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第6章 日常
出勤
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「お待たせしました」
そう言って駆け寄る誠を見上げたのは寮の入り口の隅の喫煙所でタバコをくゆらせているかなめだった。
「あの、アメリアさんとカウラさんは?」
「気になるの?」
そう言って突然誠の後ろからアメリアが声をかけてくる。振り返るといつもと変わらぬ濃い紫色のスーツを着込んだアメリアと皮ジャンを着ているカウラがいた。
「それじゃあ行くぞ」
かなめの鶴の一言で誠達は寮を出る。空は青く晴れ渡る晩秋の東都。都心と比べて豊川の空は澄み渡っていた。
「こう言う空を見ると柿が食べたくなるな」
そう言いながらかなめは路地にでて周りを見渡す。カウラはそんなかなめの言葉を無視して歩いていく。緊張が走る中、ドアの鍵が開かれるといつも通りかなめは真っ先に助手席を持ち上げて後部座席に乗り込む。そんなかなめと渋々その隣に乗り込む誠を見た後、アメリアはそのまま助手席に乗り込んだ。
ハコスカのエンジンがうなりをあげた。
「確かに遼州は燃料が安いけどもう少し環境に配慮したエネルギー政策を取ってもらいたいわね」
アメリアは手鏡で自分の前髪を見つめながらそうつぶやいた。動き出したカウラの車はいつものように住宅街を抜けた。いつもの光景。そして住宅街が突然開けていつも通りの片側三車線の産業道路にたどり着く。昨日の醜態を思い出して誠は沈黙を守る。三人の女性の上官は察しているのか珍しく静かにしている。順調に走る車は渋滞につかまることも無く菱川重工業豊川工場の通用門をくぐる。
「生協でも寄っていくか?」
カウラが気を利かせてアメリアにそう言うが、アメリアは微笑んで首を振る。そのまま車を走らせて司法局実働部隊の通用門。技術部の宿直の隊員がゲートを開けた。
「おい、叔父貴、来てるじゃねえか。今朝の便で甲武入りする予定じゃなかったか?なにかあったのかね」
駐車場に向かう通路から見える隊長室の窓から顔を出してタバコを吸っている嵯峨の姿が見えた。
「本当ね、忘れ物でもあったのかしら」
そう言いながら一発で後進停車を決めたカウラよりも先にアメリアは助手席から降りる。
「おはようございます!」
ハンガーに足を向けた誠達に声をかけてきたのは西だった。誠の05式の上腕部の関節をばらしていた他の隊員達も軽く会釈をしてくる。
「早いな、いつも」
カウラはそう言うとそのまま奥の階段に向かおうとするが、そこに着流し姿の嵯峨を見つけて敬礼した。
「なにしてるんですか?隊長」
カウラの声で振り返った嵯峨は柿を食べていた。
「いいだろ、二日酔いにはこれが一番なんだぜ。まあ俺は昨日は誰かのおかげでそれほど飲めなかったけど……」
そう言って嵯峨は階段の一段目を眺める。そこで下を向いて座り込んでいたのはランだった。
「あのー、クバルカ中佐。大丈夫ですか?」
そう言う誠を疲れ果ててクマのできた目でランが見上げる。
「気持ちわりー。なんだってあんなに……」
そう言ってランは口を押さえる。
「こりゃ駄目だな。おい、ラン。俺の背中に乗れよ。話があるからな」
そう言って嵯峨は背中を見せる。仕方が無いと言うように大きな嵯峨の背中に背負われたランの姿はまるで嵯峨の子供のようにも見えた。
「昨日の法術兵器の実験に関する報告書……今日の午後までだかんな」
「今日の午後まで?何を書けばいいんですか?」
虫の息のランに言われて誠は戸惑ったようにそう返した。
「いーんだよ、なんでも。ただし書式はちゃんといつも通りにしろよ……上の連中がうるせーんだ」
二日酔いでもランはきっちり仕事の話に乗ってくる。誠はランを軽々と背負って歩く嵯峨について階段を登った。管理部の部屋でいつものように殺意を含んだ視線を投げかけてくる菰田を無視して誠はそのまま嵯峨と別れてとりあえずロッカールームへ向かう。
着替えを終えると誠はつかつかと歩いて機動部隊の詰め所の扉を開ける。そこには誰もいなかった。確かにまだ九時前、いつものことと誠はそのまま椅子に座った。机には先日提出したシミュレーター訓練の報告書の綴りが置いてあった。開いてみると珍しく嵯峨が目を通したようで、いくつかの指摘事項が赤いペンで記されていた。
そうこうしている間に部屋にはカウラが入ってきていた。そのまま彼女は誠の斜め右隣の自分の席に座る。
「休暇中の連絡事項なら昨日やればよかったのに」
そう言って誠は嵯峨から留守中の申し送り事項の説明を受けているだろうランの机に目をやる。だが、カウラは誠より実働部隊での生活に慣れていた。
「今日できることは明日やる。まあ、嵯峨隊長はそう言うところがあるからな」
そう言ってカウラは目の前の書類入れの中を点検し始めた。
「おはよー」
かなめが勢いよくドアを開いた。
「おはようございます!」
相変わらず愛銃XDM40のホルスターを脇に付けたかなめに冷や汗を流しながら誠はそう返した。
「隊長は?」
「なんでアタシが叔父貴のことを知ってるんだ?あれじゃね……忘れ物とか」
カウラに尋ねられて少し拗ねながらかなめは席に着く。
「おー……西園寺も来てたか」
先ほどよりは少しマシな程度に回復したランはそう言って機動部隊詰め所の自分の席に向かった。
「先に報告書あげないと……」
端末の前の席に座った誠は恐る恐るかなめを見上げるが、彼女はまるでその声が聞こえていないかのようにデータの再生のためにキーボードを叩く。
「出たな」
モニターに映されたのは先日の実験の時のコックピットからの画像。目の前には巨大な法術火砲の砲身があり、その向こうには森や室内演習用の建物が見える。次第に左端の法力ゲージが上がっていく。
「おい、神前。どのくらいのチャージで発射可能なんだ?」
かなめはふざけて誠の頭のこぶをさする。誠は頭に走る激痛に刺激されたように彼女の手を払いのける。
「そうですね、だいたい230法術単位くらいでいけると言う話ですけど……」
「違う違う。出力じゃなくてチャージにかかる時間だ」
そう言うと今度はカウラが誠の頭を小突く。
「痛いですよ!そうですね、だいたい10分ぐらいはかかりますね」
そう言いながら誠は背後に立つ二人を振り返った。そこには落胆したような表情のかなめとカウラがいた。
「使い物にならないじゃねえか!だいたい非殺傷ってところが気にくわねえな。殺傷能力有りの干渉空間切削系の火器の方がコストや運用面で有利なんじゃないのか?」
そう言って再びかなめは誠の頭のこぶを叩く。
「確かにそうだな。だが我々は司法機関の職員だ。破壊兵器の開発は軍の領域。私達の扱うのは司法執行機関としての必要最低限の装備と言うのが建前だ」
横槍を入れたのはカウラだった。かなめが発言者を睨みつけた。
「確かに、うちの本分が治安維持行為なのは先刻承知だぜ。無用な死者を出すことは職域を越えているのは確かなんだけどよう」
渋々かなめはうなづく。それに合わせるかのように嵯峨が入ってきた。
「おう、お仕事かい!ご苦労だねえ」
そう言いながら山のように積み上げられた雑誌がある真ん中のテーブルに嵯峨は腰掛けた。
「叔父貴……手ぶらなのか?お土産くらい買ってかねえとおふくろにどやされるぞ」
呆れたようにかなめは着流し姿の嵯峨を見る。
「ああ、荷物なら別便でもう送ったからな。それにどうせ殿上会に着ていく装束はあっちの屋敷の蔵から引っ張り出すつもりだし」
そう言いながらも嵯峨の視線は誠達が再生している動画に移った。
「ああ、これか。しかし、非破壊設定だろ?制御系はどうなってるのかね」
嵯峨の言葉で一同は画面を見つめた。画面右上に地図が表示され、誘導反応にしたがって効果範囲設定が設定されていく。
「おい、指定範囲と範囲内生命体の確認画面?こんなのも必要なのか?チャージだけじゃなく安全装置の解除までめんどくさくなってるんだな」
かなめは呆れる。カウラは腕組みしたまま動かない。
「とりあえず一射目はこれでやりましたよ」
そう言う誠の目の前で法術射撃兵器の周辺の空間がゆがみ始めた。
「俺がやるとこのまま空間崩壊が起きるなこれは」
そう言う嵯峨を無視して誠達は画面を凝視する。桃色の光が収束すると、砲身が金色に光りだした。法術単位を示すゲージは振り切れている。
「ここです」
誠の声と同時に視界は白く染め上げられた。しばらく続く白い画面が次第に輪郭を取り戻す。
『第一射発射。全標的に効果を確認』
オペレータ役のひよこの淡々とした声が響く。大きくため息をつく誠の吐息まで聞こえる。
『第二射発射準備開始。法術系バイパス解放』
誠の震えている声にかなめが思わず噴出す。
「笑うこと無いじゃないですか」
「すまねえな。今度こそまともな射撃なんだろうな」
すぐにまじめな顔に戻ったかなめが誠をにらみつける。
「ええ、機体の地図情報から効果範囲を設定。そこへの到達威力の測定がメインですから。一応成功しましたけど」
そう言って胸を張る誠の頭のつむじをかなめが押さえつける。痛みに脂汗を流しながら誠は黙って画面を見つめた。
「ああ、いいもの見せてもらったよ。ラン、留守は頼むぞ」
動画が続いているというに嵯峨は思いついたように立ち上がった。
「じゃあ、お前等もちゃんと仕事しろよ」
そう言うと嵯峨は部屋を出て行った。
「……仕事って言ったって、模擬戦のデータ収集と豊川警察の下請けの駐禁切符切る以外に何があるんだよ」
そう言ってかなめは再び今度は爪を立てて誠の頭のつむじを押さえつけた。
「マジで勘弁してくださいよ!」
涙目で誠は叫んでいた。そんなやり取りの間に2射目が終わり動画が途切れた。
「まあ……とりあえず報告書の添削でもしてやるか」
カウラの言葉にようやく安心した誠はキーボードに手を伸ばし、画面を報告書の書式に切り替えた。
「こんな兵器……誰がどこで使うんだよ……意味わかんねえ」
かなめはそう言い捨てて部屋を出て行った。
「僕にそんなこと聞いても分かるわけないじゃないですか」
誠はそう言いながら動画を終了し、報告書のテンプレートに手を付けることにした。
そう言って駆け寄る誠を見上げたのは寮の入り口の隅の喫煙所でタバコをくゆらせているかなめだった。
「あの、アメリアさんとカウラさんは?」
「気になるの?」
そう言って突然誠の後ろからアメリアが声をかけてくる。振り返るといつもと変わらぬ濃い紫色のスーツを着込んだアメリアと皮ジャンを着ているカウラがいた。
「それじゃあ行くぞ」
かなめの鶴の一言で誠達は寮を出る。空は青く晴れ渡る晩秋の東都。都心と比べて豊川の空は澄み渡っていた。
「こう言う空を見ると柿が食べたくなるな」
そう言いながらかなめは路地にでて周りを見渡す。カウラはそんなかなめの言葉を無視して歩いていく。緊張が走る中、ドアの鍵が開かれるといつも通りかなめは真っ先に助手席を持ち上げて後部座席に乗り込む。そんなかなめと渋々その隣に乗り込む誠を見た後、アメリアはそのまま助手席に乗り込んだ。
ハコスカのエンジンがうなりをあげた。
「確かに遼州は燃料が安いけどもう少し環境に配慮したエネルギー政策を取ってもらいたいわね」
アメリアは手鏡で自分の前髪を見つめながらそうつぶやいた。動き出したカウラの車はいつものように住宅街を抜けた。いつもの光景。そして住宅街が突然開けていつも通りの片側三車線の産業道路にたどり着く。昨日の醜態を思い出して誠は沈黙を守る。三人の女性の上官は察しているのか珍しく静かにしている。順調に走る車は渋滞につかまることも無く菱川重工業豊川工場の通用門をくぐる。
「生協でも寄っていくか?」
カウラが気を利かせてアメリアにそう言うが、アメリアは微笑んで首を振る。そのまま車を走らせて司法局実働部隊の通用門。技術部の宿直の隊員がゲートを開けた。
「おい、叔父貴、来てるじゃねえか。今朝の便で甲武入りする予定じゃなかったか?なにかあったのかね」
駐車場に向かう通路から見える隊長室の窓から顔を出してタバコを吸っている嵯峨の姿が見えた。
「本当ね、忘れ物でもあったのかしら」
そう言いながら一発で後進停車を決めたカウラよりも先にアメリアは助手席から降りる。
「おはようございます!」
ハンガーに足を向けた誠達に声をかけてきたのは西だった。誠の05式の上腕部の関節をばらしていた他の隊員達も軽く会釈をしてくる。
「早いな、いつも」
カウラはそう言うとそのまま奥の階段に向かおうとするが、そこに着流し姿の嵯峨を見つけて敬礼した。
「なにしてるんですか?隊長」
カウラの声で振り返った嵯峨は柿を食べていた。
「いいだろ、二日酔いにはこれが一番なんだぜ。まあ俺は昨日は誰かのおかげでそれほど飲めなかったけど……」
そう言って嵯峨は階段の一段目を眺める。そこで下を向いて座り込んでいたのはランだった。
「あのー、クバルカ中佐。大丈夫ですか?」
そう言う誠を疲れ果ててクマのできた目でランが見上げる。
「気持ちわりー。なんだってあんなに……」
そう言ってランは口を押さえる。
「こりゃ駄目だな。おい、ラン。俺の背中に乗れよ。話があるからな」
そう言って嵯峨は背中を見せる。仕方が無いと言うように大きな嵯峨の背中に背負われたランの姿はまるで嵯峨の子供のようにも見えた。
「昨日の法術兵器の実験に関する報告書……今日の午後までだかんな」
「今日の午後まで?何を書けばいいんですか?」
虫の息のランに言われて誠は戸惑ったようにそう返した。
「いーんだよ、なんでも。ただし書式はちゃんといつも通りにしろよ……上の連中がうるせーんだ」
二日酔いでもランはきっちり仕事の話に乗ってくる。誠はランを軽々と背負って歩く嵯峨について階段を登った。管理部の部屋でいつものように殺意を含んだ視線を投げかけてくる菰田を無視して誠はそのまま嵯峨と別れてとりあえずロッカールームへ向かう。
着替えを終えると誠はつかつかと歩いて機動部隊の詰め所の扉を開ける。そこには誰もいなかった。確かにまだ九時前、いつものことと誠はそのまま椅子に座った。机には先日提出したシミュレーター訓練の報告書の綴りが置いてあった。開いてみると珍しく嵯峨が目を通したようで、いくつかの指摘事項が赤いペンで記されていた。
そうこうしている間に部屋にはカウラが入ってきていた。そのまま彼女は誠の斜め右隣の自分の席に座る。
「休暇中の連絡事項なら昨日やればよかったのに」
そう言って誠は嵯峨から留守中の申し送り事項の説明を受けているだろうランの机に目をやる。だが、カウラは誠より実働部隊での生活に慣れていた。
「今日できることは明日やる。まあ、嵯峨隊長はそう言うところがあるからな」
そう言ってカウラは目の前の書類入れの中を点検し始めた。
「おはよー」
かなめが勢いよくドアを開いた。
「おはようございます!」
相変わらず愛銃XDM40のホルスターを脇に付けたかなめに冷や汗を流しながら誠はそう返した。
「隊長は?」
「なんでアタシが叔父貴のことを知ってるんだ?あれじゃね……忘れ物とか」
カウラに尋ねられて少し拗ねながらかなめは席に着く。
「おー……西園寺も来てたか」
先ほどよりは少しマシな程度に回復したランはそう言って機動部隊詰め所の自分の席に向かった。
「先に報告書あげないと……」
端末の前の席に座った誠は恐る恐るかなめを見上げるが、彼女はまるでその声が聞こえていないかのようにデータの再生のためにキーボードを叩く。
「出たな」
モニターに映されたのは先日の実験の時のコックピットからの画像。目の前には巨大な法術火砲の砲身があり、その向こうには森や室内演習用の建物が見える。次第に左端の法力ゲージが上がっていく。
「おい、神前。どのくらいのチャージで発射可能なんだ?」
かなめはふざけて誠の頭のこぶをさする。誠は頭に走る激痛に刺激されたように彼女の手を払いのける。
「そうですね、だいたい230法術単位くらいでいけると言う話ですけど……」
「違う違う。出力じゃなくてチャージにかかる時間だ」
そう言うと今度はカウラが誠の頭を小突く。
「痛いですよ!そうですね、だいたい10分ぐらいはかかりますね」
そう言いながら誠は背後に立つ二人を振り返った。そこには落胆したような表情のかなめとカウラがいた。
「使い物にならないじゃねえか!だいたい非殺傷ってところが気にくわねえな。殺傷能力有りの干渉空間切削系の火器の方がコストや運用面で有利なんじゃないのか?」
そう言って再びかなめは誠の頭のこぶを叩く。
「確かにそうだな。だが我々は司法機関の職員だ。破壊兵器の開発は軍の領域。私達の扱うのは司法執行機関としての必要最低限の装備と言うのが建前だ」
横槍を入れたのはカウラだった。かなめが発言者を睨みつけた。
「確かに、うちの本分が治安維持行為なのは先刻承知だぜ。無用な死者を出すことは職域を越えているのは確かなんだけどよう」
渋々かなめはうなづく。それに合わせるかのように嵯峨が入ってきた。
「おう、お仕事かい!ご苦労だねえ」
そう言いながら山のように積み上げられた雑誌がある真ん中のテーブルに嵯峨は腰掛けた。
「叔父貴……手ぶらなのか?お土産くらい買ってかねえとおふくろにどやされるぞ」
呆れたようにかなめは着流し姿の嵯峨を見る。
「ああ、荷物なら別便でもう送ったからな。それにどうせ殿上会に着ていく装束はあっちの屋敷の蔵から引っ張り出すつもりだし」
そう言いながらも嵯峨の視線は誠達が再生している動画に移った。
「ああ、これか。しかし、非破壊設定だろ?制御系はどうなってるのかね」
嵯峨の言葉で一同は画面を見つめた。画面右上に地図が表示され、誘導反応にしたがって効果範囲設定が設定されていく。
「おい、指定範囲と範囲内生命体の確認画面?こんなのも必要なのか?チャージだけじゃなく安全装置の解除までめんどくさくなってるんだな」
かなめは呆れる。カウラは腕組みしたまま動かない。
「とりあえず一射目はこれでやりましたよ」
そう言う誠の目の前で法術射撃兵器の周辺の空間がゆがみ始めた。
「俺がやるとこのまま空間崩壊が起きるなこれは」
そう言う嵯峨を無視して誠達は画面を凝視する。桃色の光が収束すると、砲身が金色に光りだした。法術単位を示すゲージは振り切れている。
「ここです」
誠の声と同時に視界は白く染め上げられた。しばらく続く白い画面が次第に輪郭を取り戻す。
『第一射発射。全標的に効果を確認』
オペレータ役のひよこの淡々とした声が響く。大きくため息をつく誠の吐息まで聞こえる。
『第二射発射準備開始。法術系バイパス解放』
誠の震えている声にかなめが思わず噴出す。
「笑うこと無いじゃないですか」
「すまねえな。今度こそまともな射撃なんだろうな」
すぐにまじめな顔に戻ったかなめが誠をにらみつける。
「ええ、機体の地図情報から効果範囲を設定。そこへの到達威力の測定がメインですから。一応成功しましたけど」
そう言って胸を張る誠の頭のつむじをかなめが押さえつける。痛みに脂汗を流しながら誠は黙って画面を見つめた。
「ああ、いいもの見せてもらったよ。ラン、留守は頼むぞ」
動画が続いているというに嵯峨は思いついたように立ち上がった。
「じゃあ、お前等もちゃんと仕事しろよ」
そう言うと嵯峨は部屋を出て行った。
「……仕事って言ったって、模擬戦のデータ収集と豊川警察の下請けの駐禁切符切る以外に何があるんだよ」
そう言ってかなめは再び今度は爪を立てて誠の頭のつむじを押さえつけた。
「マジで勘弁してくださいよ!」
涙目で誠は叫んでいた。そんなやり取りの間に2射目が終わり動画が途切れた。
「まあ……とりあえず報告書の添削でもしてやるか」
カウラの言葉にようやく安心した誠はキーボードに手を伸ばし、画面を報告書の書式に切り替えた。
「こんな兵器……誰がどこで使うんだよ……意味わかんねえ」
かなめはそう言い捨てて部屋を出て行った。
「僕にそんなこと聞いても分かるわけないじゃないですか」
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