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第38章 見守るもの達
父親と
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「お父様、例の作戦ですが……まもなく始まります」
甲武国の首都、帝都の屋敷町の中でもひときわ大きな旅館があった。
一人の青年海軍将校の姿がその一室、枯山水が見える和室に甲武国海軍式の儀礼服姿で正座していた。中性的な面差しは凛々しく、さわやかな短髪がその美しい美丈夫の面差しを飾っていた。しかし、青年将校の胸のあたりを見ると普通の感覚の人なら違和感を感じるはずだった。
その胸のふくらみはどう見ても女性なのである。
その『男装の麗人』は、かの『機械魔女』の妹、日野かえで海軍少佐だった。
庶民的な西園寺家の家風が合わなかった彼女は、名門『日野家』を再興してその当主としてこの旅館の上客である父の前で静かに正座していた。
『甲武のペテン師』
そう呼ばれることもある甲武国宰相、西園寺義基は義弟の毛筆で書かれた書類を熱心に読み続けていた。
「しかし、いくら『廃帝誅滅』の為とはいえ、『法術師』公開にこの国を利用するとは迷惑な話だ。まるで俺がこの機会を利用して『官派』を叩いているみたいじゃないか。まあ、近藤君は遅かれ早かれ憲兵隊にしょっ引かれる運命だったかもしれんがな」
西園寺義基の書類を眺めながら、かえでは目の前の茶を啜った。
「『お姉さま』からは何か話が無かったのですか?」
どこか色気と姉への『禁断の愛』を感じさせるかえでの口調に義基は苦笑いを浮かべて話を始める。
「かなめか?いつも通り『女王様』になる方法を言ってきたから、『なれば?』って言っといたわ。あいつの結婚相手を考える手間がなくなるのはいいことだしな……まあ、西園寺家は『個人主義』だから」
義基はかえでの言葉にやる気もなくそう答えた。
「地球のいくつかの政府の特使が3時間前にここに代表を送って来たんだ。そいつ等『法術師』の公表に関して『これでお願いします!』なんてワシも知らんような計画並べ始めてたよ、国交のないはずの連中がだ。地球圏は近藤さんを『亡き者』にすることには大賛成だとさ。まあ、誰か『大人』がけしかけたんだろうなあ……。甲武国の法律では『国家反逆者』の家族と知り合いは『死刑』だからな……10万円盗んで『死刑』にする国だもの……まあ『官派』の連中に言わせるとそれが『伝統』なんだろうけど」
分厚い『特殊な部隊』の隊長であり義基の義弟、嵯峨惟基特務大佐からの分厚い毛筆の書類をかなりの速度で読み終えた後、西園寺義基は静かに言葉を飲み込んで腕を組んだ。
「次の庶民院に提出する法案ですか?」
かえではいつもの乱暴な口調を無理して直して話す。
「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案と、それに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ惟基は帝大の法科の博士課程を陸軍大学のついでに通ってた奴だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、あいつは」
『甲武国』は現在、『官派』の決起を読んでの戒厳令下にあった。それを敷くことを決意した宰相とは思えない柔らかい表情を浮かべて西園寺義基は茶を啜る。かえでは父と『敬愛する姉』の共通点であるたれ目を見て、自分の凛々しいまなざしには無い『愛する姉』西園寺かなめとの血のつながりを見つけて奇妙な安心感を感じていた。
「僕が通っていた貴族の学校『高等予科』では伝説ですからね。叔父様は法律、経済がらみの授業だけは起きてたって」
「まあな、それ以外の授業の時は校庭でタバコ吸ってたらしいからな……真似した馬鹿貴族が、何人も留年してる」
義基はそう言って顔を上げた。
「高等予科じゃ、俺と惟基、それにかなめか。三代続けて問題児だったからな。その中で成績はなぜか惟基が一番なんだ。頭の中に電子辞書がつまってる『サイボーグ』のかなめより上なんだぜ?まあ、確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである」
それだけ言うと西園寺義基は立ち上がり廊下の方へと歩き出した。
「お父様!」
かえでは立ち上がって制止しようとしたが、振り返って穏やかに笑う義基の表情を見て手を止めた。
「安心していいよかえで。この屋敷を狙撃できるポイントはすべて遼州同盟の司法局の公安機動隊が制圧済みだよ。さすが、『物騒警察の特殊な部隊』の隊長、峨特務大佐のご威光という奴だな」
テラフォーミングから四百年もたった大地の風は穏やかだった。甲武国の首都、帝都の空は赤く輝いていた。
「それより、かえで。本当にいいのか?惟基の『特殊な部隊』は『特殊』すぎるぞ。おまえさんがある意味『特殊』なのは誰でも見ればわかるが、あそこに自分で行ったら甲武国海軍には戻れないと思うぞ」
西園寺かなめと日野かえでと言う『奇妙な姉妹』の父親、西園寺義基は『父親』の顔でそう言った。
「僕は『お姉さま』を愛するために生きていると思ってます。そして、『お姉さま』の愛しているものはすべて僕も『愛する』んです」
義基は娘の反応を予想していたが、あまりに予想通りの反応にただ何も言えずに黙り込んだ。
「それに、あの友達の少ないお姉さまに『下僕』ができたと教えてくれました。僕に見せびらかしたくなるような面白い『下僕』だそうです」
「『下僕』ねえ……なんだかなあ」
義基はため息交じりにそう言った。
「お姉さまの『下僕』は僕の『下僕』です……いつかしっかりしつけてあげましょう」
義基は自分の二人の娘があまりに『特殊』な男女観を持っているのは知っていたが、迷惑をこうむるのは自分の政敵の『官派』の貴族主義者なので放置していた。そもそも彼は妻の勧めもあって、『特殊』な姉妹の暮らしに介入しない主義である。
「へーそうなんだ……まあがんばれ」
義基は奇妙な生命体を見るような眼をしてそう言うと、再び部屋の上座に座った。
「かえで。早速、陸戦部隊一個中隊を呼んでくれ。この書類は最高レベルの機密書類だ。できれば司法局の作戦終了時まで伏せておきたい。それとかえで、くれぐれも『東和共和国』に戻っても『下僕』のストーカーとして逮捕されないでくれよ。恥ずかしいから」
「承知しました」
西園寺義基のその言葉を聴くと、すぐさまかえではタブレット端末で海軍省との打ち合わせを始めた。
「さあて……今回の近藤さんの決起で連座する人達をどう救済するか……勝者は情けを持たねえと嫌われるからな」
『官派』の殺害目標第一位である、『平民宰相・西園寺義基』は人懐っこい笑みを浮かべてそう独り言を口にした。
甲武国の首都、帝都の屋敷町の中でもひときわ大きな旅館があった。
一人の青年海軍将校の姿がその一室、枯山水が見える和室に甲武国海軍式の儀礼服姿で正座していた。中性的な面差しは凛々しく、さわやかな短髪がその美しい美丈夫の面差しを飾っていた。しかし、青年将校の胸のあたりを見ると普通の感覚の人なら違和感を感じるはずだった。
その胸のふくらみはどう見ても女性なのである。
その『男装の麗人』は、かの『機械魔女』の妹、日野かえで海軍少佐だった。
庶民的な西園寺家の家風が合わなかった彼女は、名門『日野家』を再興してその当主としてこの旅館の上客である父の前で静かに正座していた。
『甲武のペテン師』
そう呼ばれることもある甲武国宰相、西園寺義基は義弟の毛筆で書かれた書類を熱心に読み続けていた。
「しかし、いくら『廃帝誅滅』の為とはいえ、『法術師』公開にこの国を利用するとは迷惑な話だ。まるで俺がこの機会を利用して『官派』を叩いているみたいじゃないか。まあ、近藤君は遅かれ早かれ憲兵隊にしょっ引かれる運命だったかもしれんがな」
西園寺義基の書類を眺めながら、かえでは目の前の茶を啜った。
「『お姉さま』からは何か話が無かったのですか?」
どこか色気と姉への『禁断の愛』を感じさせるかえでの口調に義基は苦笑いを浮かべて話を始める。
「かなめか?いつも通り『女王様』になる方法を言ってきたから、『なれば?』って言っといたわ。あいつの結婚相手を考える手間がなくなるのはいいことだしな……まあ、西園寺家は『個人主義』だから」
義基はかえでの言葉にやる気もなくそう答えた。
「地球のいくつかの政府の特使が3時間前にここに代表を送って来たんだ。そいつ等『法術師』の公表に関して『これでお願いします!』なんてワシも知らんような計画並べ始めてたよ、国交のないはずの連中がだ。地球圏は近藤さんを『亡き者』にすることには大賛成だとさ。まあ、誰か『大人』がけしかけたんだろうなあ……。甲武国の法律では『国家反逆者』の家族と知り合いは『死刑』だからな……10万円盗んで『死刑』にする国だもの……まあ『官派』の連中に言わせるとそれが『伝統』なんだろうけど」
分厚い『特殊な部隊』の隊長であり義基の義弟、嵯峨惟基特務大佐からの分厚い毛筆の書類をかなりの速度で読み終えた後、西園寺義基は静かに言葉を飲み込んで腕を組んだ。
「次の庶民院に提出する法案ですか?」
かえではいつもの乱暴な口調を無理して直して話す。
「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案と、それに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ惟基は帝大の法科の博士課程を陸軍大学のついでに通ってた奴だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、あいつは」
『甲武国』は現在、『官派』の決起を読んでの戒厳令下にあった。それを敷くことを決意した宰相とは思えない柔らかい表情を浮かべて西園寺義基は茶を啜る。かえでは父と『敬愛する姉』の共通点であるたれ目を見て、自分の凛々しいまなざしには無い『愛する姉』西園寺かなめとの血のつながりを見つけて奇妙な安心感を感じていた。
「僕が通っていた貴族の学校『高等予科』では伝説ですからね。叔父様は法律、経済がらみの授業だけは起きてたって」
「まあな、それ以外の授業の時は校庭でタバコ吸ってたらしいからな……真似した馬鹿貴族が、何人も留年してる」
義基はそう言って顔を上げた。
「高等予科じゃ、俺と惟基、それにかなめか。三代続けて問題児だったからな。その中で成績はなぜか惟基が一番なんだ。頭の中に電子辞書がつまってる『サイボーグ』のかなめより上なんだぜ?まあ、確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである」
それだけ言うと西園寺義基は立ち上がり廊下の方へと歩き出した。
「お父様!」
かえでは立ち上がって制止しようとしたが、振り返って穏やかに笑う義基の表情を見て手を止めた。
「安心していいよかえで。この屋敷を狙撃できるポイントはすべて遼州同盟の司法局の公安機動隊が制圧済みだよ。さすが、『物騒警察の特殊な部隊』の隊長、峨特務大佐のご威光という奴だな」
テラフォーミングから四百年もたった大地の風は穏やかだった。甲武国の首都、帝都の空は赤く輝いていた。
「それより、かえで。本当にいいのか?惟基の『特殊な部隊』は『特殊』すぎるぞ。おまえさんがある意味『特殊』なのは誰でも見ればわかるが、あそこに自分で行ったら甲武国海軍には戻れないと思うぞ」
西園寺かなめと日野かえでと言う『奇妙な姉妹』の父親、西園寺義基は『父親』の顔でそう言った。
「僕は『お姉さま』を愛するために生きていると思ってます。そして、『お姉さま』の愛しているものはすべて僕も『愛する』んです」
義基は娘の反応を予想していたが、あまりに予想通りの反応にただ何も言えずに黙り込んだ。
「それに、あの友達の少ないお姉さまに『下僕』ができたと教えてくれました。僕に見せびらかしたくなるような面白い『下僕』だそうです」
「『下僕』ねえ……なんだかなあ」
義基はため息交じりにそう言った。
「お姉さまの『下僕』は僕の『下僕』です……いつかしっかりしつけてあげましょう」
義基は自分の二人の娘があまりに『特殊』な男女観を持っているのは知っていたが、迷惑をこうむるのは自分の政敵の『官派』の貴族主義者なので放置していた。そもそも彼は妻の勧めもあって、『特殊』な姉妹の暮らしに介入しない主義である。
「へーそうなんだ……まあがんばれ」
義基は奇妙な生命体を見るような眼をしてそう言うと、再び部屋の上座に座った。
「かえで。早速、陸戦部隊一個中隊を呼んでくれ。この書類は最高レベルの機密書類だ。できれば司法局の作戦終了時まで伏せておきたい。それとかえで、くれぐれも『東和共和国』に戻っても『下僕』のストーカーとして逮捕されないでくれよ。恥ずかしいから」
「承知しました」
西園寺義基のその言葉を聴くと、すぐさまかえではタブレット端末で海軍省との打ち合わせを始めた。
「さあて……今回の近藤さんの決起で連座する人達をどう救済するか……勝者は情けを持たねえと嫌われるからな」
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