レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,242 / 1,505
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』 第1章 プロローグ

プロローグ

しおりを挟む
「あの、皆さん……少しよろしくて?」 

 豊川市南本宿1-3。ここは確かに遼州星系同盟機構司法局実働部隊の『男子下士官』寮の食堂のはずだった。

 正確に言えばこの建物はすでに名目としての『男子』寮でも『下士官』寮でもなくなっていた。

 言葉の主の嵯峨茜さがあかね警視正が指揮を取る、通称『法術特捜本部』が司法局実働部隊に捜査本部を間借りするようになったときには、すでに司法局実働部隊の主力兵器アサルト・モジュール部隊の女性隊員、カウラ・ベルガー大尉、西園寺かなめ大尉、そして運用艦『ふさ』艦長のアメリア・クラウゼ少佐はこの寮の住人となっていた。

 司法局実働部隊隊長を務める茜の父、嵯峨惟基さがこれもと特務大佐に頼まれて茜自身も彼女達の引越しを手伝ったことがある。

 さらに彼女達三人や技術部整備班班長でこの寮の寮長島田正人准尉他数名の男性士官も住んでいると言うことで『下士官』寮と言う表現も正確性を欠くものだと茜は思っていた。

 茜は紫の留袖の襟を整えながらそんな名称に疑問符がやたらと立ちそうな建物の食堂の入り口でただ中を眺めているだけだった。

「なんだ?来てたのか」 

 そう言って目の前の城状の物から目を離して西園寺かなめは顔を上げる。非番の日に従姉に当たる彼女が何をしていても茜が口を出す必要はなかったかもしれない。

「ああ、茜ちゃんきてたの。サラ!お茶入れてあげなさいよ!」 

 集中していた手元から目を離したアメリア・クラウゼが汚れないように後ろに縛った紺色の長い髪を振って隣を見る。

「えー!私が?」

 そう言ったのはピンクなソバージュの『ふさ』の管制オペレータでアメリアの部下に当たるサラ・グリファン中尉だった。彼女は付き合っている技官の島田正人の目の前の物から目を離してアメリアに抗議した。 

「じゃあ階級の低いの……ってことで、神前!お前がやれ」 

 かなめはそう言って彼女の横で防塵マスクをして作業に集中している大柄な青年に目を向けた。

「……僕ですか?」 

 青年はコンプレッサーを止め、目の前の美少女フィギュアの塗装の作業を中断した。彼が遼州司法局の切り札とまで言われる『法術師』でありアサルト・モジュールパイロット、神前誠しんぜんまこと曹長だった。そして茜がここに来た目的も彼の存在無しにはありえない話だった。

 茜は食堂を見回す。サラと島田は仲良くバイクのプラモデルを組み立てている。隣のかなめの目の前にはどこで手に入れたのかも謎な姫路城の模型があり、ピンセットで庭園の松を植えているところだった。カウラが格闘しているのはタイガー重戦車。そしてアメリアは最近新発売になった誠の愛機、アサルト・モジュール『05式乙型』愛称『ダグフェロン』にウェザリングを施していた。

「皆さん、お茶は飲みますか?」 

 誠の声で食堂の住人全員が手を上げる。そしてその勢いに押されて茜の直属の部下カルビナ・ラーナ捜査官補佐までも手を上げていた。

「まったく!テメー等この良い天気に部屋でプラモかよ」 

 あざ笑いながら茜を押しのけるようにして食堂にずかずか入ってきたのは東都警察と共通の司法局の勤務服に身を包んだ8歳くらいの少女だった。

「そうだよな、大人がやるから変に見えるんだな。中佐殿、お子様な中佐殿ならお似合いなのではないですか?」 

 松を植えるのに飽きたかなめが茶々を入れる少女はどこか育ちが悪そうな風にしか見えない。彼女の正体は司法局実働部隊副部隊長であり機動部隊隊長を兼ねるかなめ達の上司に当たる人物である。そんなクバルカ・ラン中佐はすぐにでも怒鳴りつけそうな勢いでかなめに向かって迫る。

「あのなー、そう言うことを言ってるんじゃねーんだよ。なんで部隊の掲示板全部にプラモ屋のコンクールの応募要項がだなあ……」 

「あ、ランちゃん、それ私の仕業」 

 そう言ってアメリアが開き直ったように手を上げた。それを見るとランは今度はアメリアに向かって鬼の形相で歩いていく。

「どたばた動かないでくださいよ!デカールが……」 

 島田がピンセットでバイクをつつきながらつぶやく。それをサラは笑顔で隣から見つめている。

「ああ、クバルカ中佐もいるんですね。確か茶菓子が……」 

 先ほど指名されて厨房に茶を入れに行った誠がカウンターから顔を出す。その様子がさらにランをいらだたせることになった。

「アタシが言いてーのは!非番の日になんで寮の食堂でこんなしみったれたことを……」 

「それは後にしてくださいな。クラウゼさん、ベルガーさん、かなめお姉さま……」 

 明らかにいつもと違う調子の茜を不思議に思いながら空いていた厨房に近いテーブルに誠はポットを運ぶ。

「こちらにどうぞ!」 

 誠の言葉でプラモデル用塗料の臭いが染み付いた新聞紙の敷き詰められたテーブルからかなめ達は席を移す。茜とラーナは誠達の正面に座った。

「おー、かりんとうか。アタシはこいつ大好きなんだよな」 

 そう言うと一番に誠の手前の席に座ってかりんとうに手を伸ばそうとするランだが、小さな彼女が伸びをしたところでプラモデルの塗料があちこちについているエプロンをしたかなめがそれを取り上げる。

「何すんだよ!」 

「やっぱ餓鬼だねえ。甘い物が好きだなんてよ」 

 まるで子供のようなかなめの嫌がらせ。そして二人はにらみ合う。アメリアとカウラはそのエプロンを元の席に置いて、作業用の安物のジャージ姿でテーブルに腰掛ける。

「お二人とも、およしになってくださいな」 

 おっとりとしてはいるが、明らかに力の入った茜の言葉を聞いてかなめがかりんとうの入った器をランの手の届くところに置いた。ランは目つきの悪い顔でかなめをにらみつけた後、一個のかりんとうを手にすると口に運ぶ。

「何しに来たんだか……」

 とりあえず姫路城の庭を完成させたかなめが吐き捨てるようにそうつぶやいていた。急須でお茶を入れながら誠もかなめの言葉通り茜達が何をしにやってきたのか少しばかり興味を持っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...