レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第42章 変革後の世界

目覚め

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「ここは?」 

 頭痛とめまいを感じながら、誠は目を覚ました。

 彼が最初に見たのは、痩せた眼鏡の医師の日焼けした顔だった。彼もまた『釣り部』の一員なのだろう。誠はぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。

「起きましたよ、大佐。神前君、しばらくは安静にしている方がいいと思うんですが……」 

 誠が絶対磯釣りが好きだと認定した軍医が振り返った先には、嵯峨がついたての隙間から入り口の方を見ている姿があった。

『起きたってよ!』 

 あわてた調子でかなめがつぶやくのが聞こえる。

『騒ぐな西園寺。一応ここは病室だ』

 落ち着いた調子を装うのに必死なカウラの言葉が聞こえてくる。 

『残念ねえ……せっかく私が『桐の棺桶』を用意してあげていたのに……『しんらん』聖人サイン入りプロマイドも……』

 小さい声だが、アメリアは明らかに誠にも話し声が聞こえるように話していた。 

『また作ったの?あのプロマイド。ただ単にアメリアが高校の日本史の教科書から『親鸞聖人』の絵を拡大コピーして、ペンで『しんらん』って書いてるだけじゃない』 

 不服そうな調子でサラが突っ込みを入れる。

『その時の教科書の代金……もらってないわね。いつだって雑用は私達に押し付けてアメリアは遊んでばかりだもの。これ以上損するのはごめんよ』 

 パーラはすっかり呆れた調子だった。

『へー。今度『ザビエル』でやりません?高校時代よく落書きしたんすけど、最高傑作は『ザビエル』なんで。……縄文時代の人でしたっけ?『ザビエル』』

 今度はまるで声を小さくするつもりはないというような『馬鹿』な島田の声が響く。いくら歴史が苦手な誠も『縄文時代』の歴史的人物の絵はさすがに存在しないことは知っていた。

 嵯峨はそんな様子を注意するわけでもなく、とりあえず誠に向き直る。 

「まあ、初めてってのは何でも大変なものだ。ドクター。なんか問題点とかありました?」 

 外の騒動に笑顔を浮かべながら、嵯峨は小柄な釣り好き軍医に声をかけた。

「特にないですね。多少の緊張状態から来る神経衰弱が見られる他は健康そのものですな。うちの技術部のだらけた連中よりよっぽど健康的ですよ。まあ乗り物酔いと緊張した時の胃の内容物の逆流する症状はどうしようもないみたいですけどね」 

 朗らかに軍医はそう言うと席を立った。

「それと、やはりもう自室に戻るべきかもしれないね。あの連中がなだれ込んでくる前に」 

 そう軍医が言ったとたんに病室のドアが開いた。

「なんだ、元気そうじゃないか」 

 軍医と入れ替わりにかなめ達が入ってくる。皆笑顔で上体を起こした格好の誠を見つめた。

「とりあえず差し入れ」 

 と言うとかなめが飲みかけのラム酒のビンを突き出してくる。 

「間接キッス狙いね!」 

「馬鹿野郎!んな訳ねえだろ!たまたま他にやるもんがねえからだな!その……なんだ……」

 かなめはシャムに言われて言葉を濁しながらおずおずと下を向く。

「馬鹿は良いとして、本当に大丈夫か?」 

 カウラがそう言うと誠の背に手を当てて、起き上がろうとする誠を支える。バランスが少し崩れて、誠の顔とカウラの顔が数センチの距離で止まる。カウラのシャワーの後の石鹸の残り香が誠には心地よく感じられた。

 しかし、すぐさまアメリアのニヤついた顔を見つけた誠は、それをごまかすようにカウラの手を借りてベッドから降りた。

「大丈夫ですよ……ってすいません!」
 
 靴を履こうとした誠がよろける。彼を慌ててカウラが支えた。二人は思わず見つめあう形になる。

「ごほん」

 わざとらしくかなめが咳ばらいをした。誠はカウラの支えで、なんとか態勢を立て直すと、握っていたカウラの手を離した。

「それにしても行きは急ぎだっていうのにちんたらパルスエンジンで一週間もかかったのに、帰りは亜空間転移で三日で帰任かよ……まったく同盟法はどうなってるのかねえ……まあ出動時は『ふさ』は軍艦扱いで帰りはもとの警察扱いってことはわかるんけど……まったく融通が利かねえな」 

 明らかにカウラ達を気にしているかなめがあてこするように嵯峨に言った。

「俺に言っても無駄だよ。同盟法は同盟機構が立案して同盟議会が可決した法案だ。そんな一司法執行関の部隊長がおいそれといじれるもんか」

「同盟機構を提唱して各法案をねじ込んだ人がそれを言います?」

「同機構を提唱?各法案をねじ込んだ?」

 誠はアメリアの『特殊』な言葉の意味を理解できずに反芻するばかりだった。

「いいの!病人は気にしなくても!それより祝勝会をするから!誠ちゃんの『偉大なパワー』で全宇宙を平和にする可能性が生まれた!そのお祝いよ!」

 糸目でそう言い切るアメリアを見上げて、誠はただ苦笑いを浮かべて自分の運命がこの『特殊な部隊』で変わってしまったことを悟った。
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