レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第4章 情報交換

ブリーフィングと

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 寮の廊下。ピコピコハンマーが転がっているのを見つけたかなめは、それを手に食堂に先行する。そして茜と談笑していたアメリアの背後に回りこむと力任せにその頭にピコピコハンマーを振り下ろした。

「痛い!」 

 その馬鹿力でピコピコハンマーが首からねじ切れて床に落ちる。茜とラーナが白い目でかなめを見ていた。島田とサラは隣のテーブルで仲良くしゃべっていたがその様子に驚いたようにかなめを見た。

「悪り、ゴキブリかと思った」 

 頭を押さえるアメリアに無表情にそう言うとかなめはカウンターに向かっていく。

「何すんのよ!ったく……痛いよー誠ちゃん!」 

 そう言ってアメリアはあまりの突然の出来事に呆然としていた誠にすがりつく。その頭にカウラがチョップを振り下ろす。

「何よ!カウラちゃんまで!」 

 アメリアの叫びを無視してランが通り過ぎていく。

「クバルカ中佐も!みんなで無視して!」 

「無視しているわけじゃないんですけど」 

 叫ぶアメリアに仕方なく誠がそう言って彼女の頭を撫でる。話を中座させられた茜とラーナが苦笑いを浮かべている。

「何かあったみたいですね」 

 島田がカウンターで大盛りの白米だけを盛ってかき込み始めたかなめに声をかけるが、かなめは無視してそのままテーブルの中央に置かれていた福神漬けをどんぶりに盛った。

「あったみたいね」 

 隣でカレーを食べていたサラもそのかなめの奇行を眺めているだけだった。

「で、そちらの首尾はどうなんだ?」 

 カレーを盛ってきたランがそう言って茜の正面に座る。明らかにご飯の量が異常に多いのはランが辛いものが苦手だということも誠は知ることが出来ていた。

「正直芳しくはないですわね。管轄の警察署や湾岸警察、海上警備隊の本部にも顔を出して情報の共有を計る線では一致したんですけど……」 

「租界に絡むことは同盟機構軍の領域だから駐屯軍に聞いてくれって煙にまかれたわけだ」 

 どんぶりを置いたかなめの一言。茜は力なくうなづいた。

「でも嵯峨捜査官もがんばったんすよ!警察とかの資料の閲覧の許可も取ったし、専任捜査官を指定してもらえるつうことで……」 

「ラーナ。オメエ、アマちゃんだな。口約束なんていくらでもできるぜ」 

 かなめはそう言いながらどんぶりにやかんから番茶を注ぐ。その行動に明らかに違和感を感じたサラと島田は身を小さくしていつでも逃げられるような体勢をとった。

「でも!」 

「そうですわね。資料の閲覧許可は向こうに断る理由が無かっただけですし、専任捜査官の選定権限はあちらにあるんですもの。その選定がいつ行われるか、どのような人材が選ばれるかは私達ではどうすることも出来ませんわ。結局は私達だけでなんとかしないといけない状況は変わりませんわね」 

 湯飲みを傾け少し口を湿らすと茜はそう敗北を認めた。カレーを盛ってくれたカウラから受け取り誠は静かにさらにスプーンを向ける。

「それでクバルカ中佐の方はいかがなのかしら」 

 茜の言葉にランは辛さに耐えるというように顔をしかめながら、サラから受けとった水で舌をゆすいでいた。

「ああ、アタシの方か?」 

 そう言うとランの視線は自然とどんぶりを手にしているかなめの方を向いた。茜は何かを悟ったとでも言うようにそのまま自分の湯飲みを握り締める。

「民間人の協力者を一人見つけたな。そんだけ……警備部隊に餌を撒いたが食いつく様子は今のところねえな」 

 吐き捨てるようにそれだけ言ったかなめは、立ち上がって自分の湯飲みがあるカウンターの隣の戸棚に向かって遠ざかった。

「駐留軍。感心するくらい腐ってたな。あれじゃー情報も金次第ってところだが……予算はねーんだろ?」 

 ランの言葉に茜は苦笑いを浮かべる。戸棚から自分の湯飲みを持ってきたかなめがやかんを手にすると冷えた番茶をそれに注いだ。自分の湯飲みだけを持ってきて番茶を勢い良く注ぐかなめ。そんなときの彼女は不機嫌だと言うことはこの場の全員が知っていたので食堂は重い雰囲気に包まれる。

「研究の目的がはっきりしているんだから組織としてはそれなりの体をなしていると考えると、誰も知らないなんていうのが不自然ですよね。どこかに糸口があるはずじゃないですか」 

 そう言ったのはアメリアだった。誠はそれまでかなめに遠慮して隣の席から頬などを突いてくる彼女を無視していたがその言葉にはうなづくことが出来た。

「そうですわね。今回あの租界で拉致された人物が大量に居るという事実。そして監禁してそれで終わりってわけじゃないのですから。法術関係に詳しい研究者。法術暴走の際に対応する法術師。そしてその実験材料に使われる人材の確保をする被害者。それがあの近辺に潜伏しているとなればどこかで話が漏れていると考える方が自然ですわね」 

 茜はすぐにかなめを見つめた。手に湯飲みを持ったまま、かなめは呆然と天井を見つめている。だが、彼女も茜の言葉を聞いていたようで一口湯飲みに口をつけるとそれをテーブルに置いて話し始めた。

「携帯端末、持ってんだろ?それを出してみろ」 

 かなめの言葉に茜の隣のラーナが素早くかばんから比較的モニターの大きな端末を取り出す。その後ろに島田とサラが移動してのぞき込む格好になった。誠はアメリアが取り出した端末をのぞき込んだ。

 画面には租界のうどん屋で三郎と呼ばれた男の画像とデータが表示されている。

「この男、本名は志村三郎。東都の人身売買組織の一員だ。これまで営利目的誘拐容疑で三度、人身売買容疑で二度逮捕されているがどれも証拠不十分で起訴は免れている。まあ、どこで金をばら撒いたのか知らねえが、最近かなり羽振りが良いらしいや」 

 そう言うとかなめはタバコを取り出して火をつける。画面はすぐに東和でも有数の指定暴力団のデータに切り替わる。

「大物が出ましたわね」 

 苦々しげに茜がつぶやく。その言葉に不敵な笑みを浮かべるとかなめは話を続けた。

「志村三郎関係のどの事件でも共犯者には東都の暴力団の組員が手配されてる。まあ東都の中に商品を運ぶとなれば協力者としては最適の相手だからな」 

「でもこれは臓器取引とか売春組織なんかの関係の取引でしょ?法術の研究なんて地味で利益が出るかどうか分からないようなことやくざ屋さんが協力してくれるのかしら」 

 皮肉るようにアメリアがつぶやくが、タバコをくわえたかなめはただうつろな瞳で天井に向けて煙を吐くだけだった。

「まあな。だからあたしは直接あの男のところに出向いたわけだ」 

 その言葉に誠は疑問しか感じなかった。そんな誠をちらりと見たかなめだが、後ろめたいことでもあるとでも言うように目をそらして、タバコの煙を食堂の奥へと吐いた。

「じゃあ今日はこんなもんか」

 そう言ってランは立ち上がる。

「クバルカ中佐?」 

 誠は椅子から降りてちょこちょこ歩き出したランに声をかける。

「なんだよ!シャワーでも浴びようってだけだよ」 

「お子ちゃまだから9時には寝ないとな」 

 いつもの軽口を吐いたかなめを一にらみするとランは手を振って食堂を後にする。

「じゃあ私も今日は3本あるから……それにラジオも聞かなきゃなんないし」 

 立ち上がったのはアメリアだった。他の全員が彼女の言うのがチェックしているアニメの数であることを納得して静かに立ち去る彼女を生暖かい視線で見送った。

「ああ、そうだ」 

 そう言ってカウラが立ち上がる。端末を片付けるラーナを見守っていた茜と目が会うと茜も立ち上がった。

「ラーナさん。明日にしましょう」 

「え?もう少し西園寺大尉の情報を……」 

「いいから!」 

 サラもラーナの肩に手をかける。仕方なくラーナはバッグに端末を入れて立ち上がる。

「もう終わりですか?」 

 そう言った島田に茜とサラから冷ややかな視線が浴びせられる。

「かなめさん。少し神前曹長とお話なさった方がよろしいですわよ」 

 茜の言葉にただかなめはタバコをくわえてあいまいにうなづく。それを確認して茜はほほえみを浮かべた。サラは空気の読めない島田を引っ張って食堂を出て行く。

 そしてかなめと誠は食堂に取残された。

「アイツ等。気を使ってるつもりかよ……ばればれなんだよなあ!」 

 自虐的な笑いを浮かべたかなめは相変わらずタバコをくわえていた。

「別に僕は気にしていませんよ」 

「は?何が」 

 かなめはそう言うと立ち上がりテーブルを叩いた。

「アタシがあそこで娼婦の真似事をしたのは、租界での情報収集に必要だったからだ。それにアタシの体は機械だからな。とうにその時の義体は処分済み……」 

 そう誠にまくし立てた後、再び椅子にもたれかかる。誠はかなめの吐くタバコの煙に咽ながら頭を掻くかなめを見つめていた。

 誠はただ一人自分の中で納得できないものがあるようにいらだっているかなめに何を話すべきか迷っていた。

 だがしばらくの沈黙に根をあげたのはかなめだった。

「お前はお人よしだからな。流れでどうしようもなくて体を売ってた女って目で見るならそれも良いって思ってたんだけどさ。そんな哀れむような目でアタシを見るなよ。それだけ約束してくれればいい」 

 かなめは携帯灰皿にタバコをねじ込む。

「きっとカウラさん達も……」 

「まったく……なんだかなあ!お人よしが多くてやりにくいぜ」 

 ぼそりとそう言うとかなめはいつもの嫌味な笑顔を取り戻す。

「明日からはオメエとカウラで組んで動け。研究施設の規模の予想から湾岸地区のめぼしい建物のデータを送ってやる」 

「西園寺さんは?」 

 かなめは笑顔に戻っていた。誠の言葉に再びタバコを取り出して火をつけたかなめはそのまま片手を上げる。

「お子ちゃまと駐留軍や東都に事務所のあるやくざ屋さんを当たってみるよ。おおっぴらに司法局が動いているとなれば最悪でも研究の中断くらいには持ち込めるだろうしな」 

 そう言って立ち上がるかなめを誠は落ち着いた心持で見送っていた。
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