レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第14章 地球からの監視者

少年の目

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 アメリカと東和共和国には国交は無かったが、アメリカ政府は東和に連絡事務所を置いていた。

 そのアメリカの東和事務所ナンバーのアメリカ製高級乗用車が停められていた。薄汚れた住宅街の中でその車は一際、目立っている。アメリカ事務局陸軍三等武官はあくびをしながら目の前のすすけた遼州同盟司法局下士官寮を眺めていた。

「おじさん!」 

 不意に窓を叩く野球帽を被った少年を見つけて、彼のあくびも止まった。

「クリタ中尉じゃないですか、脅かさないでくださいよ」 

 運転席の窓を開けて、少年を見た。10歳にも満たないクリタと呼ばれた少年は手にしていたコンビニの袋からアイスクリームを取り出した。

「どうだい、様子は」 

 いたずらっ子の視線と言うものはこう言うものだ。武官はバニラアイスのふたを開けながら少年を見つめていた。

「いつもと変わりはありませんよ。昼ですから食事でもしてるんじゃないですか?」 

 投げやりにそう答えた。少年は玄関を見つめる。虎縞の猫が門柱の影で退屈そうに周りを見回している。

「クリタ中尉。あなたが来るほどのことは無いと思いますが」 

「そうでもないさ。一度はマコト・シンゼンに挨拶するのが礼儀と言うものだろ?いずれ手合わせをすることになるかもしれないんだから」 

 クリタと呼ばれた少年は手にしていたチョコレートバーの雫を舐め取りながら少年らしいあどけない笑みを浮かべた。

「物騒な話ですねそれは。それに会いたいなら明日の出勤時刻にでもここにいれば必ず見れますよ」 

 助手席に座っている情報担当事務官がそう言いながら手にしたチョコレートバーを舐め続けている。

「まあ、急ぐ必要は無いさ。それに今のところ彼等は合衆国の目の届く範囲内にいる。もし動きがあるとすれば『廃帝』が動き出してからだろうね」 

 『廃帝』と言う言葉を聴いて、三等武官は眉をひそめた。

「言いたいことはわかるよ。おととい早速奴等はマコト・シンゼンに連中の使い手が襲撃をかけたと言う話じゃないか。しかし、あれは挨拶位のものなんじゃないかな。これまでの『廃帝』の動きは君が予想しているよりもかなり広範囲にわたっている」 

 クリタ少年はそう言うと棒についたアイスをかじり始める。

「しかし、本当に存在するのですか?『廃帝』は……私に言わせると……存在自体があり得ない……アメージングだ」 

 おどけて見せる三等武官にクリタ少年は微笑みを返した。

「そうでなければ嵯峨と言う男は『法術』の存在の公表と言うジョーカーを切る必要は無かっただろうね……そもそも法術師の存在自体が現代科学ではありえない話なんだから仕方ないね……ただ『力』が有る。それ以上のことは言えないね僕からは」 

 言っていることは物騒な武装組織の話だというのにその表情は子供だ。三等武官は思った。状況を楽しんでいる。まるでゲームじゃないか。そんな言葉が難解も頭をよぎる。

「何でそうまで言いきれるのですか?」 

 三等武官の言葉に野球帽の唾をあげて少年は答えた。

「それは僕が嵯峨惟基と同じ存在だからさ」 

 そう言うと、少年はそのまま三等武官の乗る車から離れた。

「同じ存在?」

「そうだよ同じ存在……遺伝情報から幼少時の記憶に至るまで同じ存在さ……まあそんな存在が二つ存在する理由は聞かないほうが賢明かな……僕もあまり言いたい気分じゃないんだ……察してくれよ」

 三等武官の言葉に少年は冷たい視線とともにそう答えた。

『まるで『禅』問答じゃないか』

 少年のしぐさと言っていることの乖離を考えてみると三等武官にはそう思えてきた。

「それにしてもこの暑いのに張込みは僕には疲れるよ。とりあえず変化があったら連絡してくれ」 

 悠然と立ち去る少年の後ろ姿に畏怖の念を抱きながら、三等武官はその視線を下士官寮へと移した。

「マコト・シンゼン……ことの始まりか……『廃帝』の野心に地球を巻き込むのはやめてくれると助かるんだが……」

 三等武官は先ほどの少年の冷たい視線を思い出して背筋を凍らせながら何も起きることの無いであろう経年劣化の目立つ寮をただ眺めていた。
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