レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,206 / 1,503
第8章 待ち受ける者

天誅

しおりを挟む
 甲武の首都鏡都最大の宇宙港『四條畷港』の入国ロビーから一番近い出入り口が見えるビルの屋上で『彼』は待ち続けていた。 

 『滅私奉公』と記された鉢巻。『彼』は黙ったまま静かにペットボトルの水を口に含む。五厘に刈りそろえた頭を一度なでると、『彼』は静かに手元のボルトアクションライフルのに手を伸ばした。

 『彼』は典型的な下級士族の家に生まれ、軍人家庭の長男として育った。幼い時の敗戦の屈辱が今でも思い出される。大人達が慟哭する有様が今の『彼』を支えていた。そして、その後の他の下級士族達と同じように父が軍を追われ失業すると職を転々としたことが思い出される。そんな転落の人生という言葉がちょうどぴったりくる甲武によく見られるお決まりの転落劇は自分のことながら笑いが出るほどのものだった。

 多くの下級士族の没落の原因を作ったと『彼』が信じる西園寺兄弟の遼州圏国家に対する妥協政策は彼をしてここにスナイパーライフルを持ってこさせるほどの怒りを呼び起こすものだった。

いついかなる時でも売国奴であるあのふざけた兄弟のことを口汚くののしる同志達の面差しが頭をよぎる。四年前の遼州同盟結成時に締結された軍縮条約で僅かな恩給を渡されてようやく入営できた軍を追われた時、『彼』は陸軍の狙撃訓練校の生徒だった。そんな経歴が『彼』に同志達に見込まれての今回の作戦だった。

 訓練場の沈黙と今目の前に広がる宇宙港の雑踏に違いなど無いと『彼』は思って手に力をこめる。

 ゆっくりとボルトアクションの狙撃銃のストックに頬を寄せ、静かに銃の真上に置かれたスコープをのぞき込む。予想した通りこの場所だけが甲武鏡都の玄関口、四条畷宇宙港の正面ゲートを見廻せる地点だった。ボルトエンドの突起が隆起していることで、すでに薬室に弾丸が装填されていることを示している。

 『彼』には大義を知らない宇宙港を笑顔で出入りする愚民を相手に安全装置などかけるつもりも無かった。

「私利に走る佞漢、嵯峨惟基……」 

 『彼』は一言、ぼそりとつぶやく。その言葉で自分に力がわいて来るような気がしていた。半年にわたる調査と工作活動が今、実ろうとしていた。同志の数名はすでに投獄されているが、彼等は死んでも今の自分の志を遂げる為に我慢して黙秘を続けてくれると信じていた。そしてこの今、引き金を引こうという指に彼等ばかりではなく甲武の志士達の誇りがかかっていると信じて再びスコープをのぞき込む。

『嵯峨大佐は紺の着流しだ。すぐわかる……今ドアを開けた!』 

 ターゲットに張り付いている同志の声が響く。

 見つめる先、確かに紺の着流し姿の男が現れた。腰には朱塗りの太刀。しかし、この太刀は振るわれることは無いだろう。『彼』は引き絞るように引き金を握り締めようとした。

 その時だった。国賊と彼の呼ぶ嵯峨惟基は明らかに青年の方に向き直った。そしてその瞳は明らかに『彼』の存在を理解しているように見えた。あまりのことに、青年は引き金を反射で引いてしまった。肩に強烈な火薬のエネルギーを受けて痛みが走る。弾丸は標的の数メートル手前に着弾した。すぐさま体に叩き込んだ習慣でボルトを開放して次弾を装填していたが、目の前に見える光景に『彼』は自分の顔が青ざめていくのを感じた。

 スコープの中の着流し姿の男が消えていた。扉の周りに立っていた常駐の警官隊が、突然響いた銃声にサブマシンガンを抱えて走り回っているのが見える。青年はすぐさま脱出のことを考えたが、振り向こうとする彼の頬に突きつけられた刃に体を凍らせた。

「腕は確かだねえ。惜しかった!実に惜しかった」 

 頬を伝うのは『彼』の血だった。『彼』にとっては敗北に等しい妥協と屈辱を遼州星系の民に強いた憎むべき敵。その敵の声が確かに後ろから響いていた。その突然の出来事に恐怖よりも怒りを感じつつ静かに『彼』は振り返った。

「国賊が……」 

 『彼』の言葉に背後の男は我慢することが精一杯とでも言うように笑いを漏らす。

「あんた等の言語のキャパシティーの無さには感服するよ。国賊、悪魔、殺人鬼、人斬り、卑怯者、破廉恥漢、奸物、化け物、売国奴。まあもう少しひねった言いかたをしてもらいたいものだねえ……」 

 そう言って男は剣を引いたが、『彼』はその機会を待っていた。

 すぐさま落とした銃を手にしよう手を伸ばした。しかし、背後の気配はすばやく『彼』の意図を察して前へと踏み出す。そして『彼』が見たのは手首を切り落とされた自分の両腕だった。

「うっ!」

 痛みが失われた両腕に走る中、『彼』は気力だけで悲鳴を上げるのこらえた。

 目の前の着流し姿の男は『彼』の失われた両の手首をじっと見つめて、刀に付いた人肉の油を手ぬぐいでぬぐう。そこには『彼』が憎んだ下卑た笑いを浮かべる奸賊の姿があった。そしてその濁った目にたどり着いたとき、焼けるような痛みが両腕に走りそのまま『彼』は崩れるように倒れた。

「ああ、痛かったかねえ。それに凄い血だ。一応警告しとくけど暴れない方が良いよ。警官隊が来るまでどのぐらいかかるか……その傷じゃあ……それまで持つかどうか……微妙だね」 

 着流し姿の男、嵯峨惟基は残酷にそう言うと感情の死んだような瞳で『彼』を見つめた。『彼』の命を助けるつもりなど嵯峨にはさらさら無い。そう言うことを証明するかのように腰の鞘に同田貫正国を戻すとすぐに帯からタバコを取り出して火をつけた。

「大公!」 

 警官隊が嵯峨に向かって走ってくる。だが、彼等の目の前には彼らの任務からすれば射殺すべきテロリストが両腕を失ってのた打ち回っている姿があるばかりだった。

「止血だ!急げ」 

 『港湾警備隊』という腕章をつけた駆けつけた警察部隊の隊長らしき男が部下に指示を出すと、部下は両腕を切り落とされた凶弾の射手に哀れみを顔に浮かべながらベストから止血セットを取り出して処置を始めた。

「こりゃあ運がいいみたいだ。まあ命は粗末にするもんじゃねえよ」

 そう言ってタバコをふかす嵯峨の姿を痛みに支配されていた『彼』は見ることができなかった。

「状況を説明していただけますか?」

 ヘルメットを脱いだ警察の部隊長が青ざめながら薄ら笑いを浮かべる着流し姿の男に声をかけている。『彼』はその光景を朧に見つめながら意識を失っていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...