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第6章 大公殿下の食事会
淑女の一面
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「風呂行ってきたのか?」
部屋に戻った誠を待っていたのは黒い礼服のネクタイを締めている島田だった。
「何ですか?何かあるんですか?」
誠は状況が読めずに、思わずそんな言葉を口に出していた。そんな誠の言葉に島田は大きなため息をついた。
「そりゃあ西園寺大公殿下主催の食事会に出るためだよ。聞いてなかったのか?礼服持参とちゃんと言われてたろ?」
「島田先輩。礼服って東和軍の儀仗服のことじゃないんですか?」
そんな誠の言葉に島田呆然と立ち尽くす。
「お前なあ。俺達は遊びに来てるんだぞ?仕事を想像させるようなもの着るかよ。それともあれか?礼服の一着も持ってないわけじゃないだろうな」
島田がそう言うと誠はうつむいた。大きなため息が島田の口から漏れた。
仕方なく誠はバッグの中から濃い緑色の東和陸軍の儀礼服を取り出した。
「なんだかなあ」
そう言いながら服を着替える。窓の外はかなり濃い紺色に染まり始めている。ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締めた。
『ベルルカンの少年兵……』
先ほど風呂で会った少年のことを思い出していた。近年、荒れに荒れた『修羅の国』と呼ばれたベルルカン大陸には安定が戻り始めていた。すでに五か国が遼州同盟に正式加盟し、その中にはアンの国クンサも含まれていた。
『まあいいか……ただの偶然だろ……』
結局は嵯峨の思惑次第だと諦めて、誠はベルトをきつく締めながら部屋から出かけることにした。
廊下を出て誠はエレベータルームに向かった。
「桔梗の間か」
そう独り言を言って上昇のボタンを押す。静かに開くエレベータの扉。誠は乗り込んで五階のボタンを押した。上昇をはじめるエレベータ。四階を過ぎたところで周りの壁が途切れ展望が開ける。海岸べりに開ける視界の下にはホテルやみやげ物屋の明かりが列を成して広がる。まだかすかに残る西日は山々の陰をオレンジ色に染め上げていた。
誠はエレベータのドアが開くのを確認すると、目の前に大きな扉が目に入ってきた。『桔梗の間』と言う札が見える。誠はしばらく着ている儀礼服を確認した後、再び札を見つめた。
「ここで本当にいいのかな」
そう言って扉を開く。一気に視界が開けた。天井も壁もすべて濃い紺色。よく見ればそれはガラス越しに見える夜空だった。だが誠が驚いたのはそのことではなかった。
その部隊のハンガーよりも広いホールに二つしかテーブルが無い。その一つの青いパーティードレスの女性が手を上げている。よく見るとそれはかなめだった。誠は近づくたびに何度と無く、それがかなめであると言う事実を受け入れる準備を始めた。
白銀のティアラに光るダイヤモンドの輝き。胸の首飾りは大きなエメラルドが五つ、静かに胸元を飾っていた。両手の白い手袋は絹の感触を伝えている。青いドレスはひときわ輝くよう、銀の糸で刺繍が施されている。
「神前曹長。ご苦労です」
かなめはいつもの暴力上司とは思えない繊細な声で語りかける。誠は驚きに身動きが取れなくなる。だが明らかにそのタレ目の持ち主がかなめである事実は覆せるものではなかった。
「レディーを待たせるなんて、マナー違反よ」
その隣でアメリアは髪の色に合わせた紺色の落ち着いたドレスに身を纏っていた。彼女はそう言うと自分の隣に座るカウラに目をやる。カウラも誠と同じく、東和陸軍の儀仗服に身を包んでいた。
もうひとつのテーブルには島田、サラ、パーラ、そしてそわそわした様子のひよこが腰をかけて誠の方を見つめていた。
「あのー、他の方々は?」
誠がそう言うとかなめがいつもと明らかに違う、まるでこれまでのかなめと別人のように穏やかに話し始めた。
「ああ、菰田さん達ですわね。あの方達はこういう硬い席は苦手だと言うことで離れの宴会場で楽しんでいらっしゃいますわ」
かなめの猫なで声を聞いてアメリアとカウラは明らかに笑いをこらえるように肩を震わせている。確かにいつもと同じ顔がまるで正反対の言葉遣いをしている様は滑稽に過ぎた。思わず誠も頬が緩みかける。
「TPOって奴だ。笑うんじゃねえ」
声のトーンを落としたかなめがいつもの下卑た笑いを口元に浮かべて二人をにらみつけると、その震えも止まった。
黒い燕尾服の初老のギャルソンが静かに椅子を引いて誠が腰掛けるのを待っていた。こういう席にはトンと弱い誠が、愛想笑いを浮かべながら席に着く。
「神前曹長。もっとリラックスなさっても結構ですのよ」
そんなかなめの言葉を聴くと一同がまた下を向いて笑いをこらえている。誠は笑いを押し殺すと、正面のかなめを見つめた。いつもの『がらっぱち』と言った調子が抜けると、その胡州四大公家の跡取り娘と言う彼女の生まれにふさわしい淑女の姿がそこに現れていた。
ドアが開き、ワインを乗せたカートを押すソムリエが二人とパン等を運ぶ給仕が入ってくる。誠は生でソムリエと言うものを初めて見たので、少しばかり緊張しながらその様子を見ていた。
「今日は何かしら?」
「はい、今日は魚介を中心にしたコースとなっております」
「お魚?じゃあ白がいいかしら……」
「ドイツのモーゼルがあります」
かなめの隣に立った彼は静かにかなめに向かってワインを勧める。誠は一言も口をはさめずにただ黙り込んでいた。カウラもアメリアもにこやかな笑みを浮かべて黙っていた。
給仕によって目の前のテーブルが食事をする場らしい雰囲気になっていく様を見つめていた。ソムリエは静かにカートの上に並んだワインの中から白ワインを取り出すと栓を抜いた。
いくつも並んでいるグラスの中で、一番大きなグラスに静かにワインを注いで行く。誠、カウラ、アメリアは借りてきた猫の様に呆然のその有様を見続ける。
「皆さんよろしくて?」
かなめが白い手袋のせいで華奢に見える手でグラスを持つとそれを掲げた。
「それでは乾杯!」
アメリアがそう言ってぐいとグラスをあおる。
「アメリアさん!ワインは香りと味を楽しむものですのよ、そんなに急いで飲まれては……」
説教。しかもいつものかなめなら逆の立場になるような言葉にアメリアが大きなため息をついてかなめに向き直った。
「かなめちゃんさあ。いい加減そのお嬢様言葉やめてよ。危うく噴出すところだったじゃないの!それにこういう時は一気に飲めって言ってるのはだれ?え?」
隣のテーブルの島田達は完全に好き勝手やっているのがわかるだけに、アメリアのその言葉は誠には助け舟になった。
「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」
これまでの姫君らしい言動から、いつものかなめに戻る。ただし、話す言葉はいつものかなめでも、その落ち着いた物腰は相変わらず上品なそれであった。
「神前!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる」
言葉はすっかりいつものかなめに戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのはいつものかなめだと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。
「そう言うものですか……」
そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。
「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?……どう?誠ちゃん。大公殿下から告白された感想は」
アメリアの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認してかなめが目を伏せた。
「ありえない話はしない方が良い」
珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。
「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」
明らかに焦って見えるかなめだが、スープを掬うしぐさはテレビで見る『大正ロマンで鹿鳴館な国』、甲武貴族のご令嬢のそれだった。
「それじゃあ私達にも必要よね、そんな経験。お願いするわ、お嬢様」
皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアメリアはワインを飲み干した。
部屋に戻った誠を待っていたのは黒い礼服のネクタイを締めている島田だった。
「何ですか?何かあるんですか?」
誠は状況が読めずに、思わずそんな言葉を口に出していた。そんな誠の言葉に島田は大きなため息をついた。
「そりゃあ西園寺大公殿下主催の食事会に出るためだよ。聞いてなかったのか?礼服持参とちゃんと言われてたろ?」
「島田先輩。礼服って東和軍の儀仗服のことじゃないんですか?」
そんな誠の言葉に島田呆然と立ち尽くす。
「お前なあ。俺達は遊びに来てるんだぞ?仕事を想像させるようなもの着るかよ。それともあれか?礼服の一着も持ってないわけじゃないだろうな」
島田がそう言うと誠はうつむいた。大きなため息が島田の口から漏れた。
仕方なく誠はバッグの中から濃い緑色の東和陸軍の儀礼服を取り出した。
「なんだかなあ」
そう言いながら服を着替える。窓の外はかなり濃い紺色に染まり始めている。ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締めた。
『ベルルカンの少年兵……』
先ほど風呂で会った少年のことを思い出していた。近年、荒れに荒れた『修羅の国』と呼ばれたベルルカン大陸には安定が戻り始めていた。すでに五か国が遼州同盟に正式加盟し、その中にはアンの国クンサも含まれていた。
『まあいいか……ただの偶然だろ……』
結局は嵯峨の思惑次第だと諦めて、誠はベルトをきつく締めながら部屋から出かけることにした。
廊下を出て誠はエレベータルームに向かった。
「桔梗の間か」
そう独り言を言って上昇のボタンを押す。静かに開くエレベータの扉。誠は乗り込んで五階のボタンを押した。上昇をはじめるエレベータ。四階を過ぎたところで周りの壁が途切れ展望が開ける。海岸べりに開ける視界の下にはホテルやみやげ物屋の明かりが列を成して広がる。まだかすかに残る西日は山々の陰をオレンジ色に染め上げていた。
誠はエレベータのドアが開くのを確認すると、目の前に大きな扉が目に入ってきた。『桔梗の間』と言う札が見える。誠はしばらく着ている儀礼服を確認した後、再び札を見つめた。
「ここで本当にいいのかな」
そう言って扉を開く。一気に視界が開けた。天井も壁もすべて濃い紺色。よく見ればそれはガラス越しに見える夜空だった。だが誠が驚いたのはそのことではなかった。
その部隊のハンガーよりも広いホールに二つしかテーブルが無い。その一つの青いパーティードレスの女性が手を上げている。よく見るとそれはかなめだった。誠は近づくたびに何度と無く、それがかなめであると言う事実を受け入れる準備を始めた。
白銀のティアラに光るダイヤモンドの輝き。胸の首飾りは大きなエメラルドが五つ、静かに胸元を飾っていた。両手の白い手袋は絹の感触を伝えている。青いドレスはひときわ輝くよう、銀の糸で刺繍が施されている。
「神前曹長。ご苦労です」
かなめはいつもの暴力上司とは思えない繊細な声で語りかける。誠は驚きに身動きが取れなくなる。だが明らかにそのタレ目の持ち主がかなめである事実は覆せるものではなかった。
「レディーを待たせるなんて、マナー違反よ」
その隣でアメリアは髪の色に合わせた紺色の落ち着いたドレスに身を纏っていた。彼女はそう言うと自分の隣に座るカウラに目をやる。カウラも誠と同じく、東和陸軍の儀仗服に身を包んでいた。
もうひとつのテーブルには島田、サラ、パーラ、そしてそわそわした様子のひよこが腰をかけて誠の方を見つめていた。
「あのー、他の方々は?」
誠がそう言うとかなめがいつもと明らかに違う、まるでこれまでのかなめと別人のように穏やかに話し始めた。
「ああ、菰田さん達ですわね。あの方達はこういう硬い席は苦手だと言うことで離れの宴会場で楽しんでいらっしゃいますわ」
かなめの猫なで声を聞いてアメリアとカウラは明らかに笑いをこらえるように肩を震わせている。確かにいつもと同じ顔がまるで正反対の言葉遣いをしている様は滑稽に過ぎた。思わず誠も頬が緩みかける。
「TPOって奴だ。笑うんじゃねえ」
声のトーンを落としたかなめがいつもの下卑た笑いを口元に浮かべて二人をにらみつけると、その震えも止まった。
黒い燕尾服の初老のギャルソンが静かに椅子を引いて誠が腰掛けるのを待っていた。こういう席にはトンと弱い誠が、愛想笑いを浮かべながら席に着く。
「神前曹長。もっとリラックスなさっても結構ですのよ」
そんなかなめの言葉を聴くと一同がまた下を向いて笑いをこらえている。誠は笑いを押し殺すと、正面のかなめを見つめた。いつもの『がらっぱち』と言った調子が抜けると、その胡州四大公家の跡取り娘と言う彼女の生まれにふさわしい淑女の姿がそこに現れていた。
ドアが開き、ワインを乗せたカートを押すソムリエが二人とパン等を運ぶ給仕が入ってくる。誠は生でソムリエと言うものを初めて見たので、少しばかり緊張しながらその様子を見ていた。
「今日は何かしら?」
「はい、今日は魚介を中心にしたコースとなっております」
「お魚?じゃあ白がいいかしら……」
「ドイツのモーゼルがあります」
かなめの隣に立った彼は静かにかなめに向かってワインを勧める。誠は一言も口をはさめずにただ黙り込んでいた。カウラもアメリアもにこやかな笑みを浮かべて黙っていた。
給仕によって目の前のテーブルが食事をする場らしい雰囲気になっていく様を見つめていた。ソムリエは静かにカートの上に並んだワインの中から白ワインを取り出すと栓を抜いた。
いくつも並んでいるグラスの中で、一番大きなグラスに静かにワインを注いで行く。誠、カウラ、アメリアは借りてきた猫の様に呆然のその有様を見続ける。
「皆さんよろしくて?」
かなめが白い手袋のせいで華奢に見える手でグラスを持つとそれを掲げた。
「それでは乾杯!」
アメリアがそう言ってぐいとグラスをあおる。
「アメリアさん!ワインは香りと味を楽しむものですのよ、そんなに急いで飲まれては……」
説教。しかもいつものかなめなら逆の立場になるような言葉にアメリアが大きなため息をついてかなめに向き直った。
「かなめちゃんさあ。いい加減そのお嬢様言葉やめてよ。危うく噴出すところだったじゃないの!それにこういう時は一気に飲めって言ってるのはだれ?え?」
隣のテーブルの島田達は完全に好き勝手やっているのがわかるだけに、アメリアのその言葉は誠には助け舟になった。
「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」
これまでの姫君らしい言動から、いつものかなめに戻る。ただし、話す言葉はいつものかなめでも、その落ち着いた物腰は相変わらず上品なそれであった。
「神前!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる」
言葉はすっかりいつものかなめに戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのはいつものかなめだと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。
「そう言うものですか……」
そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。
「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?……どう?誠ちゃん。大公殿下から告白された感想は」
アメリアの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認してかなめが目を伏せた。
「ありえない話はしない方が良い」
珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。
「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」
明らかに焦って見えるかなめだが、スープを掬うしぐさはテレビで見る『大正ロマンで鹿鳴館な国』、甲武貴族のご令嬢のそれだった。
「それじゃあ私達にも必要よね、そんな経験。お願いするわ、お嬢様」
皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアメリアはワインを飲み干した。
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