レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,257 / 1,503
第3章 魔都

再会

しおりを挟む
「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」 

 かなめの声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。

「骨董品屋?なじみなのか?」 

 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランがかなめに尋ねる。

「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」 

 そう言うと最後に車から降りたかなめはそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。

「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」 

 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。

「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?非正規部隊員が武器を預けるなんていうことになると骨董店は最適だ。当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」 

 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。

 路地に入ると串焼肉のたれがこげる匂いが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。

「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」 

 遅れてきたかなめはそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。

「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」 

 かなめからそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。

「おう、ここだ」 

 そう言うとかなめは露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。

「へい!らっしゃ……なんだ、姐御!……久しぶりじゃねえですか!」 

 店に入った途端、紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男がかなめを見て嬉しそうに叫んだ。その派手ななりに誠は多少この男の素性が推測できた。町の顔役とでも言うところだろう、だがそんな誠の表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。

「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」 

 かなめはそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。

「ああ、親父!客だぜ!」 

 チンピラ風の男は厨房をのぞき込んで叫ぶ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつける。

「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」 

 そこまで言ったところでチンピラ風の若造はかなめににらまれて黙り込む。

「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。サオリさん!いつものでいいかい」 

 かなめをサオリと呼ぶ大将と呼ばれた店主の言葉にかなめは静かにうなづいた。

「娼館?サオリ?」 

 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後かなめを見つめた。

源氏名げんじなだよ……まあそのころは陰で工作員をしていたわけだがな」 

 それだけ言うとかなめは黙り込んだ。そんな彼女を一瞥するとランは何かを悟ったようにうなづいた。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。

「おう、若造」 

 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。

「姐御……なんです?この餓鬼は」 

 ランの態度にそれまでかなめには及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。

「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 

 そんなかなめの一言が男の手を止めた。

「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 

 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。

「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 

 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。

「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 

 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。

「なんだ、気味の悪い奴だな」 

「ゲルパルトの人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 

 そう言ってにじり寄る三郎を見てカウラは困ったように誠を見る。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向ける。

「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 

「そんなんじゃねえよ、ただの同僚だ。注文とるんだろ?アタシはいつもの釜玉だ」 

 三郎はかなめの顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。

「生醤油うどん」 

 ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。

「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 

 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。

「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 

 ちらりと誠を見て三郎は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。カウラは黙っているが、誠もランも三郎がかなめと男女の関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。

「私は……ああ、私はきつねで」 

 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。

「僕もきつねで」 

「きつね二丁!釜玉に生醤油」 

 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三郎は三つのグラスをテーブルに並べる。

「おい、コイツの分はどうした」 

 明らかに威圧するような調子でかなめは三郎を見つめる。子供じみた嫌がらせに誠はただ苦笑する。

「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね……この店は水はセルフサービスですんで」 

 その言葉に立ち上がろうとする誠をかなめは止めた。

「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 

 かなめがわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。

「で? 西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 

 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。

「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 

 明らかにかなめは表情を押し殺しているように見えた。その視線が決して誠と交わらないことに気づいて誠はうつむく。

「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 

 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。

「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 

 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。

「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 

 手に割り箸を握り締めながらカウラは不安そうに三郎を見つめる。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。

「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 

 そう言って三郎はタバコを取り出した。

「こら!客がいるんだ!それより、できたぞ」 

 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。

「人が動く……通行証の管理もオメエがやってるのか?」 

 受け取った釜玉うどんを手にするとかなめはそのまま三郎を見上げた。

「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 

「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 

 かなめはそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。

「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 

 一息ついたかなめの一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。

「ああ、知ってますよ。ですがこの業界いろいろと競争がありますからねえ」 

「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 

 あっさりそう言うとかなめはうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。

「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 

 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 

 かなめはそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。そんなかなめに三郎は心底がっかりした様子でうどんをすする様子を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...