レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第27章 策謀者の帰還

奇人の脳内

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「ふー。疲れったなあ、今度は……」 

 司法局実働部隊隊長室。湾岸の宇宙港からリムジンバスと市バスを乗り継いでここに戻ってきた嵯峨は部下達の報告書に目を通し終わり、ガラクタだらけのこの部屋で大きく伸びをしていた。すでに深夜4時。目をこすりながら通信端末の電源を落とすとそのまま首を左右に曲げて気分を変えようとしていた。

 そこにノックをする音が響いた。

「おう!開いてるぜ」 

 嵯峨の声に扉が開くとそこには彼の娘であり同盟司法局法術特捜本部部長である嵯峨茜がお盆にポットと急須、そして湯のみを載せたものを運んできた。

「なんだ、まだいたのか?」

 嵯峨は予想していなかった娘の登場に困ったような顔をする。 

「ええ、やはり全五千件の法術犯罪のデータのプロファイリングということになるとかなめさん達やラーナだけには任せて置けなくて……」 

 そういうと静々と銃の部品や骨董品が雑然と転がる隊長室の応接セットに腰を下ろした。茜はそのまま湯飲みにポットからお湯を注ぎくるくると回す。 

「自分で手を下さねえと気が済まねえってところか?損なところだけ似たもんだな。俺も今回は寿命が縮んだよ」 

 立ち上がって後ろにおいてあった甲武への旅の荷物を解いた嵯峨は中から生八ツ橋を取り出した。

「お父様、それは昨日食べました」 

 眉をひそめる茜だが、気にすることなくそのまま応接セットに座る茜の正面に腰掛けると包装紙を乱暴に破りながら開ける。

「ああ、俺はこいつが好物なんだ」 

「まるで子供ですわね」 

 そう言いながら茜はにこりと笑う。嵯峨は箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでつかんで無理やり引きちぎる。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。

「その様子ですと作戦は何から何まで成功ということですか?」 

 急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。

「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど」 

 そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八ツ橋を広げてその一つを口に運ぶ。

「そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれますわよ」 

 仕方が無いと言うように八ツ橋を手に取ると茜は自分の湯飲みに手を伸ばす。時々外から遠くの機械音が響く。司法局実働部隊の中核である機動部隊が留守であることを考えればその音は隣の菱川重工の工場の作業音だと思われた。

「今回は物的損耗が少なかったのが救いだな。これでしばらくは技術系の連中には休みがやれるからな」 

 そういうと嵯峨は二つ目の八ツ橋に手を伸ばす。

「それより茜、プロファイリングとかなら技術部の将校でも貸そうか?あいつ等はそういうこと得意だし」 

 さらに三つ目の八橋に手を伸ばす父を茜は冷ややかな目で見つめる。

「ええ、そうしていただければ助かりますわ」 

 まじめな顔の茜を嵯峨が見つめ返す。彼の口には四つ目の八ツ橋が入ろうとしていた。

「食べすぎです」 

「やっぱり?」

 そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八ツ橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。
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