レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第8章 海と特殊な部隊

体調不良

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「遅いっすよー西園寺さん!」 

 バスの横の荷物入れの前に立っている島田が叫んだ。そしてその目が誠に向くと明らかに何か含むような笑顔に変わった。

「済まねえ!あと一人は乗れるだろ?こいつ乗せてってくれ」 

 そう言うとかなめは後ろに続く茜を指差した。

「隊長のお嬢さんですか?まあ乗れますけど……なんでここに?」 

 島田達は不思議そうな視線を茜に送る。

「ちょっとしたご挨拶ですわ。かなめさん、誠さんが遅れてますけど、よろしいのですか?」 

「いいんだよ。あいつなら」 

 そう言ってかなめはバスに駆け込む。カウラとアメリアがその後に続く。ようやく肩で息をしながら荷物を抱えて走る誠が現れる。

「何だってこんなに重いんだよ」 

 ようやくバスのところまでやってきて、誠はそのまま路上に腰を下ろした。島田は誠の足元にあるかなめのバッグを拾い、一瞬驚いた後、誠を見つめた。

「これ西園寺さんの荷物か。この格好はサブマシンガンでも入ってるんじゃないのか?」 

 そう言いながら荷物を客席下の空間に島田が詰めていく。誠はへたり込んだままじっとそんな島田を見上げていた。

 荷物を積み終えて扉を閉める島田の前で息を整えようと座りなおしている誠がいた。

「神前。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」 

 心配そうに手を出した島田の助けを借りて誠は立ち上がった。相変わらず脂汗が流れる。かなめ達の修羅場で流れるいつものそれとは明らかに違う。どっと倦怠感が襲う。立ちくらみのようなものまでが視界をゆがんだ。

「とりあえず、バスに乗るぞ」 

 その様子に少し真剣な顔をしながら、島田は誠を抱えるようにしてバスに乗り込んだ。

「なんだ?どこかおかしいのか?」 

 島田の肩を借りてようやく立っている様な有様の誠に運転席のカウラが尋ねてくる。

「平気です、何とか……」 

 島田の手から離れて元気なところを見せようとする誠だが、その足元は誰が見てもおぼつかないものだった。

「かなめちゃんに殴られたの?」 

「うるせえ、サラ!何でいつもアタシがぶったことになるんだ?」

 もうすでにバスに置いたままだったウォッカの小瓶を口にしているかなめが叫ぶ。 

「日ごろの行いだよ、この外道!」 

「小夏!テメエ表に出ろ!いいから……」 

 小夏が席から身を乗り出して後部座席にふんぞり返るかなめをにらみつけていた。

「静かに!」 

 アメリアの一言で二人は落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。騒ぐ要素が無くなった車内が静まり帰った。そうなると明らかに様子がおかしい誠に周りの目が集まる。

「誠ちゃんは具合が悪そうだから奥で寝かせてあげましょう」 

 アメリアはそう言うと立ち上がって後ろを見た。一番後ろの席で菰田達ヒンヌー教徒から酒を押し付けられていた西と目が合った。

「さあ、神前曹長が大変ですよ!」 

 にこやかにそう言うと肩を貸していた島田は眼力で西を前の座席に移動させて誠を一番後ろの座席に連れて行く。

「大丈夫?誠ちゃん」 

 アメリアはそう言って誠の手を取る。横たわった誠が薄目を開けると夕日の赤に染められて紫色に輝くアメリアの長い髪が見えた。

「平気だろ?前だって力を使ったときそのまま気絶したこともあったじゃねえか。たぶん同じ理屈なんじゃないか?まあ叔父貴に後で報告する必要は有るかも知れねえがな」 

 淡々とそう言うとかなめは菰田達をにらみつける。さすがに命が惜しいので菰田も席を立ち空いている前の席に移る。島田から誠を支えるのを引き継いだかなめがゆっくりと青ざめた表情の誠を寝かせて彼の前の席に陣取った。

「法術発動の効率が悪いかも知れませんわね。わかりました。しばらくは私が訓練の相手をさせていただくわ」 

 いつの間にかかなめの隣にちょこんと座っていた茜にかなめとカウラは驚いた。

「嵯峨茜。貴様が訓練をするというのか?」 

 カウラの言葉に棘がある。誠は倒れたままそんなカウラと茜を見上げていた。

「仕方がないことではありませんの?現在、法術特捜の構成員は三人ですわ。とてもこれから多発するであろう事件に対応するには手が足りない状況ですもの。誠さんのお力も借りなければなりませんから。当然お父様もそのおつもりですわよ」

 明らかに誠の占有を宣言した茜の態度に不愉快そうにかなめは再びウォッカをあおる。 

「オメエ、基地に常駐でもするつもりか?」

 あざ笑うつもりで言ったかなめの言葉に無言で茜がうなづく。そして彼女が冗談を言うような人間ではないことを知っているかなめはただ呆れたように口に咥えていた酒瓶を座席横に置いた。 

「仕方ないですわね。上層部は現在法術特捜に必要な人材を集めている最中。しばらくは比較的暇なお父様の部隊の応援で仕事をすることになりそうですわね。それにしても……ガサツな誰かさんと年中顔を合わせることを想像するとうんざりしますわね」 

 再び皮肉を炸裂させて切れ長の目で茜はかなめを見つめる。その余裕のある態度がさらにかなめをヒートアップさせた。

「何だと!コラ!」 

 思わず立ち上がったかなめは隣のカウラと誠に付き添っているアメリアに取り押さえられる。

「静かにしないとだめよ!病人がいるんですから!」 

 再び前の席からアメリアの叫び声が聞こえる。その言葉に間違いが無いので仕方ないと言うようにかなめはうなだれる。一方一人余裕で茜は手にした剣を握りなおしている。

「それにあなた達では神前君の本来の能力を開発することは出来ませんわ。その資格があるのはお父様かクバルカ中佐……それに私だけ」 

 かなめはその言葉を聞くとうつむいてしまった。誠は二人のやり取りを黙って横になったまま見上げていた。そしてどちらかと言うと冷徹にも見える茜の言葉に一言言いたいと思いながらも自由に任せない自分の体を呪っていた。

「出ますよ!座ってくださいね!」 

 島田の声が響く。バスはゆっくりと動き出した。

「茜さん」 

 誠はようやく言葉を搾り出せる程度に回復していた。

「何かしら?」 

「これからもこんなことが続くんですか?」 

 誠のその言葉に一同は静まり返った。誠の法術の力を狙っての襲撃事件。二月で二回というのは明らかに多い頻度なのは全員が知っている。

「そうなるわね。私がお父様からいただいたシミュレータと実機の起動時に発生させた法力の展開に関するデータを見させていただいた限りでは、誠さんの潜在能力の高さは驚異的と言っても過言ではないレベルですわ。それこそ数千万人に一人いるかどうか」 

「僕が、ですか」 

 誠はその言葉にうなだれた。一月前にはただの射撃が下手な幹部候補生に過ぎなかった自分がそんな重要な存在になっていた事実に打ちのめされた。

「そして、その精神的弱さも矯正する必要がありますわね」 

 大きすぎる自分の力。それに振り回されているようで何も出来ない自分。無力感にさいなまれて目をつぶった。

「とりあえず寝ます。着いたら起こしてください」 

 そう言うと誠は目をつぶった。

 誠は目をつぶる。彼を囲むかなめ、茜、アメリアが小声で話し合っているのが聞こえてくる。かなめが声を荒げようとするたびに、アメリアがそれを制している。振動が適度な子守唄となり、交代でカラオケを歌い続けているサラとパーラの歌声が次第に誠の意識を奪っていった。
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