レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第13章 男子寮最後の日

引っ越しそばと『客』

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「あの、良いですか?」 

 にらみ合う二人に突如声をかけたのは困った表情を浮かべた神前ひよこ軍曹だった。まるで中学生のように見える彼女に誠達は毒気を抜かれて立ち尽くした。

「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」 

「違います。たまたま先日の出動時の健康診断のデータを取りに本部に行ったら、嵯峨隊長にこれを持って行くように言われたので」 

 そう言ってひよこがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。

 手打ちそばが入っていた。

「本部で嵯峨隊長にこれをみんなで食えって渡されたんですけど。隊長はそのまま帰っちゃって……」 

 ひよこがカウラの方に目をやる。

「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」 

 カウラの言葉に誠はそのままアメリアの部屋の前に向かった。島田をはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。

「パーラさんいますか?」 

「何?」 

 部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。

「なんか隊長がそば打ったってことで、ひよこちゃんが来てるんですけど」

 パーラは呆れたようにすぐに大きなため息をつく。 

「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アメリア!後は自分でやってよ」 

 そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。

「サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」 

 パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。

「ひよこちゃん。こっちよ」 

 喫煙所前で突っ立っていたひよこに声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。

「そばか、いいねえ」 

 タバコを吸い終えたかなめがいる。

「手伝うことも有るかも知れないな」 

 そう言うとカウラは食堂へ向かう。

「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」 

 かなめはあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。

「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」 

 奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。

「だけど……良い所ですよね、この寮。本部から近いし、こうして食事まで出る……」 

 周りを見回すひよこ見つめながら、誠はそのまま厨房に入った。

「誠君。竹のざるってある?」 

「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」 

 誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。

「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」 

「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど。ネギがあるからそれだけで十分ですよ!」 

「だから冗談よ!」 

 西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。

「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと神前君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」 

 パーラは慣れた調子で大なべに火をつけた。邪魔になるのもなんだと思い直して誠は食堂に戻った。

「はいはい!邪魔ですよ!」

 今度はサラがそばを手に食堂に腰かけようとしていた誠を追い立てる。

「追い出されたのか?」 

 何度も食堂の中を振り返りつつ誠が渋々廊下に出た。廊下と階段の間の喫煙所でタバコを吸うわけでもないひよこが笑っていた。

「とりあえずお水を」

 食堂からお盆を持って出てきたサラからひよこは冷えた水を受け取った。

 蝉しぐれが無言の喫煙所に響き渡る。誠とひよこは黙ってそれを聞き入っていた。

「夏ですね……」

 ひよこは手持無沙汰でただ立ち尽くしている。誠も年下の先輩にどう接したらいいのか分かりかねて黙り込んでいた。

「誠さん……」

 話しかけてくるひよこに誠は目を向けた。

「な……なにかな?」

 ひよこは少し照れたような笑みを浮かべながら誠を見つめていた。

「誠さんは……出身はどこですか?」

「東都……母さんも父さんも東都の出身だから……」

「そうなんですか……私は県内なんです。隣の市の公営団地で育ちました」

 ひよこはそう言って笑顔を浮かべる。誠もかなめ達とは違う女性らしいひよこの笑顔に引き込まれた。

「うちは母さんが剣道場をやってるんだ。だからいつも子供が一杯……父さんは全寮制の高校の先生だからあまり家には居ないんだ」

「そうですか……私は母が私が小学校の時に亡くなって……父も体が弱いので……ああ、それと弟が居ます」

 ひよこはそう言って照れたような笑みを浮かべた。

「僕は一人っ子……弟か……」

 誠は家族のことを話すとき少しひよこが悲しげな顔をするのが気になって黙り込んだ。

「はい!茹で上がりましたよ!」 

 パーラの一声でとりあえず悶着は起きずに済んで誠は胸をなでおろした。一同は食堂に向かった。島田が手にそばの入った金属製のざるにそばを入れたものを運んできた。

「はい!めんつゆですよ!ねぎはたくさんありますから、好きなだけ入れてくださいね!」 

 サラはそう言いながらつゆを配っていく。

「サラ!アタシは濃いのにしてくれよ」 

「そんなことばかり言ってるから気が短いんじゃないのか?」 

 いつものように再びかなめとカウラがにらみ合う。誠は呆れながら渡された箸を配って回った。

「じゃあ食うぞ!」 

 そう叫んだかなめは大量のチューブ入りのわさびをつゆに落とす。明らかに勢いの良すぎるその様子に誠は眉を顰める。

「大丈夫なんですか?そんなに入れて」 

「なんだよ、絡むじゃねえか。このくらいわさびを入れて、ねぎは当然多め。それをゆっくりとかき混ぜて……」 

蘊蓄うんちくはいい。それにそんなに薬味を入れたらそばの香が消える」 

 そう言うとカウラは静かに一掴みのそばを取った。そのまま軽く薬味を入れていないつゆにつけてすすりこむ。

「そう言えばカウラはそば通だもんね。休みの日はほとんど手打ちそばめぐりとパチンコに使ってるって話だけど」 

 アメリアも遅れまいととばかりざるの中のそばに手を伸ばす。その言葉に誠はカウラの顔に視線を移した。

「ええと、ベルガー大尉。そば好きだったんですか?」

「まあ隊長みたいに自分で打つほどではないがな。それに娯楽としては非常に効率が良い。値段も安いしそれなりに暇もつぶれる」 

 カウラは再びそばに手を伸ばす。そして今度も少しつゆをつけただけですばやく飲み込む。

「なるほど、良い食べっぷりですねえ」 

 ひよこはカウラの食べっぷりに感心したようにそうつぶやいた。

「そう言えば……ひよこ。はす向かいの駐車場に停まってる外ナンバー……あれはなんだ?ついてきてのか」 

 かなめがつぶやいた言葉に一気に場の雰囲気が緊張感のあるものに変容する。かなめは荒事に関わる時に見せる鉛色の濁った眼付きでひよこを見据える。

「知りませんよ……でも私が来た時から停まってましたから……でも地球圏の駐在事務所の人が何の用なんでしょうね……」 

 それだけ言うとひよこは器用に少ない量のそばを取るとひたひたとつゆにくぐらせる。

「初の法術発動者神前誠曹長の観察記録でも取ろうってのか?迷惑な話だな」

 かなめはそう言うとわさびで染まっためんつゆを薄めもせずに飲み干した。隣でサラがそのわさびの味を想像したのか顔をしかめて目を伏せる。 

「まあ、観察日記をつけるかどうかは別としてだ。外ナンバーってことは地球の連中ってことだ。連中は嵯峨隊長には深い遺恨があるからな」 

 カウラがそう言うとつゆのしみこんだそばを口に放り込んだ。

 先日の『近藤事件』で誠が示したその力に関するニュースが全銀河を駆け抜けた翌日には、アメリカ陸軍のスポークスマンが法術研究においてアメリカ陸軍が他国を引き離す情報を握っていることを公表した。

 存在を否定し、情報を操作してまで隠し続けていた法術師研究は、法術師としての適正者のある者の数で地球諸国を圧倒している遼州星系各国のそれと比べてはるかに進んでいた。そして明言こそしなかったものの、アメリカ陸軍はその種の戦争状況に対応するマニュアルを持ち、そのマニュアルの元に行動する特殊部隊を保持していることが他国の軍関係者の間で囁かれていた。

「嵯峨隊長の次は神前曹長か。つくづく司法局は地球圏とは因縁があるらしいわね」

 そう言ってアメリアはそばをすすった。同じざるからそばを取っている島田が、一度に大量のそばを持っていく。アメリアは思わずそれを見て眼を飛ばしてけん制しながら箸を進める。

「どうも今日はそれだけではないらしいがな」 

 そうつぶやきながらかなめはそばをすすった。

「と言うと?」

 誠の問いにかなめは額を指さした。

「勘だ……」

「女の勘?かなめちゃんのがアテになるの?」

「うるせえ!アメリア!黙って食ってろ!」

 アメリアのツッコミにかなめは立ち上がると叫びつつ汁の入った小鉢をテーブルに叩きつける。

「割れたらどうするのよ本当に」

 パーラが困った顔でかなめ達を見つめる。

「そんときはお前が片付けろ」

「いつもそうなんだから……島田君もなんか言ってよ」

 サラに脇をつつかれてそばを吹き出しかけた島田が照れながら立ち上がる。

「じゃあ俺が確認に……」

 全員が白け切った顔を向けたあとそれぞれにそばに集中する。

「やめとけ……うちの仕事じゃない」

「令状無しじゃ手を出せないわね」

「そもそも何の嫌疑けんぎなんだよ」

 かなめ、アメリア、カウラの一言に島田はよたよたと座り込んだ。

「監視か……」

 誠はただ不安を感じながらそばの味に浸ることにした。

 彼等のいる食堂にはただ夏のセミの音が響き渡るだけだった。
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