レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,124 / 1,505
第44章 再開する日常

休日を終えて

しおりを挟む
 菱川重工豊川工場。完成したばかりの掘削機の鉱山用ドリルを積んだ大型トレーラーが、轟音を立てながら走る。誠はその後ろにくっ付いて買った中古のスクーターで走る。

 昨日までは東和帰還後の休暇だった。いつものように司法局実働部隊の通用口に到着すると、そこでは警備の担当の技術部員が直立不動の姿勢でパーラの説教を受けていた。

「おはようございます!」 

 誠の挨拶にパーラが待ち焦がれたというような笑顔で振り向く。警備担当者はようやく彼女から解放されて一息ついた。

「昇進ですか?」 

「……ああ。そんなところだけど……でも神前君は……」

 大尉の階級章をつけた司法局実働部隊の制服姿のパーラに誠が声を掛けた。

 しかし、誠に出会った時の笑顔はすぐに消えたパーラはあいまいな返事をしてその場から逃げるようなそぶりをしていた。

 普段ならこんな事をする人じゃない。誠は不思議に思いながら無言の彼女に頭を下げてそのまま開いた通用口の中に入った。

 隊のグラウンドの脇に広がるトウモロコシ畑は、もう既に取入れを終えていた。誠はその間を抜け、本部に向かって走った。そして駐輪場に並んだ安物のスクーター群の中に自分のを止めた。なぜかつなぎ姿の島田が眼の下にクマを作りながら歩いてくる。

「おはようさん!徹夜も三日目になると逆に気持ちいいのな」 

 そう言うと島田は誠のスクーターをじろじろと覗き込む。

「大変ですね」 

「誰のせいだと思ってるんだ?上腕部、腰部のアクチュエーター潰しやがって。もう少しスマートな操縦できんのか?」 

 そう言いながら島田がわざとらしく階級章をなで始める。 

「それって准尉の階級章じゃないですか?ご出世おめでとうございます!」 

「まあな。それより早く詰め所に行かんでいいのか?西園寺さんにどやされるぞ……『奴隷の分際で遅刻した!』とか言って」 

 かなめの名前を聞いて、誠はあわただしく走り始める。

「おはようございます!」

 気分が乗ってきた誠は技術部員がハンガーの前でキャッチボールをしているのに声をかけた。技術部員達は誠の顔を見ると一斉に目を反らした。

 何か変だ。

 誠がそう気づいたのは、彼らが誠を見るなり同情するような顔で、お互いささやきあっているからだった。しかし、そんな事は誠にはどうでもよかった。元気よく一気に格納庫の扉を潜り抜け、事務所に向かう階段を駆け上がり管理部の前に出る。

 予想していたどうやら少なくないらしいカウラのファンの襲撃の代わりにかなめとアメリアが雑談をしていた。アメリアの勤務服が特命少佐のそれであり、かなめが大尉の階級章をつけているのがすぐに分かった。

「おはようございます!」 

 元気に明るく。

 そう心がけて誠は二人に挨拶する。

「よう、神前って……その顔はまだ見てないのか、アレを」 

「駄目よかなめちゃん!」 

 そう言うとアメリアはかなめに耳打ちする。

「西園寺さんは大尉ですか。おめでとうございます!」 

「まあな。アタシの場合は降格が取り消しになっただけだけどな」 

 不機嫌にそう言うとかなめはタバコを取り出して、喫煙所のほうに向かった。

「そうだ、誠ちゃん。隊長が用があるから隊長室まで来いって」 

 アメリアも少しギクシャクとそう言うと足早にその場を去る。周りを見回すと、ガラス張りの管理部の経理班の班長席でニヤニヤ笑っている嫌味な顔をした菰田主計曹長と目が合った。何も分からないまま誠は誰も居ない廊下を更衣室へと向かった。

 実働部隊詰め所の先に人垣があるが、誠は無視して通り過ぎようとした。

「あ!神前君だ!」 

 肉球グローブをしたサラが手を振っているが、すぐに島田の部下の技術部員達に引きずられて詰め所の中に消える。他の隊員達はそれぞれささやき合いながら誠の方を見ていた。気になるところだが誠は隊長に呼ばれているとあって焦りながらロッカールームに駆け込む。

 誰も居ないロッカールーム。いつものようにまだ階級章のついていない尉官と下士官で共通の勤務服に袖を通す。まだ辞令を受け取っていないので、当然階級章は無かった。

「今回の件で出世した人多いなあ」 

 誠が独り言を言いながらネクタイを締めて廊下に出た。先程の掲示板の前の人だかりは消え、静かな雰囲気の中、誠は隊長室をノックした。

「空いてるぞ」 

 間抜けな嵯峨の声が響いたのを聞くと、誠はそのまま隊長室に入った。

「おう、すまんな。何処でもいいから座れや」 

 机の上の片づけをしている嵯峨。ソファーの上に置かれた寝袋をどけると誠はそのまま座った。

「やっぱ整理整頓は重要だねえ。俺はまるっきり駄目でさ、ときどき娘が来てやってくれるんだけど、それでもまあいつの間にかこんなに散らかっちまって」 

 愚痴りながら嵯峨は書類を束ねて紐でまとめていた。

「そう言えば今度、同盟機構で法術捜査班が設立されるらしいですね」 

 多少は組織の常識が分かってきた誠は何気なく嵯峨にそう言って見せた。

「ああ、俺の娘も俺と同じ『法術師』ってことがばれてたから上級捜査官にしようって話があんだ。ここだけの話だが、相談受けててね。本人は結構乗り気みたいだからできるだろうが……まあこれまでは『法術』って力はみんなで寄ってたかって『無かった』ことになっていた力だ。そうそう簡単に軌道に乗るとは思えないがな。まあ父親としてはフリーの弁護士よりは安定したお仕事につくんだ。歓迎してやらなきゃね」 

 目の前のどう見ても若すぎる『不老不死の駄目人間』、司法局実働部隊隊長嵯峨惟基には娘がいる話は聞いていた。

 今回の事件。『近藤事件』と名づけられた甲武国のクーデター未遂事件に対する司法局実働部隊の急襲作戦により、法術と言うこれまで存在しない事にされてきた力が表ざたにされた。

 遼州同盟は加盟国国民や地球などの他勢力の不安感払拭のために、司法局直下の『警察特殊部隊』である特務公安隊の拡充を発表した。矢継ぎ早に法術犯罪専門の特殊司法機関機動部隊の発足を決めたニュースは、すぐに話題となった。そしてその筆頭捜査官に嵯峨茜さがあかねと言うどう見ても『駄目人間』の身内の名前が挙がっていることは誠も知っていた。

「それにしても良くここまで汚しますねえ」 

 誠がそう言いたくなったのはソファーの上の埃が手にまとわりつくのが分かったからだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...