レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,235 / 1,505
第27章 策謀者の帰還

奇人の脳内

しおりを挟む
「ふー。疲れったなあ、今度は……」 

 司法局実働部隊隊長室。湾岸の宇宙港からリムジンバスと市バスを乗り継いでここに戻ってきた嵯峨は部下達の報告書に目を通し終わり、ガラクタだらけのこの部屋で大きく伸びをしていた。すでに深夜4時。目をこすりながら通信端末の電源を落とすとそのまま首を左右に曲げて気分を変えようとしていた。

 そこにノックをする音が響いた。

「おう!開いてるぜ」 

 嵯峨の声に扉が開くとそこには彼の娘であり同盟司法局法術特捜本部部長である嵯峨茜がお盆にポットと急須、そして湯のみを載せたものを運んできた。

「なんだ、まだいたのか?」

 嵯峨は予想していなかった娘の登場に困ったような顔をする。 

「ええ、やはり全五千件の法術犯罪のデータのプロファイリングということになるとかなめさん達やラーナだけには任せて置けなくて……」 

 そういうと静々と銃の部品や骨董品が雑然と転がる隊長室の応接セットに腰を下ろした。茜はそのまま湯飲みにポットからお湯を注ぎくるくると回す。 

「自分で手を下さねえと気が済まねえってところか?損なところだけ似たもんだな。俺も今回は寿命が縮んだよ」 

 立ち上がって後ろにおいてあった甲武への旅の荷物を解いた嵯峨は中から生八ツ橋を取り出した。

「お父様、それは昨日食べました」 

 眉をひそめる茜だが、気にすることなくそのまま応接セットに座る茜の正面に腰掛けると包装紙を乱暴に破りながら開ける。

「ああ、俺はこいつが好物なんだ」 

「まるで子供ですわね」 

 そう言いながら茜はにこりと笑う。嵯峨は箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでつかんで無理やり引きちぎる。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。

「その様子ですと作戦は何から何まで成功ということですか?」 

 急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。

「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど」 

 そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八ツ橋を広げてその一つを口に運ぶ。

「そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれますわよ」 

 仕方が無いと言うように八ツ橋を手に取ると茜は自分の湯飲みに手を伸ばす。時々外から遠くの機械音が響く。司法局実働部隊の中核である機動部隊が留守であることを考えればその音は隣の菱川重工の工場の作業音だと思われた。

「今回は物的損耗が少なかったのが救いだな。これでしばらくは技術系の連中には休みがやれるからな」 

 そういうと嵯峨は二つ目の八ツ橋に手を伸ばす。

「それより茜、プロファイリングとかなら技術部の将校でも貸そうか?あいつ等はそういうこと得意だし」 

 さらに三つ目の八橋に手を伸ばす父を茜は冷ややかな目で見つめる。

「ええ、そうしていただければ助かりますわ」 

 まじめな顔の茜を嵯峨が見つめ返す。彼の口には四つ目の八ツ橋が入ろうとしていた。

「食べすぎです」 

「やっぱり?」

 そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八ツ橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...