レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第10章 引っ越し準備

意外な助っ人

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「そんな……忘れるだなんて……すばらしいことをおっしゃいますわね、かなめお姉さま」 

 かなめがその声に血色を変えて振り返った先には朱色の留袖にたすきがけと言う姿の茜が立っていた。

「脅かすんじゃねえよ、あれが来たかと思ったじゃねえか!」 

「かえでさんのことそんなにお嫌いなのですか?一応実の妹じゃないですの」 

 明らかにかなめをからかうことが楽しいと言うような表情を茜は浮かべた。かなめはその表情が憎らしいと言うように口をへの字にした後、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしている。

「あのなあ、アタシにゃあそう言う趣味はねえんだよ!いきなりマチ針を差し出されて『苛めてください』なんて言われてみろ!かなり引くぞ」 

 タバコを携帯灰皿に押し込みながらかなめが上目遣いに茜を見る。

「そうですわね。……それにかなめさんは神前くんのこと気に入ってらっしゃるようですし」 

「ちょっと待て、ちょっと待て!茜!」 

 小悪魔のような笑顔を浮かべると茜はかなめの汚れた雑巾を取り上げてバケツに持ち込んで洗い始めた。

「なんでオメエがいるんだ?」 

「かなめさん。昨日、引越しをするとおっしゃってませんでしたか?これからお世話になるんですもの、お手伝い位させていただこうと思って」 

 茜は慣れた手つきで畳の目にそってよく絞った雑巾を動かす。

「オメエの引越しは……東都のオメエの家からだと、ここは結構遠いぞ……車じゃ渋滞するし、電車は乗り換えないとダメだし」 

 冷や汗を流しながらかなめが口を開く。

「お父様には以前から部屋を探していただいていたので、すでに終わってますわ。それにここに常駐するわけではありませんもの。平気ですわよ」 

 すばやく雑巾をひっくり返し、茜は作業を続ける。

「でもいきなり休みってのは……」 

 そう言うかなめに茜は一度雑巾を置いて正座をして見つめ返す。

「かなめさん……いや、西園寺大尉」 

 茜は視線を畳から座り込んでいるかなめに向ける。

「なんだよ」 

 突然の茜の正座に不思議そうにかなめが応える。

「皆さんには私達、法術特捜の予備人員として動いていただくことになりましたの。このくらいのお手伝いをするのは当然のことでなくて?」 

 沈黙する部屋。かなめはあきれ返っていた。誠はまだ茜の言葉の意味がわかりかねた。

「そんなに驚かれること無いんじゃありませんの?法術に関する公式な初の発動経験者が現場に出るということの形式的意味というものを考えれば当然ですわ。テロ組織にとって初の法術戦経験者の捜査官が目の前に立ちはだかると言う恐怖。この認識が続いているこの機に法術犯罪の根本的な予防の対策を図る。このタイミングを逃すのは愚かな人のなさることですわ」 

「そりゃあわかるんだよ。あんだけテレビで流れたこいつの戦闘シーンが頭に残ってる時に叩くってのは戦術としちゃあありだからな。でも……」 

 かなめは不思議そうな顔で覗き込んでくる茜の視線から逃れるようにうなだれた。

「ということはカウラさんも入るんですか?」 

 今度は窓を拭きながら誠が尋ねる。

「当然ですわ。あの方には小隊をまとめていただかなくてはなりませんし」 

 そう言うと茜は再び良く絞った雑巾で丁寧に畳を撫でるように拭く。

「結局、あいつの面を年中拝むわけか」 

「他にも本人の要請でアメリアさんも状況分析担当で編入予定ですわ」 

 しばらく茜の言葉にかなめはせき込んでタバコの煙を吐き出した。しばらくしてその目は楽しそうに自分を見つめている茜へと向けられる。

「まじかよ……」

 かなめは茜の言葉にただ茫然と立ち尽くしていた。

「嘘をついても仕方ありません」

 茜はそれだけ言うと慣れた調子で着々と畳を拭いていた。

 かなめは一瞬、茜の言葉、『アメリアが誠達とともに法術特捜の捜査員を兼務する』という意味を理解できないでいた。

 しかし茜にまじまじと見つめられてようやく事態を把握した。

「なんだってー!」 

 かなめの叫び声が響き、ドアからうわさの人アメリアが顔を覗かせる。

「なにやって……」 

 アメリアはそれだけ言うと言葉を続けることは出来なかった。自分の顔をこれでもかというくらい突きつけているかなめにアメリアはただ息をのむ。

「そんな……私に気があるなんて……かなめちゃんには……かえでさんがいるじゃないの」 

 そう言いながらもアメリアは目を閉じてキスを待つような格好をする。

「そう言う話をしてるんじゃねえ!本当か?こいつの言ったことは、本当か?」 

「話が見えないわよ!茜さんが何言ったのよ!」 

 助けを求めるようにアメリアは誠に視線を投げる。

「法術特捜の司法局実働部隊からの協力者のメンバーにアメリアさんが入っているかということですよ」

 誠の言葉にアメリアは余裕の笑みを浮かべていた。

「そうなんだけど、何か問題があるの?」 

 その挑戦的な口調に、かなめは思わず引き下がった。

「こんちわー!何でも屋です……って、どういうこと」 

 タイミングを計ったかのように島田が部屋に工具を持って現れた。ぴりぴりした雰囲気。にらみ合うアメリアとかなめ。助けを求めるように島田は誠に目を向けた。

「ごめんなさいね茜ちゃん、ガサツ娘のお手伝い頼むわ。島田君!こっちのクーラーは後回しにして次はカウラの部屋のにしましょう」 

 アメリアはいつものようにころりと態度を変える。

「じゃあ西園寺さん、終わったら呼んでください」 

 右手に持ったドライバーを器用に手の上でくるくると回すと、島田はそのまま消えていく。

「お前も一緒に消えろ!」 

 かなめは二本目のタバコに火をつけて、茜が畳を拭くのを眺めている。

「かなめちゃんも少しは手伝ってあげれば良いのに。あなたの部屋なのよ」 

 アメリアはそう言うと、手にした雑巾をバケツの中で洗う。かなめはそんな様子を不承不承見守っている。茜もアメリアもかなめのそんな態度には慣れきっていると言うように、黙って畳を拭き始める。

「後は窓ガラスだけですね。ちょっと待っててください」 

 そう言うと誠は黒い汚れた水のバケツを持って廊下に出た。昼も近くなり、額の汗が部屋の埃を吸い込んで肌に張り付いているのがわかる。

「神前君。大丈夫?」 

 水道の前でクーラーのフィルターを洗っているサラに声をかけられた誠は、汗を拭いながら洗い場に汚れた水を流す。

「まあ、大丈夫ですよ。もう少しで終わりそうな感じです。後は窓だけですから」 

「それじゃあこれがいるわね」 

 そう言うとパーラは新品の雑巾を二枚渡す。

「ありがとうございます。それにしてもすみませんねえ。二人とも休みを潰しちゃって」 

 誠はそう言うと空になったバケツに新しい水を注いだ。

「私達の方が言う言葉よ、それ。アメリアのことだから、絶対、これから誠君に迷惑かけるでしょうからね」 

 パーラのその言葉に、誠は乾いた笑いを浮かべる。

「それじゃあ行ってきます」 

 あまり待たせれば間違いなく雷が落ちると予感した誠はそのまま二人を置いてかなめの部屋に戻った。

 誠は窓を拭き始めた。ただビルの影の窓なのでそれほど汚れは無い。

「手伝いますわよ」

 声をかけてくる茜に首を横に振ると誠は仕上げのからぶきを始めた。

「ようやく終わったわね。誠ちゃんももうすぐみたいじゃないの」 

 部屋の中央でアメリアは部屋を見回した。茜は微笑んで静かに部屋を出て行く。かなめは相変わらずタバコをくゆらせている。アメリアは澄んだ色のバケツに新品の雑巾を落として絞る。

「ああ、暑いなあ。誠!島田の修理屋がどうなってるか見てきてくれよ」 

 かなめはそう言うと畳の上に大の字で体を横たえた。

 誠はアメリアの部屋を通り過ぎてカウラの部屋に入った。踏み台に乗った島田がクーラーの前の部分を外してドライバーで中の冷却剤の流れている管を叩いている。

「おっかしいなあ、漏れてるわけじゃないんだけど」 

 島田の作業の結果拡げられた新聞紙の上の部品をカウラは一つ一つ手にとって眺めている。

「どうしたんですか?島田先輩」 

「神前か。実は冷却剤が漏れてるみたいなんだけど。さて、どうしたもんかね」 

 島田は頭を掻いて困った表情浮かべる。

「補充用の冷却剤の缶ってこれですか?」 

 誠は足元の缶を眺める。それがすぐになんであるかわかった。

「島田。これが原因なら間違いなく入らないだろうな」 

 カウラもそれを見て人工的な笑いを浮かべる。

「これエアソフトガン用のガスですよ」 

「おいホントかよ!吉野か上島の馬鹿、あれほどエアコンのガスかっぱらうなって言ったのに……ガスガンの違法改造は警察にパクられんぞ……って俺達警察官だったな」 

 島田はそのまま踏み台から降りた。

「これじゃあ買出し行かないと無理っすね。ベルガー大尉、すいませんが明日の朝には都合つけますから」 

 そう言って島田はばらしたクーラーの組み立てにかかる。

「神前。西園寺さんには午後になるって言っといてくれよ」 

 島田は器用に全面のカバーを組み込んで、手にしたボルトを刺していく。

「手伝わなくても大丈夫ですか?」 

「技術屋を舐めるなよ」

 そう言うと島田はてきぱきと修理のために外していた基盤をクーラーに差し込んでいく。 

「誠。まだ西園寺の部屋は終わらないのか?」 

 島田にねじを渡しながらカウラが誠に向き直る。

「今、アメリアさんが手伝ってますからすぐ終わると思うんですけど……」 

「あいつまたサボってタバコでも吸っているのか」 

 カウラはあきれたような顔をして、小さな基盤を島田に手渡す。

「じゃあ戻ります」 

 作業の邪魔にはなるまいと、誠はそのままカウラの部屋を出た。
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