レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第43章 勝利の宴

人造人間の苦悩

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「隊長にお願いしたい事がありますれす!」 

 カウラはそう言うと急に背筋を伸ばし敬礼した。かなめとアメリアはいかにも嫌そうな顔でカウラの動向を見る。

「何?聞きたくねえけど、仕方ねえから聞いてやるよ」 

 完全にどうでもいいという表情の嵯峨がそう尋ねた。

「わらくし!カウラ・ベルガー大尉はなやんれいるのれあります!」 

 嵯峨の表情がさらにうんざりしたものに変わり、そのまま右手の端で鍋からクエの身を取り出して酒をあおった。

「悩んでるんだ……へー……」

 薄情な嵯峨の言葉がカウラの言葉を翻訳する。

「何言い出すんだ!馬鹿!」 

 かなめが思わずカウラを止めようとするが、『駄目人間』とは言え人生の先輩の嵯峨はすばやくその機先を制する。

「そう。じゃあ隊長として聞かなければならねえな。続けていいよ」 

 話半分にシイタケをつまみに焼酎を飲みながら、嵯峨は話の先を促した。

「はいれす!わたひは!その!」 

 またカウラの足元がおぼつかなくなる。仕方なく支える誠。エメラルドグリーンの切れ長の目がとろんと誠を見つめている。

「何言いだすつもりだ?この酔っ払い!」 

 カウラから奪い取ったグラスにラム酒を注ぎながら、かなめはやけになって叫んだ。しかし、誠から離れたカウラの瞳がじっと自分を見つめている、自分の胸を見つめている事に気づくと、かなめはわざとその視線から逃れるように天井を見てだまって酒を口に含む。

「このおっぱい魔人が神前をたぶらかそうとしれるのれあります!」 

 かなめはカウラの突然の言葉に思わず酒を噴出す。そんなかなめを見ながら、アメリアはカウラの言葉に同調してうなづく。

「たぶらかすだと!なんでアタシがそんな事しなきゃならねえんだ?まあ、こいつが勝手に、その、なんだ、あのだな、ええと……」 

「たぶらかしてるわね……支配して調教しているわね……銃で」 

 いつの間にかこのテーブルにやってきていたライトブルーのショートカットのパーラ・ラビロフ中尉がそう言った。

 その一言に鍋を見回ってきていた島田とサラもうなづいている。

「テメエ等!無事に地面を踏めると思うなよ!この糞野郎!」 

「だって事実じゃないの?どう思う正人?」 

「俺は……興味ねえことにならねえかな?」 

 あっさりとパーラの言葉を受け止めたサラと、かなめの殺気を野生の勘で察して逃げ腰の島田がそこにいた。

「じゃあ聞くわ。ベルガー。この『女王様』とそこの馬鹿がくっつくとなんかおまえさんにとって困る事があるの?」 

 ほとんど鍋の具を一人で食べきった嵯峨がそう尋ねた。

 そして、誠と同い年ぐらいに見える割には46歳らしい老獪ないやらしい笑みを浮かべた嵯峨はカウラを眺めた。誠は助けを呼ぼうと周りのテーブルを見回した。

 技術部の島田の兵隊達やアメリアの部下の運航部の面々は、完全にこの『特殊』な状況を面白がるというように無視を続けていた。

 軍医を探しに行っていたはずのランですら、嵯峨の居た上座の鍋を占拠して誠達を一瞥することもなく箸を鍋に突っ込んでいた。

「それはれすね!西園寺のような『女王様』に苛められると、神前がマゾにめざめるのれす! そうするとアメリアがその様子を盗撮してネットにながすのれす!困るひとはわたしなのれす!」 

「神前がマゾに目覚める?そいつはまずいなあ……ねえ、『偉大なる中佐殿』」 

 意味不明なカウラの言葉に嵯峨はそう言って話題をランに振った。

「違法じゃなきゃいーんじゃねーか?まーそう言う趣味の人もいるみてーだし」 

「ちっちゃいのに何てこというんですか!」

 今のところはマゾに目覚めたくない誠はやる気のないランの言葉にそう叫んで反論した。

「なるほどねえ……かなめちゃんが、誠ちゃんに餌をやったり芸を仕込んだりするところを撮影してネットにあげれば……結構儲かるかも」 

 アメリアは糸目をさらに細くして満足げな笑みを浮かべる。

『誰か止めて!』 

 しかし誰も止めるつもりは無い。それでもまだカウラの演説は続く。

「わたしは!見過ごせないのれす!誠君がタレ目オッパイの奴隷として覚醒を迎えるのを見過ごせないのれす!ですから隊長!」 

 急にカウラは直立不動の姿勢をとる。

 その時嵯峨は〆のうどん玉を鍋に投入している最中だった。また自分に話題がやってきたことに驚きつつ、嵯峨は仕方なく作業を中断する。

「だからなに?」 

 さすがに飽きてきたのか、嵯峨の口調は投げやりだった。

「こういう状況で何をするべきか、それをおしえれいららきたいのれす!誠!わらしはなにをしたらいいのら!」 

「ベルガーが何をしたらいいのかねえ……って神前支えろ!」

 嵯峨の言葉を聞いて誠はまた仰向けにひっくり返りそうになったカウラを支えた。その誠の頭をぽかぽかとカウラは柔らかいこぶしで殴る。パーラ、サラ、島田の三人は呆れるものの、次のカウラの絡み酒の標的になる事を恐れて退散するタイミングを計っている。

 一方、アメリアは誠がぶっ壊れて意味不明なことを言い出さないので苛立っているように見えた。 
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