レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第8章 海と特殊な部隊

金槌コンビ

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「やっぱりアタシのクルーザー回せばよかったかなあ」 

「西園寺さん、船も持ってるんですか?」 

 そんな誠の言葉に、珍しく裏も無くうれしそうな顔でかなめが向き直る。

「まあな、それほどたいしたことはねえけどさ」 

 沖を行く釣り船を見ながら自信たっぷりにかなめが言った。

「かなめちゃん!神前君!」 

 いつの間にか隣にアメリアの姿があった。 

「なに?アタシがいるとおかしいの?」 

「そうだな、テメエがいるとろくなことにならねえ」

 かなめがそう言うと急にアメリアがしなを作る。 

「怖いわ!誠ちゃん。このゴリラ女が!」 

 そのままアメリアは誠に抱きついてくる。

「アメリア、やっぱお前死ねよ」 

 逃げる誠に抱きつこうとするアメリアをかなめが片腕で払いのける。 

「貴様等、本当に楽しそうだな」 

 付いてきたカウラの姿が見えた。その表情はかなめの態度に呆れたような感じに見える。

「そうよ、楽しいわよ。かなめちゃんをからかうのは」

「なんだと!このアマ!」

 アメリアを殴ろうとするかなめの右手が空を切った。 

「カウラいたのかパチンコは行かないのか?去年は……」

「ここら辺の台は渋いからな……やっぱりパチンコは学生街に限る」

 なんだかよくわからないことを言うカウラに誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。 

 かなめは砂球を作るとアメリアに投げつけた。

「誠君、見て。かなめったらアタシの顔を砂に投げつけたりするのよ」 

「なんだ?今度は島田達とは反対に頭だけ砂に埋もれてみるか?」 

「仲良くしましょうよ、ね?お願いしますから」 

 誠が割って入った。さすがにこれ以上暴れられたらたまらない。そして周りを見ると他に誰も知った顔はいなかった。

「島田先輩達はどうしたんですか?」

 二人しかいない状況を不思議に思って誠はアメリアに尋ねた。 

「島田君達はお片づけしてくれるって。それと春子さんと小夏ちゃんとひよこちゃんは岩場のほうで遊んでくるって言ってたわ」 

「小夏め、やっぱりあいつは餓鬼だなあ。まあひよこは海を見ながらポエムでも書くんだろ、アイツらしいや」 

 かなめは鼻で笑った。

「かなめちゃん。中学生と張り合ってるってあなたも餓鬼なんじゃないの?」 

 砂で団子を作ろうとしながらアメリアが呟いた。

「んだと!」 

 かなめはアメリアを見上げて伸び上がる。いつでもこぶしを打ち込めるように力をこめた肩の動きが誠の目に入る。

「落ち着いてくださいよ、二人とも!」 

 誠の言葉でかなめとアメリアはお互い少し呼吸を整えるようにして両手を下げた。

「かなめちゃんは泳げないのは知ってるけど、神前君はどうなの?泳ぎは」 

 アメリアが肩にかけていたタオルをパラソルの下の荷物の上に置きながら言った。誠の額に油の汗が浮かぶ。

「まあ……どうなんでしょうねえ……」 

 誠の顔が引きつる。カウラがその煮え切らない語尾に惹かれるようにして誠を見つめる。

「泳げないのね」 

「情けない」 

 アメリアとカウラの言葉。二人がつぶやく言葉に、誠はがっくりと頭をたれる。

「気が合うじゃないか、誠。ピーマンが嫌いで泳げない。やっぱり時代はかなづちだな」 

「自慢になることか?任務では海上からの侵攻という作戦が展開……」

 説教を始めようとするカウラをアメリアがなんとか押しとどめる。 

「カウラちゃんそのくらいにして、じゃあ一緒に教えてあげましょうよ」 

 アメリアはいいことを思いついたとでも言うように手を叩いた。 

「アメリア……アタシはそもそも水に浮かないんだけど……」 

「じゃあ私がかなめちゃんに教えてあげるから……面白そうだし」

「人をおもちゃにしてそんなに楽しいか?え?」

「じゃあ私が神前に教えよう」 

「カウラ……人の話聞けよ」 

 かなめがなんとか逃げようとするが良いおもちゃが見つかったアメリアの聞くところでは無かった。

「かなめちゃん、いい物があるのよ」 

 そう言うとアメリアは小夏が残していった浮き輪をかなめにかぶせる。かなめの額から湯気でも出そうな雰囲気を醸し出す。誠はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。

「おい、アメリア。やっぱ埋める!」 

 逃げ出すアメリアに立ち上がろうとしたかなめだが、砂に足を取られてそのまま顔面から砂浜に突っ込む。

「あら?砂にも潜っちゃうのかしら?」 

「このアマ!」 

 とぼけた顔のアメリアを追ってかなめが走り出した。

「あいつは放っておこう。行くぞ神前」 

 そういつもの通り淡々と言うと、カウラは誠を連れて海に向かった。

「しかし……ペーパードライバーなだけじゃなくて泳げない……貴様は何のために軍に入った?」 

 まるで不思議な生き物でも見るようなかなめの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。

「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」 

「それを泳げないと言うんだ」 

 波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。

「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」 

 誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。

「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」 

 誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。

「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」 

 誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直った。

「それでは一度泳いでみろ」 

「手を引いてくれるとか……」 

「甘えるな!」 

 カウラは厳しくそう言って誠をにらみつけた。仕方なく誠は水の中に頭から入った。

 とりあえず海水に頭から入り、誠は足をばたばたさせる。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。

「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」 

「神前……。もう少し体の力を抜け!人間の身体は水より軽いんだ!浮くことからはじめろ!」 

 いつもより熱い情熱を込めたカウラの言葉に誠はただ頭を掻いていた。

「浮くだけですか、バタ足とかは……」 

「しなくて良い、浮くだけだ」 

 カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。

 動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。

「少し良くなったな。それじゃあ私が手を引いてやる。そのまま水に浮くことだけをしろ」 

 カウラはそう言って手を差し伸べてくる。これまでの無表情なカウラを見慣れていた誠はただ呆然と見つめていた。

「じゃあお願いします」 

 誠はただ流されるままにカウラの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける。

「できるじゃないか、神前。その息が切れたところで頭を水の上に出すんだ」 

「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」 

 これまで感情を表に出さなかったカウラが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。

「よう!楽しそうじゃねえか!」 

 背中の方でする声に誠は思わず顔が凍りついた。

「西園寺さん……」 

 振り返ると浮き輪を持ったかなめがこめかみを引きつらせて立っている。

「西園寺、神前は少しは浮くようになったぞ」 

 カウラのその言葉にさらにかなめの表情は曇る。

「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」 

 そう言うとかなめは浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。

「あの!アメリアさん……?」 

 声をかけようとして誠はかなめに足元の青い物体を見つけた。誠はよくよくそれを観察してみる。髪の毛のようなもの、それは首から下を埋められたアメリアだった。さらにその口にはかなめのハンカチがねじ込まれて言葉も出ない状態でもがいている。

「あーあ!つまんねえな」 

 そう言いながらかなめはパラソルの下に寝そべる。自分のバッグからまたタバコと灰皿を取り出す。

「そんなこと言わないでくださいよ」 

「なんだよ、オメエも埋めるぞ」 

 かなめの言葉を聞いて誠が下を見る。黙ってアメリアが助けを求めるように見上げてくる。掘り出そうかと思ったがまた何をするのかわからないのでとりあえず掘り出さないで置く。かなめは静かにタバコに火をつけた。

「あのー……」

 誠はそう言いながらそのままかなめの手を取っている自分を見た。驚いた表情をかなめは浮かべた。そして誠自身もそのことに驚いていた。

「少し散歩でもしましょうよ」 

 自分でも十分恥ずかしい台詞だと思いながら誠は立ち上がろうとするかなめに声をかけていた。

「散歩?散歩ねえ……まあ、オメエが言うなら仕方ねえな。付き合ってやるよ」 

 そう言うとかなめはしばらく誠を見つめた。彼女はタバコをもみ消して携帯灰皿を荷物の隣に置いた。そしてその時ようやく誠の言い出したことに意味がわかったとでも言うようにうなだれてしまう。

「カウラさん!すいません。ちょっと歩いてきます」 

 そう言うと誠はかなめの手を握った。

「え?」

 かなめはそう言うと引っ張る誠について歩き出す。少し不思議そうな、それでいて不愉快ではないと言うことをあらわすようにかなめは微妙な笑みを浮かべた。
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