感じていた。

 甲武国陸軍の工作員として活動していた経験のあるかなめや、遼南内線で共和政府軍のトップエースとして鳴らしたランという二人の百戦錬磨の戦士に警戒感を抱かせる程に危ない男。この店の親父がまともな経歴の持ち主でないことは誠にもわかる。

「だからどうした」

 親父は黙ってそう言った。島田の顔にあざけりの笑みが浮かぶ。

「あそこは一般人は立ち入り禁止っすよ。危ないですから。俺達みたいな司法執行機関員でもない限り出入りは難しい。アンタみたいなパンピーが行くところじゃないですよ」

 そう言って島田は親父をにらみつける。親父は口を真一文字に結んだまま島田の言葉を黙って聞いていた。

「正人……挑発するのやめなさいよ」

 それまでうどんに夢中だったサラが止めに入った。それでも島田は不敵な笑みを浮かべて親父をにらみつける。

「茶髪のあんちゃん。喧嘩慣れしてるな。腕っぷしに自信がある。そんな餓鬼の面だ」

 そう言うと親父はにらみ合いに飽きたとでもいうように島田に背を向けて壁に並んだ湯切りざるの整理を始めた。

「ふん!」

 勝ちを確信した島田がどんぶりに視線を落とした。

「茶髪の兄ちゃん」

 ドスの聞いた女性の声が店中に響く。誠はそれがこれまで客向けの笑みを浮かべたレイチェルから発せられたことに気づいた。さすがの島田も彼女の突然の変化に驚いたように顔を上げる。

「あんた。半グレ上がりだね……せっかく今はこうして更生して司法局実働部隊なんて言う堅気の仕事についているんだ。自重しなよ……それと隣の嬢ちゃん……」

 レイチェルの目。先程まで誠達を客として見つめていた目には人間性のかけらも見えなかった。

「はっはい……」

 サラがおずおずと赤い髪に隠れそうな顔を上げた。

「あんたも自分の男が間違いを犯したら止めてやりなよ。特にこの兄ちゃんの目。狂犬だ。まあ、心根まで狂犬ならとっくの昔に人の道から外れていたんだろうけど……。兄ちゃん」

「なんすか?レイチェルさん」

 島田は今度はレイチェルを挑発的視線でにらみつける。

 レイチェルも一歩も引く気はないと言うようににらみ返す。

「いい年なんだろ?喧嘩自慢は結構だが……相手を選びな。アンタ、そのままだと近いうちにその娘を泣かすよ。まあアタシの言葉の意味はアンタがくたばってその娘が悲しむってことだけど」

『この人、かなめさんと同類……いや、もっと上だ。人の死んでいく様をかなめさん以上に見てきた目』

 誠はレイチェルの青い瞳を見てそう思った。

「島田の。レイチェルさんの言うとおりだぞ。オメーは自分より弱い奴には手を上げないが、強い奴にはまるで土佐犬みたいに無境にかみつく。悪い癖だぜ」

 うどんの汁を啜りこむのを一旦止めて、ランは顔を上げてそう言った。

「ランの姉御。ひどいですよ。俺が犬っころみたいじゃないですか」

 島田は笑いながらランを見つめた。

 ランの表情に笑顔は無かった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

処理中です...