レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,252 / 1,503
第2章 翌日の出来事

捜査

しおりを挟む
 会議室の扉の中ではすでにアメリアと島田、そしてサラが茜の説明を受けているところだった。

「ああ、いらっしゃいましたのね。ラーナさん。説明をお願いするわ」 

 そう言うと茜は再びアメリア達に説明を始める。

「じゃあ、よろしいっすか?クバルカ中佐」 

「おー始めてくれ」 

 ランはすぐに携帯端末を開く。誠とカウラもすぐにポケットから手のひらサイズの携帯端末を開き、その上方に浮かぶ港湾地区の地図に目をやった。かなめは黙って目をつぶっている。誠は彼女がいつものように脳内と直結させて情報を仕入れているのだと思った。

「今回の捜査っすが、茜警視正と私、それにクラウゼ少佐、グリファン少尉、島田准尉のチームとクバルカ中佐、ベルガー大尉、西園寺大尉、神前曹長のチームに分かれるんす」 

「残念……と言うか……かなめちゃん!誠ちゃんに変なことしたら承知しないわよ!」 

「誰がだ!」 

 アメリアの茶々にかなめがお約束で怒鳴り返す。それを無視してランはせかすような視線をラーナに向ける。

「港湾地区のエリアっすが、私達は主に陸地側と官公庁を担当、クバルカ中佐達はそれより租界側と租界内部の調査をお願いするっす」 

 ラーナの言葉が当然と言うようにかなめがうなづく。

「西園寺、テメーの人脈はどうなんだ?使えるか?」 

 小さなランの頭がかなめに向き直る。

「あてには出来ねえな。実際、三年前の同盟軍の治安出動でやばい連中はほとんど店じまいしたって聞くしな。それに叩けば埃が出る連中に会おうってのにカウラみてえな堅物をつれて回ったら何にもしゃべるわけがねえよ……てか肝心のこの研究のスポンサー連中の捜査はどうすんだよ。今聞いた限りじゃ末端の研究施設を見つければ御の字みたいな口ぶりじゃねえか」 

 そう言って隣のカウラを見る。誠も私服を着ててもどこか軍人じみたところがあるカウラを見て苦笑いを浮かべた。

「愚痴るなよ。アタシだってそうしてーのは山々なんだが……物事には順序があるだろ?お偉いさんに証拠もなしに噛み付いたらアタシ等の首だけじゃすまなくなるぞ」

 ランは明らかに不機嫌な調子でそう吐き捨てた。彼女もかなめの言うことは十分分かっているが組織人としての経験がかなめの無謀な行動に釘を刺して見せた。

「じゃあ捜査のチーム分けはそうするとうちのチームは必然的にアタシと西園寺。ベルガーと神前の組み合わせになるな。いつどんな法術師に出会うとは限らねーからな。アタシか神前で法術師に対応することになる。西園寺とベルガーが支援だ」 

 ランの言葉にカウラをにらむかなめだが、すぐに何かを思いついたように黙り込んだ。

「でもどう調べれば良いのですか?人体実験を行うそれ相応の規模のプラントなどなら警察や諜報機関が察知していても良いはずなのに……そちらの情報は無いんですよね」 

 確認するようにカウラがラーナに尋ねると、彼女はその視線をかなめに向けた。

「まあ諜報機関はあてにならねえな。あいつ等は上層部の意向で動いている連中だから情報つかんでいても上のOKが出ない限り口は開かねえ。一方地理には詳しいだろう東都警察の方は湾岸地区はお手の物だが手が届かない租界内部に今回のプラントを作った連中の本拠があるなら権限がとどかねえしな。ただでさえ沿岸の再開発地区の広すぎる地域をカバーするはずの警察ですら人手が足りないくらいなんだ。アタシ等に分ける人員などゼロだろうな。まあ叔父貴から正式な要請があれば動くだろうが……ホシが逃げる準備が十分できるようなローラー作戦意外考えつかねえ連中だ、当てにできねえよ」 

 かなめはそう言うとランを見つめる。

「それにだ。非合法とは言え明らかに先進的な法術覚醒や運用の技術を持ってる連中が相手とすれば、その情報を欲しがっている国の庇護を受けている可能性もある。そうなれば相手はチンピラじゃなくて非正規部隊だ。お巡りさんの手に負える相手じゃねーよ」 

 そんなランの言葉に誠は握り締めていた手に力が入る。

「でもそれなら僕達でなんとか出来るんですか?」 

 誠の顔を見てランが不敵に笑う。

「上はそれだけのオメーを評価しているってことだ。ラーナ、とりあえず捜査方針とかは後でアタシのデータに落としといてくれ。行くぞ!こんなところでくっちゃべったところで始まらねーだろ?」 

 そう言ってランは椅子から降りる。誠はそのかわいらしいしぐさに萌えを感じてしまう。

「ロリ!ペド!」 

 かなめはランに目をやる誠の頭を軽く叩くと会議室の扉に手をかけるランの後ろに続いた。

 まさにチョコチョコと先頭を歩いて進むランを誠は萌える瞳で見つめていた。

「おい、さっきから目つきが怪しいぞ」 

 かなめは今度は誠のわき腹を突いた。カウラは呆れたようにため息をつく。

「おう!ちょっと任務で出かけてくる!しばらくは連絡や報告は携帯端末にしてくれ」 

 日野かえで少佐達、第二小隊が待機している機動部隊の部屋に顔を突っ込んでランが叫んだ。

「やはり他の隊員にも秘密なんですね」 

 誠の言葉に真剣な表情でランが振り向く。

「例のかつて人間だったものを公開するわけか?パニックが起きるだけだな」 

 そう切り捨ててカウラはそのまま階段を下りる。

「お出かけですか?ちょっと島田班長に用があるんですけど」 

 降りてきたランに整備の若手のホープである西高志兵長が声をかけてくる。

「ああ、追加資材の発注だろ?島田は別任務で動くからこれから書類は管理部の菰田に直接回せ」 

「はあ、そうですか」 

 ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていく。

「でもどうするんだ?技術部の専門馬鹿の士官達じゃあ現場を仕切れるとは思えねえんだけどな」 

 そう言ってかなめが笑う。

「一応仕事なんだからさ。連中にもたまには島田頼みじゃなくて現場の人間らしく毅然とした態度をとってもらわねーとアタシも困るんだよ」 

 ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。ハンガーを出て山から吹き降ろす北風に身が凍えるのを感じながら誠はランに続いて正門へと向かった。

 思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけたスポーツカーの助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。

 ランに続いてかなめが後ろの席に座り、運転席にはカウラ、誠は助手席に座ることになった。

「ベルガー。出る前にちょっといいか?」 

 ランの言葉にハンドルから手を離してカウラが振り向く。誠もそれに合わせてランを見つめる。

「租界はアタシと西園寺が担当する。神前のお守りは頼むぞ」 

「なんだってこんな餓鬼の……」  

 普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。

「租界じゃ名の知れた山犬がうろちょろするんだ。『東都戦争』で恨みなら山ほど買ったんだろ?そんなところに神前みてーな素人を送り込めるかよ」 

 ランの口元の笑みが浮かぶ。かなめはちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『甲武の山犬』として知られたエージェントのかなめが幅を利かせるのは当然のことだった。

「カウラ、気をつけとけよ。現在も潜伏している工作員もいるだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」 

「ふざけるなよ、バーカ」 

 誠の特撮への愛を知っているかなめのリップサービスにランがかなめの頭をはたく。

「まあトラブルになる可能性はアタシ等の方が大きいんだからな。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいい」 

 まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかける。

「そう気を悪くするなよ。相手は法術師を擁している可能性が高けーし、正直神前はあてにならねーし……」 

「そうだな、コイツはあてにならねえな」 

 かなめにまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。

「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ」 

 ランのとってつけたような世辞に誠は照れたように頭を掻く。カウラはそのまま乱暴に車を発進させる。

「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ」 

「そうなのか?」 

 囁きあうかなめとランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせる。

 いつものようにゲートには技術部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出してくる。

「緊張感が足りないんじゃないのか?」 

 いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて出てきた大男は面食らう。

「すいません……出来れば班長には内密に」 

 手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、カウラは開いたゲートから車を急発進させる。

「確かになあ。根に持ってるわ」 

 ランは呆れたように車を急発進させるカウラを眺めていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...