レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,172 / 1,503
第10章 引っ越し準備

掃除開始

しおりを挟む
「それじゃあ行くか」 

 カウラと誠も立ち上がった。ようやく決心がついたとでも言うように、菰田とヒンヌー教徒もその後に続く。

「菰田達!バケツと雑巾もう少し物置にあるはずだから持ってきてくれ」 

 食べ終わった弁当容器を片付けながら島田が叫んだ。仕方が無いという表情で菰田達ヒンヌー教団達が物置へ歩き始める。

「ほんじゃあ行くぞー」 

 投げやりにそう言うとかなめは歩き出した。アメリア、カウラもその後に続く。誠も仕方なく通路に出た。当番の隊員はすでに寮を出た後で、人気の無い通路を西館に向けて歩き続ける。

「しかし、ずいぶん使いかけの洗剤があるのね」 

 掃除用具を取りに行った整備班員が持っている洗剤の瓶を入れたバケツにアメリアが目をやった。

「ああ、これはいつも島田先輩が掃除と言うと洗剤を買ってこさせるから……毎回掃除のたびにあまりが貯まっていってしまうんですよ」 

 誠は仕方がないというように理由を説明した。

「ああ、あいつ。そう言うところはいい加減だもんな」 

 かなめは窓から外を眺めながらつぶやいた。マンションが立ち並んでいることもあり、ビルの壁くらいしか見ることが出来ない。とりあえず彼らは西館一階の目的地へとたどり着いた。奥の部屋にカウラが、その隣の部屋にアメリアが、そして一番手前の部屋にかなめが入った。

「なんやかんや言いながら気があってるんじゃないの」 

 ポツリとパーラがつぶやく。

「パーラさん。ベルガー大尉を手伝ってくんねえかな、俺はクラウゼ少佐の手伝いをするから」 

 そう言うと島田は真ん中のアメリアの部屋に入ろうとした。

「私は誠ちゃんの方が良いなあ」 

 入り口から顔を出すアメリアをカウラとかなめがにらみつける。

「お前と誠を一緒にすると仕事しねえからな。アニメの話とか一日中してたら明日の引越しの手伝いしてやらねえぞ」 

「わかりました、がんばりまーす」 

 かなめに言われると、アメリアはすごすごと引っ込んでいった。誠は左腕を引っ張られて無理やりかなめの部屋に引きずり込まれた。

「とりあえず雑巾絞れ」 

 そう言ってかなめは誠に雑巾の入ったバケツを突きつけてくる。誠はすぐに彼女が何もしないつもりなのがわかった。

「わかりましたよ」 

 誠はとりあえず二枚の雑巾をバケツに放り込んで絞り始めた。かなめはその様子を見つめている。

「西園寺さんも手伝ってくださいよ。ここ西園寺さんの部屋になるんですよ」 

 かなめに手伝うように言っても無理とはわかりつつも誠は自分で二枚目の雑巾を絞る。正直心の中の半分以上はかなめの行動には期待していなかった。しかし、思いもしないほど素直にかなめは搾った雑巾を受け取った。

「なんでアタシがオメエの言うことを聞かなきゃなんねえんだよ……まあ一回ぐらいは手伝ってやるよ。一回ぐらいはな」 

 かなめは雑巾を手に持つと、そのまま部屋の畳を拭い始めた。

「神前、聞いて良いか?」 

 一つ畳を拭き終わったかなめが起き上がり、手の上で雑巾をひっくりかえす。

「はい」 

 誠は壁についたシミを洗剤でこすって落とそうとしていた。

「オメエ自分の力をどう思ってる?二度も襲われてるんだ、それについてどう見るよ?」 

 かなめの言葉に誠の手が止まる。誠はとりあえず洗剤を置き、雑巾でシミのついた壁をこすり始めた。

「そうですね。何も知らない時の方が気楽だったかも知れませんね」 

「意外だな、お前のことだから怖いですって即答すると思ったんだけどな。わけわからねえで襲われた方が怖くないのか?」 

 誠の顔がかなめの方に向き直る。かなめは照れたように次の畳を拭き始める。

「自分に力があるなんていうことを知らなければ、ただの偶然でまとめられるじゃないですか。うちは特殊部隊ですからそのとばっちりってことで納得できたと思うんです。自分に原因は無いんだってね。でも今回のは違いました。僕はもう自分が法術適正者だと知ってしまった。相手は他の誰でもなく僕を狙ってくるのがわかる。どこへ行っても、どこに隠れても、僕であるというだけで狙われ続けるんですから」 

 いくらこすっても取れないシミ。誠は今度は雑巾にクレンザーを振りかける。

「そうだな。アタシも気になってさあ、ここのところ法術に関する研究所のデータや軍の資料を当たってみたんだ。公開されてる情報なんてたかが知れているが、それでも先月の近藤事件以降かなりの極秘扱いのデータが公表されるようになったしな」 

 かなめは雑巾を畳の目に沿ってゆっくりと動かす。

「遼州人のすべてが力を持っているわけじゃねえ。純血の遼州人の家系であることが間違いない遼南王朝の王族ですら、力が確認されている人物は記録に残っているのはたった三人だ。初代皇帝女帝遼薫りょうくん。二十六代目遼寧りょうねいの皇太子で廃帝ハド。そして新王朝初代皇帝遼献りょうけんだけだ」 

 誠はクレンザーの研磨剤で消えていくシミを見ながらかなめの言葉を聴いていた。

「数千人、数万人に一人の確立というわけですか。でも僕は選ばれたと言って喜ぶ気にはなれませんよ」
 
 誠の手が止まる。かなめはそれを見ると立ち上がった。

「不安なのか?」 

 そう言うとかなめは誠の頭に手を置いた。

「言っただろ?アタシが守るって」 

 中腰の姿勢から立ち上がる誠。かなめは集中するように畳を拭き続ける。誠はそんな彼女を見下ろす。かなめは一瞬、作業を止めて誠を見上げたが、すぐに目を逸らすと再び畳を拭き始めた。

「勘違いするなよな!アタシはお前の能力を買っているから助けるだけだ。テロリスト連中に捕まってアメリアが大好きな特撮モノの怪獣ばりに暴れられたら困るからな……」 

 誠はこっけいに見えるかなめの姿に笑いをこらえていた。

 誠とかなめ。二人は黙ってそれぞれの仕事を続ける。沈黙と次第に熱せられていく夏の午前中の空気が、気の短いかなめには耐えられなかったように口を開いた。

「いいか?」 

 三つ目の畳を拭きながらかなめが口を開いた。

「別に聞いてなくても良いぜ。ただの独り言だ」 

 誠はそんなかなめを背中に感じながら、バケツで洗ったばかりの雑巾だ窓のサッシを拭いながら聞いていた。

「アタシの家は知ってるだろ?前の大戦中はアタシの爺さんは反戦一本槍の政治屋だった。中央政界から追い出されて、政府からは非国民扱いされてはいたけど、腐っても四大公家の筆頭の家だ。アタシは三つの時に爺さんを狙ったテロでこの体になったわけだ。爺さんもかなり落ち込んでたらしいな……その後一年もたたずに死んだよ……そのことで自分を責めながらな」 

 雑巾をかけている自分の手を見つめるかなめ。誠はそれとなく振り返る。かなめのむき出しの肩と腕の人工皮膚の隙間が誠にはなぜか物悲しく見えた。かなめは落ち着いた様子で畳を拭いていた。

「この体になる前の記憶はまるで無い。まあ三つの時だからな、覚えているほうがどうかしてるよな。でもこの体になってからのことはしっかり覚えてるぜ。脳の神経デバイスは忘却なんていう便利な機能は無いからな。嫌だと言っても昔のつまらない記憶まで引っ張り出してきやがる」 

 そう言うとかなめは畳を拭く手を止めた。

「まるで腫れ物に触るみたいに遠まわしに気を使う親父、家から出るのにも護衛をつけようとるすお袋。家の食客達は、出来るだけアタシから距離を取って、まるで化け物でも見てるような面で逃げ回りやがる。まあ、今思えばしょうがないんだけどさ」 

 誠のサッシを拭く手が止まった。

「当然だよな。三つの餓鬼が一月のリハビリ終えて帰ったらこの大人の格好だ、まともに接しようとするのが無理ってもんだ。でも中身は三つの餓鬼だ。わかってくれない、わかられたくもない。暴れたね。かえでや茜には結構酷いこともしたもんだ。女学校時代も友達なんて出来るわけもねえや。話しかける奴が気に入らなかったらぶん殴ってそれで終わり」 

 かなめはそう言うと掃除に飽きたとでも言うように畳の上に胡坐をかいてタバコを取り出した。

「叔父貴のことをさ、茜から何度も聞かされて。陸軍ならおせっかいの親父やうちの被官衆の手も回って無いだろうっていきがって入ってみたが、士官学校じゃあ西園寺の苗字を名乗ってるだけで教官から目をつけられてすぐに喧嘩だ。どうにか卒業してみれば与えられたのは汚れ仕事の山ってわけだ。つまらないだろ?アタシの身の上話なんて」 

「かなめさん」 

 誠はサッシから手を離して真っ直ぐにかなめを見つめた。

「アタシが言いたいのは、自分が特別だなんて態度は止めてくれって事だ。アタシも東都戦争の頃はそうだった。こんな体だから悪いんだ、こんな家柄だがら嫌われて汚れ仕事をあてがわれるんだってな。でもな、そう思ってる間は一人分のことしか出来ねえんだ。一人で生き抜けるほどこの世は甘くねえよ」 

 そう言ってかなめはタバコをふかす。

「西園寺さん」 

 誠は横を向いて照れているかなめを見つめた。

「私の話なんてつまんねえだろ?良いんだぜ。とっとと忘れても」

 そう言いながらかなめは自虐的な笑みを浮かべた。誠はそんなかなめの独り言を聞きながら畳を拭き続けていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

潜水艦艦長 深海調査手記

ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。 皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

レジェンド・オブ・ダーク遼州司法局異聞 2 「新たな敵」

橋本 直
SF
「近藤事件」の決着がついて「法術」の存在が世界に明らかにされた。 そんな緊張にも当事者でありながら相変わらずアバウトに受け流す遼州司法局実働部隊の面々はちょっとした神前誠(しんぜんまこと)とカウラ・ベルガーとの約束を口実に海に出かけることになった。 西園寺かなめの意外なもてなしや海での意外な事件に誠は戸惑う。 ふたりの窮地を救う部隊長嵯峨惟基(さがこれもと)の娘と言う嵯峨茜(さがあかね)警視正。 また、新編成された第四小隊の面々であるアメリカ海軍出身のロナルド・スミスJr特務大尉、ジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉や、技術士官レベッカ・シンプソン中尉の4名の新入隊員の配属が決まる。 新たなメンバーを加えても相変わらずの司法局実働部隊メンバーだったが嵯峨の気まぐれから西園寺かなめ、カウラ・ベルガー、アイシャ・クラウゼの三人に特殊なミッションが与えられる。 誠はただ振り回されるだけだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...