1,128 / 1,503
第44章 再開する日常
駄目人間の独白
しおりを挟む
誠が出ていくと嵯峨は静かにため息をついた。
「新米社会人は『勝つ』ことしか考えねえんだな……世の中『負け』ばっかなのに……逃げることすら知らねえ実業界や官界を知らない『アホ』が偉いことを言う軍や警察は……変わらねえかな?いつまでも」
嵯峨はそう言って隊長室の机の引き出しに手を伸ばした。
そしてそこから一枚の写真を取り出した。
「『廃帝ハド』……この宇宙の知的生命体すべてから『逃げ場』を奪うことを目的に復活した化け物か……」
嵯峨はそこに写っている二十歳前後に見える長髪の美男子を見つめてそう言った。嵯峨もまたそのくらいの年齢に見えるので、その光景は極めて奇妙なものに見えた。
「人間は逃げていいんだよ。俺はできねえけどランはいつでも逃げられるよ。死なねえし、『跳べる』からな。この130億年かけて育った宇宙の外の食い物と空気がある『別の世界』に逃げられるんだ……ランはね」
そう言いながら嵯峨は頬杖を突く。その面差しには少し寂しげな表情が浮かんでいた。
「でもな、ランはもう逃げたくないって言うんだ。あいつは逃げるのはもうこりごりだって言うんだ。そのために『体育会系縦社会』のうちの伝統を作ってぶっ叩いて部下を育てて『逃げる必要のない』世の中を作りたいっていうんだよ……どう思う?すべてを支配する『不死の王』さんよ……」
嵯峨はそう言うとポケットからタバコを取り出した。
「あいつも俺も死なねえんだ。死にたくても死なねえんだ。あの世に逃げ出すっていう人間本来の逃げ方すらできねえんだよ」
タバコに火をつけながら嵯峨はほほ笑んだ。
「『不完全な生き物』だな。終わりがあるから生き物は生きているって言うんだ。この宇宙が始まって130億年。でも俺達遼州人はどうやらその前に『始まりの鎧』に導かれてこの宇宙に来てしまった哀れな『死ねない』知的生物みたいなんだわ。俺も何回死んでるかわからねえくらい死んでるが……今でも死にきれずにこうして『特殊な部隊』の隊長をやってるんだわ」
煙が隊長室に充満する。嵯峨はなんとも困った表情で写真の若い男を見つめた。
「俺はたった46年しか生きてねえんだ。『廃帝』さん……おまえさんは二百年生きてるらしいな……でもな、この宇宙のひ弱な生き物はそれ以下の寿命でも満足して死んでいけるんだ。俺やランやあんたみたいな『不完全な生き物』では無くてちゃんと死ねる生き物なんだ。うらやましいな『死ねる』ってことは。終わって責任を次の世代に繰り越せるんだ。うらやましいんじゃねえのかな、あんたも」
嵯峨はそう言ってほほ笑んだ。その微笑みに悲しみが混じっていることは彼の『不死』の宿命からしてあまりにも当然の話だった。
「死ねて初めて『人間』なんだ。昔、ゲーテとか言う詩人が、俺やランみたいに死ねなくなった『ファウスト』博士と言う人物を描いた詩を書いたんだ。博士は『世界は美しい』と言えれば死ぬことができた。そして、博士は望み通りに死んだ」
そう言うと嵯峨は静かに写真を目の前にかざした。
「俺は言いたいね、『世界は美しい』ってな。そして、静かに終わりたい。世界が美しくない限り、生き物が逃げられる宇宙を作りたいんだ……それを阻むおまえさんや『ビッグブラザー』に言いてえんだ……」
嵯峨は静かに正面を見据えた。
「俺は逃げ場を作り続ける!永遠に撤退戦を戦い抜くつもりだ!そのためにこの部隊を作った!俺は……永遠に『逃げる!』」
そんな嵯峨の宣言はむなしく隊長室の『駄目』な雰囲気に呑まれていった。
「新米社会人は『勝つ』ことしか考えねえんだな……世の中『負け』ばっかなのに……逃げることすら知らねえ実業界や官界を知らない『アホ』が偉いことを言う軍や警察は……変わらねえかな?いつまでも」
嵯峨はそう言って隊長室の机の引き出しに手を伸ばした。
そしてそこから一枚の写真を取り出した。
「『廃帝ハド』……この宇宙の知的生命体すべてから『逃げ場』を奪うことを目的に復活した化け物か……」
嵯峨はそこに写っている二十歳前後に見える長髪の美男子を見つめてそう言った。嵯峨もまたそのくらいの年齢に見えるので、その光景は極めて奇妙なものに見えた。
「人間は逃げていいんだよ。俺はできねえけどランはいつでも逃げられるよ。死なねえし、『跳べる』からな。この130億年かけて育った宇宙の外の食い物と空気がある『別の世界』に逃げられるんだ……ランはね」
そう言いながら嵯峨は頬杖を突く。その面差しには少し寂しげな表情が浮かんでいた。
「でもな、ランはもう逃げたくないって言うんだ。あいつは逃げるのはもうこりごりだって言うんだ。そのために『体育会系縦社会』のうちの伝統を作ってぶっ叩いて部下を育てて『逃げる必要のない』世の中を作りたいっていうんだよ……どう思う?すべてを支配する『不死の王』さんよ……」
嵯峨はそう言うとポケットからタバコを取り出した。
「あいつも俺も死なねえんだ。死にたくても死なねえんだ。あの世に逃げ出すっていう人間本来の逃げ方すらできねえんだよ」
タバコに火をつけながら嵯峨はほほ笑んだ。
「『不完全な生き物』だな。終わりがあるから生き物は生きているって言うんだ。この宇宙が始まって130億年。でも俺達遼州人はどうやらその前に『始まりの鎧』に導かれてこの宇宙に来てしまった哀れな『死ねない』知的生物みたいなんだわ。俺も何回死んでるかわからねえくらい死んでるが……今でも死にきれずにこうして『特殊な部隊』の隊長をやってるんだわ」
煙が隊長室に充満する。嵯峨はなんとも困った表情で写真の若い男を見つめた。
「俺はたった46年しか生きてねえんだ。『廃帝』さん……おまえさんは二百年生きてるらしいな……でもな、この宇宙のひ弱な生き物はそれ以下の寿命でも満足して死んでいけるんだ。俺やランやあんたみたいな『不完全な生き物』では無くてちゃんと死ねる生き物なんだ。うらやましいな『死ねる』ってことは。終わって責任を次の世代に繰り越せるんだ。うらやましいんじゃねえのかな、あんたも」
嵯峨はそう言ってほほ笑んだ。その微笑みに悲しみが混じっていることは彼の『不死』の宿命からしてあまりにも当然の話だった。
「死ねて初めて『人間』なんだ。昔、ゲーテとか言う詩人が、俺やランみたいに死ねなくなった『ファウスト』博士と言う人物を描いた詩を書いたんだ。博士は『世界は美しい』と言えれば死ぬことができた。そして、博士は望み通りに死んだ」
そう言うと嵯峨は静かに写真を目の前にかざした。
「俺は言いたいね、『世界は美しい』ってな。そして、静かに終わりたい。世界が美しくない限り、生き物が逃げられる宇宙を作りたいんだ……それを阻むおまえさんや『ビッグブラザー』に言いてえんだ……」
嵯峨は静かに正面を見据えた。
「俺は逃げ場を作り続ける!永遠に撤退戦を戦い抜くつもりだ!そのためにこの部隊を作った!俺は……永遠に『逃げる!』」
そんな嵯峨の宣言はむなしく隊長室の『駄目』な雰囲気に呑まれていった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
潜水艦艦長 深海調査手記
ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。
皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる