上 下
1,150 / 1,452
第7章 海の出来事

お姫様と絵

しおりを挟む
 部屋に戻った誠は荷物を片付ける仕事があった。島田は入り口のそばで屈伸をしている。

「早くしろよー!」 

 サングラスをかけた島田が上目遣いに誠をにらむ。誠はそそくさと隣の和室に入ると、かけてあった儀礼服をバックに突っ込んだ。

「それだけか?荷物」 

「ええ、とりあえず一泊ですから」 

 そう言うとジッパーを閉めてバッグを小脇に抱えた。大型のリュックを背負って島田が立ち上がる。

「おい!行くぞ」 

 ドアをたたいて島田が呼んでいるのが聞こえた。

「暑いなあ、さすがに。ビールでも飲みたい気分だな」 

「島田先輩、帰りも運転でしょ?警察が飲酒運転したらまずいでしょ」 

「まったく……うちの隊員で大型一種は誰でも持ってるくせに二種は……まあ、オメエに愚痴っても仕方ねえか」

 島田はそう言うと苦笑いを浮かべた。

「それにしてもいい天気だな」 

 誠は島田の言葉に釣られて大きな窓に目を向けた。水平線ははっきりと見える。空の青はその上に広がり、太陽がそのすべてに等しく日差しを振りまいている。

「よしっと」 

 窓の前で島田が再び屈伸をした。彼が履いているのはビーチサンダルでいかにも浜辺に向かうのに適した格好に見えた。

「もしかしてプライベートビーチとかですか?」 

 ホテルの裏の、時期にしては閑散としているように見える浜辺を見た誠がつぶやく。

「いやあ……そこまでは……。それにどうせアメリアのおばさんが『プライベートビーチなど邪道だ!』とか意味不明なこと言い出すから。一般海水浴場に行くんだと」 

「誰がおばさんよ!誰が!」 

 いきなりドアが開いて胸だけを隠しているように見える大胆な格好をしたアメリアが怒鳴り込んできた。彼女はそのまま島田の耳をつまみ上げる。

「痛い!痛いですよ!鍵がかかってるでしょ?どうやって入ったんですか?」 

 島田がそう言う後ろから、一枚のカードを持ったかなめが入ってくる。 

「一応、このホテルの名義はアタシだからな。当然マスターキーも持ってるわけだ」 

「聞いてないっすよ!」 

 島田の驚く顔を見てかなめは満足げに頷く。涙目になりかけた島田を離したアメリアが誠の手をつかんで引っ張った。誠はとりあえずかなめの機嫌がよくなっていることに気づいてほっと胸を撫で下ろす。

「さあ誠ちゃん!行きましょうね!」 

 紺色の長い髪をなびかせながら誠を引っ張ってアメリアは廊下に出る。廊下には遠慮がちにアメリアの荷物を持たされている淡い緑色のキャミソールを着たカウラがやれやれと言ったように二人を眺めていた。

「んじゃー行くぞ!」 

 かなめが手を振ると皆はエレベータルームに向かった。

「西園寺さん。この絵、本物ですか?」 

 明らかにこの集団が通るにはふさわしくない瀟洒しょうしゃな廊下が続いている。そこにかけてあるのは一枚の絵画だった。

 印象派、ということしか誠には分からない絵を指してかなめに尋ねた。かなめはまったく絵を見ることはしない。

「ああ、モネの睡蓮な。模写に決まってるだろ」 

「そうですよね」 

「本物は甲武の美術館にある」

 かなめは当たり前のようにそう言った。

「へー。遼州星系にあるんですね……なんていう名前の美術館なんですか?そこ」

「西園寺記念美術館」 

 それだけ言ってかなめは立ち去る。あまりにも自然で当然のように振舞うかなめにただ呆然とする誠だった。

「本物持ってるの?かなめちゃん」 

 思わずアメリアが突っ込む。かなめはめんどくさそうに額に乗っけていたサングラスを鼻にかける。

「まあ、あの美術館の所有品は全部アタシ名義だからな……持ってるって言えば持ってるわけか……親父が9歳誕生日にプレゼントだってくれた」

 相変わらずかなめはそっけなかった。

「誕生日プレゼントに……モネ……」

 誠は『モネ』と言う画家が何者かは分からなかったが、それなりに価値のあるものらしいということだけは分かった。

「アタシは印象派は趣味じゃねえけどな……」

 開いたエレベータの扉に入る。感心したようにかなめを見つめるアメリアと島田。カウラは意味がわからないと言うように首をひねりながら誠を見つめている。

「さすがにお嬢様ねえ。昨日の格好も伊達じゃないってことね」 

 アメリアが独り言のようにつぶやくと、かなめは彼女をにらみつけた。

「怖い顔しないでよ。他意はないんだから」 

 アメリアはサイボーグのかなめを怒らせても得は無いことは知っているのでなんとか笑ってごまかそうとする。

 島田は両手で計算をしている。誠にはつぶやいている内容からして、実物のモネの睡蓮の値段でも推理しているように見えた。

 扉が開き、エレベータルームを抜けたところで、先頭を歩いていたかなめの足が止まった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直
SF
毎年恒例の時代行列に加えて豊川市から映画作成を依頼された『特殊な部隊』こと司法局実働部隊。 自主映画作品を作ることになるのだがアメリアとサラの暴走でテーマをめぐり大騒ぎとなる。 いざテーマが決まってもアメリアの極めて趣味的な魔法少女ストーリに呆れて隊員達はてんでんばらばらに活躍を見せる。 そんな先輩達に振り回されながら誠は自分がキャラデザインをしたという責任感のみで参加する。 どたばたの日々が始まるのだった……。

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

アンチ・ラプラス

朝田勝
SF
確率を操る力「アンチ・ラプラス」に目覚めた青年・反町蒼佑。普段は平凡な気象観測士として働く彼だが、ある日、極端に低い確率の奇跡や偶然を意図的に引き起こす力を得る。しかし、その力の代償は大きく、現実に「歪み」を生じさせる危険なものだった。暴走する力、迫る脅威、巻き込まれる仲間たち――。自分の力の重さに苦悩しながらも、蒼佑は「確率の奇跡」を操り、己の道を切り開こうとする。日常と非日常が交錯する、確率操作サスペンス・アクション開幕!

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...