レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第41章 戦地

隠匿された『力』と真の『敵』

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 自分が矢面に立つのはごめんだと思いながらも、ランが始める『心理戦』に興味を惹かれて誠は彼女の言葉に耳を傾けることにした。

 ランはすぐに回線を『那珂』のブリッジにつなげた。

『聞いてっか?近藤の旦那。オメーはもう終わりだ。降伏しな。まあ『国家反逆罪』は『甲武国』の法律では切腹だが……『甲武国』お得意の『連座制』であんたの決起の道連れで死んじまうはずの家族は助かる……アタシは『不殺不傷』を看板にしてんだ……人を殺したくねーんだ。降伏しな』

 『偉大なる中佐殿』挑発は効果的だった。誠の全天周囲モニターに40代後半の丸刈りの将校の画面が映った。

『これはこれはかわいらしい声で……子供が言うことではありませんなあ……人を『殺す』なんて。まあ、我々には高い志がある。当然、引くつもりは無いし、負けるつもりも毛頭ない』

 誠は画面の中の男の言い分もわかった。数は完全に近藤等の貴族主義決起派が有利である。いくら、『人類最強』のランが指揮し、『軍用サイボーグ』のかなめが狙撃を仕掛けるとしても『特殊な部隊』の不利は動かしがたく見えた。

「僕は……お呼びじゃないしね」

 そんな独り言を言いながら、誠はランの『心理戦』の効果を見るべく二人の会話を聞いていた。

『自信があるみてーだが……見えてねーな、『リアル』が。そんな目が節穴の旦那にも、いーこと教えてやる。ついでにこれを傍受してる『地球圏』やその他の星系の『もやし野郎』にも教えてやるわ』

 ランはそう言ってにんまりと笑った。見た目の『幼女』らしさを感じられない老成した感情がそこに見て取れた。

『ものを知らねー軍人さん達にはちょっと難しー話だが……『言語学』の話だ……わかんねーか?大事だぜ……『言語学』。まー、これは隊長からの受け売りだけどな』

『言語学?下らんな……理想を語るには自分の『言葉』さえあればいい』

 挑戦的な幼女の教養的会話に近藤はいら立ちをあらわにしてそう言った。

『いーから最後まで聞けや。アタシ等遼州人と呼ばれる『リャオ』を自称した人々には『時間』と言う概念がねーんだ……理解できねーか?その意味が』

 一語一語、確かめつつランはそう言い切った。

『それは『リャオ』が原始人だというだけの話だな……地球人に文明化されて結構なはなしじゃないか』

 まったくランの言葉を理解するつもりは無いというように近藤はそう言った。

『文明化ねー……まーいーや。アタシは『経験上』、『時間』の概念を知らねー意味を知ってたんだ……』

『経験上だと?』

 近藤が初めて戸惑ったような表情を浮かべる。

『そーだよ。『経験上』知ってんだ。まだ分かんねーかな……アタシが『最強』を自称する理由が……そして、アタシの見た目が『8歳児』で変わらねーことで分からねーかな?』

 そう言って笑うランの言葉を聞くと近藤の表情が急に驚きの色を帯びた。

『とどめだ。アタシの戸籍の年齢は34歳!アタシは十年前に東和共和国に『亡命』した!これでも分かんねーか?分かるだろ!アタシはな年をとれねーんだ!認めたくねーが、『永遠』にこの見た目のまんまなんだ!察しろ!』

 その言葉の意味。誠もようやくランが何を言いたいのかを理解した。

『『不老不死』!まさか……ありえん!地球の科学では永遠に不可能だ……そんな存在は『おとぎ話』にしかあってはならない……』

 近藤も、ランの正体については誠と同じ結論に達しているようだった。

『分かったみてーだな……少なくともアンタの敵の中ではアタシと隊長は『不老不死』の存在だ……信じても信じなくても自由だけどな。目で見た『リアル』のちっちゃいアタシの姿より、科学とやらを大事にする馬鹿はそれでいーや。それは自由だかんな……勝手にしろ!アタシはうんざりするほど生きてるから、いろんないい奴にさんざん『置いて行かれた』わけだ』

 ランの言葉は誠にはどこか悲しみを帯びて聞こえた。

『うらやましい話じゃないか!理想を実現するには人生は短すぎるくらいだ!』

 そう言う近藤には焦りの色が見えた。

『本当にそうか?耐えられるか?アンタに。どんなにいい奴もアタシを置いて死んでいくんだ。どんなに力を尽くしてもどうしようもねえ……アタシは死んで当然のことをしてきた……でも『強制的』に生かされるんだ』

『強制的?』

 ランの言葉を近藤はオウム返しに繰り返す。

『そうだ。アタシ達は罪を償い続けなきゃなんねーんだ。永遠に……続く『贖罪しょくざい』それがアタシ等のこれからの人生なんだ?辛ーぞつれーぞ

『構うものか!それは望むところ!』

 そう叫ぶと近藤は見開いた眼で画面を凝視し握りこぶしを掲げた。

「そんなことはあり得ないですよ……相対性理論を超えた地球人や他の文明が出会うようになっても……無理ですよ……」

 ランの言葉を聞いて誠はそう言った。誠は『理系』である。一応は科学の専門家の自覚はある。そして、人類の科学の進歩の速度では『不老不死』は絶対にありえないという常識は誠にもあった。

 近藤は誠の言葉など無視して、口を真一文字に結んだまま黙り込んでいた。

 彼がランの言う『不老不死』の存在があるという話を認められずにいることは誠にも分かった。誠はランに感じていた独特の『存在感』の理由をようやく悟って、目の前の『リアル』な存在であるランの科学を超えた言葉を受け入れることにした。

 状況はランの言葉で混とんとしつつあった。敵の機体は前進を止めて二人の会話に聞き入っているように見えた。

『地球の科学の限界が見えたところで……もう一つ、いーことを教えてやる。『リャオ』の言語に欠けてたのは『時間』の概念だけじゃねーんだ。『リャオ』の概念に欠けてるのは……』

『まだ……あるのか?あなたの隠し玉は』

 すでに近藤はあきらめていた。相手は『不死の存在』である。科学の及ぶところでないことは地球人である近藤にも理解できるところだった。誠はこの『特殊な部隊』に魅入られた『重罪人』に同情の視線を送るようになっていた。

『ヒントをやる、遼州人は『船』を作らなかった』

『それが……何の意味が……これ以上我々を驚かせて何が楽しいんですかな?』

 突拍子もない事実を聞かされた近藤の力ない言葉にランはかわいらしい笑みで答える。

『理由は簡単。必要なかったんだ……『船』が要らなかった』

『船が要らない?あなたは運用艦『ふさ』から発艦したのでは?』

 ようやくランの言葉の矛盾を見つけて近藤はなんとか反撃に出ようとしてそう言った。

『分かってねーなー。アタシ達遼州人は『遅れた焼き畑農業しかできない未開人』にしか見えねーかな?』

『確かに……死なない原始的な化け物にしか見えないが……どうでしょうかね?クバルカ中佐』

 近藤は自分の優位を確認するような調子でそう言った。

『ちげーよ。必要がねーんだよ。必要が無いと生物は『退化』するんだよ。地球人だって尻尾がねーだろ?それが『生物学』の常識だ。これも隊長の受け売りだけどな』

『退化だ?脳が退化したんじゃないですかな?あの、『駄目人間』にふさわしい』

 そう言うと近藤の顔が元の高慢な雰囲気を帯び始めた。誠もこの『心理戦』が失敗したような気がしてきていた。

『オメーはやっぱり、隊長が言うように頭に『八丁味噌』が詰まってるわ。見えてねーよ、リアルが。遼州人の『船』への関心が退化した理由は簡単だ。『距離』の概念がねーんだよ、『リャオ』には。だから、『船』が必要ねーんだ。だから作る必要を感じなかったんだな……アタシ等『遼州人』は』

『距離の概念が……『無い』?』

 近藤は不審そうにそう言った。自分の優位が崩れていることを認めたくないという焦りがその顔に笑みを浮かべさせる。

『そーだ。今、アタシが得意の『空間跳躍』を繰り出せば、オメーの乗艦『那珂』のブリッジはいつでも潰せる。そして、アンタが間抜けな調べ方をしていたうちの神前にも似たようなことができる……つーわけだ。アタシの態度がでけー理由がわかってよかったな。バーカ』

 一瞬で『重罪人』近藤忠久中佐の表情が硬直した。

『嘘だ!でたらめだ!他の何かの事実を隠すためにでたらめを!何を知っている!貴様は何が言いたい!』

 敗北と死を悟った『漢』だがまだ彼にはそれを認めない『プライド』が残っていた。

『そうか……僕は『跳べる』のか……その力が『法術』……』

 誠は憐れみを込めて、そしてこれから自分が『処刑』するであろう、近藤のうろたえる様を眺めていた。ランの余裕のある態度を見れば誠にも先ほどの無茶なランの命令がいかにもできることのような気がしてきた。

『これ以上オメーの『八丁味噌』に刻み込む言葉はねーんだ。それは今生きてる『遼州人』のプライバシーだかんな。アタシは隊長みたいに地球人の『実験動物』にはなりたくねーんだよ』

「地球人の『実験動物』……」

 誠は二人の会話の外野にすぎないのは分かっていたが、その言葉につい反応していた。誠も嵯峨と同じ純血の『遼州人』である。地球科学の教えの下生きてきた自分が地球人の『実験動物』になるかもしれないという意味のランの言葉に誠はうろたえていた。

『『八丁味噌』の旦那。はなっからあんたは負けてんだ。あんたの死んだあと、アタシ等はちょっと無茶な『敵』と戦うつもりなんだ。その関係で『地球圏』やこの通信を傍受した『力無き人々』に言っとくわ……』

 ランのかわいい笑顔が凶暴な野獣のそれに一瞬変わった。

『アタシ等、『特殊な部隊』は宣戦を布告する!相手は『廃帝ハド』って奴だ。宇宙に生きる『全存在』の『敵』だ!』

「『廃帝ハド』……何者ですか?」

 ランの宣言に誠はついていけなかった。自分がただの『新人』で『幹部』のランとは格が違うことは分かっていた。真の目的を誠が知らないのは当然かもしれない。しかし、ランの言う『守るべき力無き人々』にも知識のある人がいるはずなのだから、『廃帝ハド』への具体的対策などを教えておいた方がいいことは誠にも分かった。

『神前』

 誠は急に自分に言葉を向けてきたランに驚いて顔をこわばらせた。

『知らねーで済めばよかったんだ。世の中、知らねー方がいーことばっかりなんだ。知って得なことって……意外と少ねーぞ』

 そんな『ランの優しい笑顔』が急に『処刑対象』に向かった。

『甲武国海軍中佐、近藤貴久。テメーをこれから処刑する。『死んでもらいます』ってか?』

 誠は自分がこれから何をさせられるかと言うことと、この『宣戦布告』が何をもたらすのかを考えながら全天周囲モニターの全体に視線を走らせた。
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