レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,244 / 1,531
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』 第1章 プロローグ

出発

しおりを挟む
 食堂を追い出されて部屋に戻った誠は着替えを済ませると、部屋の隅に置かれた錦の袋に入っている部隊長の嵯峨惟基から拝領した日本刀によく似た刀、『バスバの剣』に手を伸ばした。

『神前さんはお父様からいただいた刀を持っていらしてね』 

 部屋に戻る誠に茜がどういう意図でそう言ったのかは計りかねた。

 誠はずっしりと重い紫の袋に入れられた刀を握る。そしてそのまま紐を解いて金色の刺繍ししゅうが施された紫色の袋から刀を取り出す。剣道場の跡取りでもある誠は何度か日本刀には触ったことはあった。しかし、柄や拵えは明らかに東和や甲武国で作られた新刀とは趣が違った。

 鞘を払う。そしてそのまま自然に流れるような刃をじっと眺める。銀色の刀身。おそらくは何人かの命がその波打つ刃で奪われたのかと思うと背筋に寒いものが走る。

「おい、何やってるんだ?」 

 ノックもせずに部屋に入る遠慮の無い人物はかなめ以外にはいなかった。冬のよそ行きと言うようにスタジアムジャンパーにマフラー、いつものジーンズと言う姿の誠が正座をして真剣を眺めている光景はあまりにもシュールだったのでかなめは呆然と立ち尽くしている。

「誠ちゃん!切腹でもするつもり?いいから来なさいよ!」 

 デリカシーの無いアメリアの一言に誠は我に返ると刀を鞘に納め、袋に仕舞って紐で閉じた。

「自衛に刀か?叔父貴みたいな奴だな……ってあれも実際は拳銃くらいは持ち歩いているけどな」 

 諦めたようなかなめの声が響く。誠もただ苦笑いを浮かべながらそのまま階段を下りて踊り場にたどり着く。

「遅かったな、神前。じゃあ茜の車にはアタシと神前とサラとラーナで」 

「クバルカ中佐!なんで俺がカウラさんの車に……」 

『それはこっちの台詞だ!』 

 抗議しようとした島田を声を合わせてアメリアとかなめが怒鳴りつける。島田が哀れにのけぞった。サラが心配そうに彼を見つめる。

「じゃあ行きましょう」 

 茜はそう言うとそのまま玄関を出た。冬の空は雲ひとつ無い。吹きすさぶ風。茜は楚々として寮の隣の駐車場に止めてある電気駆動の高級乗用車に向かう。

「そう言えば何でこれが……」 

 誠が手にしている刀を茜に見せようとしたとき、茜は自分の車のトランクを開けた。

「それはこちらに」 

 問いに答える代わりに茜が手を伸ばす。仕方なく誠は茜に刀を手渡した。

「アイツ等……」 

 呆れたようにランがため息をついた。その視線の先のカウラの『ハコスカ』。いつも出勤に使っている車の前で島田とかなめが怒鳴りあっている。

「放っておきましょう。子供じゃないのですから」 

 そのまま茜は運転席のドアを開ける。誠とサラは借りてきた猫のように静かに後部座席のドアを開く。

「ちょっと香水が効きすぎているかしら?大丈夫?」 

 後ろの二人を見てにっこりと笑った後、茜は慣れた調子でシートベルトを締める。すぐにモーターの力がタイヤにつながり、車がバックを始める。カウラの車の前ではさらに苛立ちを隠せないカウラが運転席から顔を出してかなめを怒鳴りつけている。

「まああいつ等もナビでこっちの位置を特定できるんだ。迷子にはならねーだろうしな」 

 ランの皮肉めいた言葉に釣られて誠も笑う。茜の車はそのまま砂利のしかれた駐車場を出た。

「これから見るものは他言無用で」 

 住宅街から幹線道路へ出ようとハンドルを切る茜ははっきりとそう言った。

「良いんですか?私も来ちゃって……」 

 後部座席にラーナと誠にはさまれてもじもじしているサラはそうつぶやく。

「オメーもうちの隊員だろ?いずれは見なきゃならねーもんだ。まあそれにいまさら緘口令かんこうれいも……。どうせ一時的なものになりそーだしな」 

 助手席にちょこんと座っているランがそう言った。後ろからまるで見えないところが誠の萌えの心を刺激する。

「あのー……。行き先は?」 

 不安そうな誠を見て運転席の茜が振り向いて微笑む。

「じゃあラーナ。二人に説明してあげてちょうだい」 

 車が信号に引っかかった。ハンドルを指ではじきながら茜がそう言うとラーナは再び小型の端末を取り出す。

「これから東都警察の鑑識部の入っている東都都庁別館に向かうんすよ」

「いいんですか?東都警察なんかに顔を出して……あそことは色々あるじゃないですか……」 

 サラがラーナの言葉をそんな言葉でさえぎったのは当然の話だった。同盟司法局と東都警察。管轄する地域が重なることが多いこの二つの組織は犬猿の仲だった。実際、誠も東都警察からの資料請求を上官のカウラやランの一言で握りつぶしたことは一度や二度では無い。当然、東都警察もランの要求を聞く気も無いと言うように通信を切ってしまうことは多々あった。

 それでも専門の分析機関を持たない司法局にとって東都警察の技術力は活動に必要不可欠なものだった。それを知っている鑑識部は明らかに高飛車な態度を見せてくるので誠もどうも苦手な組織でできれば出入りはしたくなかった。

 そんな誠の思惑を無視して隣の席のラーナは端末の操作を完了する。

「先ほどのミイラ化した死体なんすが身元はすべて判明しているんっす。ただ、年齢、職業、出身地とかいろいろ当たりをつけてみたんすけどまるで共通点が無くって……」 

「法術適正は?」 

 誠のとりあえず言いました的な言葉にランが思わず噴出す。

「あのなあ、神前。法術適正が無ければ勝手にミイラになるわけがねーだろ?それ以外の共通点の話をしてるんだよ」 

 ランにそうあしらわれると子供に意見されたようで誠はつい口を尖らせる。ラーナはそんな誠を見て少し微笑んだ後、再び目の前に画像を展開させる。

「全員の共通点では無いんすが、あえて特徴を挙げるとすれば、7人のうち4人は租界の難民でした。しかもその4人全員が女性なんす。特徴として言えるのはこれくらいっすね……」 

 そう言ってラーナは再び首をひねる。何しろデータを取るには7人と言う数は少なすぎると誠は思った。

「でもそれだけじゃデータを取る意味が無いんじゃないですか?」 

 そんなサラの言葉にラーナは困ったような顔をして頭を掻く。今度はランはその体に大きすぎるシートから身を乗り出して三人を眺めてくる。

「あのなあ、見つかったデータが少ねーのは良いことじゃねーか。それとも何か?もっと大量の仏さんが出来るまで捜査は待ってくださいとこの事件を起こした奴に泣きつこうってのか?」 

 またランが怒鳴りつけた。サラは藪蛇だったというような表情でラーナを見つめている。

「そうですわね。確かに共通点を割り出すには少ない人数とは言えますけど、逆にこれだけ共通点が無いと言うことも一つの糸口になるかもしれませんわ」 

 高速道路へ車を載せた茜がつぶやく。それが何を意味するのか誠にはわからなかった。

「つまりだ、共通点を見出せないようにする必要があった可能性があるんじゃねーかってことだ。これが事故や個別に発動した事件だったとしたら、何がしかの共通点があるのがふつーだろ?場所は限られているんだ。特に港湾地区はよその住人が喜んで出かけるような場所じゃねーんだろ?」 

 ランの言葉に誠もようやく茜の意図が理解できた。港湾地区は治安が悪いと言うのは誠の大学時代からよく知られていたことだった。再開発から取り残された使われない倉庫と町工場の跡しかない街に通りすがりの人間が立ち寄り、しかも事件に巻き込まれる。偶然にしては出来すぎていることは誠やサラにもわかった。

「でもなー。誰かが意図的に仕掛けたとして、何のためか?そして誰がやったか?その辺の事情は身元を洗っただけじゃわからねーのも確かなんだよなー」 

 そんな言葉を吐きながらランが大きくため息をついた。

「だから会いに行くんですわ……『彼』に」 

 突然の茜の言葉、バックミラーに移る彼女の父惟基を彷彿ほうふつとさせる悪い笑顔が誠の不安を激しく掻き立てた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...