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第29章 不吉なる演習場

遼州の『魔界ルール』

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 二十分後の隊長室ではちょっとした会議が開かれていた。

「……とりあえず、神前の野郎に関心を持っている国家、武装勢力は以上になります」

 いつものように、実働部隊隊長室は雑然としていた。

 ランは隣の技術部・情報課長の若い男性大尉が話し終わるのをその隣で見守っていた。

「ふうん、そう。俺の予想通りかな……いや、ちょっと少ないか」 

 嵯峨はそういうと手にしている茶碗をじっと見つめている。その表面の凹凸に視線を投げながら、ランと男性大尉を無視しているような態度でそう言った。

「つまりアレだろ?結論は、『どこが神前の素性に最初に気づいたかわかんねえ』と言うことなんだろ?回りくどいのはやめようや」

そう言うと嵯峨は苦笑いを浮かべながら顔を上げた。

「地球圏の政府には、遼州同盟の偉いさんからお手紙を出したそうだが……『最強の営利企業』のマフィアの親分さん達のことだ。神前の身柄の確保を地球圏で一番最初に頼んだ連中の名前は絶対出てこないだろうな」 

 嵯峨はそう言うと、執務机の端に置かれたポットを手元に引き寄せる。

「地球連邦を支える各国家の諜報組織や各惑星系国家の治安関係組織は当然動きますよね。遼州同盟加盟国でも『ゲルパルト連邦共和国』や『甲武国』は当然として『外惑星連邦』をはじめとする前の戦争の『連合国』まで確かに動いてはいますが……どこが最初に動いたかとなるとこれが……」

 急須にポットのお湯を注ぎながら、嵯峨は黙って男性大尉の言葉を聞いていた。

 『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐は、黙って腕組みをして二人の会話を聞いていた。

「どれも動くタイミングとかがばらばらで、何処が主導権を握っているのやら見当がつかない有様で……」

 情報将校用の大型のタブレットを手にした大尉はそう言って頭を掻く。

「まあ生きたままで、『特殊な部隊』の部隊員を拉致するなんて、元々失敗する可能性は大きかったからねえ。成功不成功に関わらず、依頼元がばれないように細工をする準備ができていたんだろ?失敗しても神前に興味を持っている勢力がうじゃうじゃいるからね。そっちを言い出しっぺに仕立てて、自分は知らん顔……大人なんてそんなもんでしょ」

 相変わらず嵯峨はラン達に視線を合わせず、急須のお茶を湯呑に注いでいた。

「連中は神前の『素性』に『関心がある』と俺に示して見せるだけで十分だと考えているんじゃない?俺が何を始めるかまだ分からない。そもそもこの部隊が何のためにあるのか理解できない。そんなところじゃないかなあ」

 茶碗にある程度茶を注ぐと、ようやく嵯峨は視線をランに向けた。

「隊長は。この『馬鹿騒ぎ』を始めた馬鹿の目星がついてんじゃねーか?」 

 腕組みをしながらランはそう言ってにやりと笑う。

 しかし、嵯峨は全く答えずに淡々とお茶を飲んだ。

「ああ、苦すぎ」

 そう言うと嵯峨は渋い顔をして茶碗を机に置いた。

「俺は各方面に神前の『能力』を、あることないことバラまいているのに、それを信じて動く『馬鹿』が結構いる。しかも、そいつらは日常的にはオカルトとかとは無縁な連中だ。なんだってそんなこと信じて動くのかわからんなあ……」

 そんな『情報通の脳ピンク』はエロ本の山から、『甲武国』銘菓の入った箱を引っ張り出す。

「『地球人』はマジで俺達『遼州人』は『魔法使い』とか『超能力者』だと信じてるのかな?『中佐殿』。お得意の何とかいう『魔法のステッキ』で宇宙の平和のためにも連中を滅ぼしちゃってよ。できそうじゃん、お前さんなら」

 そう言う嵯峨の顔が真顔なだけにランもたまらず吹き出しそうになった。

「まあお前さんの戸籍上の年齢は34歳だけど、どう見ても8歳女児だし。『地球人』からしたら、理解不能じゃん、俺もお前さんも見た目が若すぎて」

 『甲武・京八つ橋』と書かれた箱。それを開けた嵯峨はそう言って中の菓子を取り出し、口に運ぶ。

「アタシの『魔法のステッキ』の白鞘『関の孫六』は地球製だ。作者の子孫を滅ぼしたら祟られるだろ」

 ランはあっさりそう言って嵯峨の提案を断った。

「『地球人』は『遼州星系』と関わって、遼州人の『ゲリラ戦法』で『痛い目を見た』のは歴史的事実なんだけどさ。そん時、俺達遼州人が使った『魔界ルール』は地球人と遼州人はお互いそんなことは『無かった』ってことで手打ちになってるんだからねえ……今更蒸し返されても迷惑なだけの話だよ」

 『八つ橋』を食いながら嵯峨はお茶を飲んだ。

「その点、遼州同盟の加盟国は『元地球人』の国も『遼州人』の国も『効率的』に俺の痛いところを突いてくるわ。困ったもんだ。『法術師』の軍事利用を禁止する法案の素案が俺の手元に届いちゃってね。遅かれ早かれオカルトが現実にすり替わるのを見越してるんだ……なかなかやってくれるよ」

 そう言うと嵯峨は隊長の巨大な机の上の一冊の冊子を取り出して二人の部下に示して見せた。

「……まあこっちも『法術の軍事利用』なんてするつもりはねえんだけどさ……でも動きにくくなるね……軍人としては。俺、一応、甲武国の陸軍に籍あるし」

 ランは目の前の『自分は46歳バツイチ』とひたすら主張する、自称する年齢より明らかに若い『駄目人間』の馬鹿行動を見守っていた。その表情は自分の上司の馬鹿さ加減にうんざりしているようなものだった。

「まあ踊った一部の地球の馬鹿の中に意外と神前の『素性』について正確に把握してる奴もいるみたいなんだよね。特にアメリカとか……あそこの軍は『法術師』の研究が進んでるからな……当然だよね。俺が身をもって教えてやったんだから。知らない方がどうかしてる」

 嵯峨は口に二つ目の菓子をくわえたまま、二人の部下を『鋭い視線』で射抜いた。

「結局、アタシ等の『法術』は、いつオープンにするんだ?もうどこの国もかん口令が効かないことくらい分かってきてると思うぞ。マスコミだってそんなに馬鹿じゃない」

 旨そうに菓子を食う『プライドゼロ』に呆れながらランはそう言った。

「神前の誘拐を企てた連中が出てくるぐらいだから……遠くはねえだろうな。まあ、俺と『偉大なる中佐殿』の年齢と見た目のギャップに……誰でも気づくわな、何かおかしいって」 

『そんなのあんた等の免許証を見たら、誰でも気づくわ!』

 見た目が『若すぎる』上官二人のやり取りから取り残された、情報課課長の男性大尉は思った。『駄目中年を演じる演劇サークルの大学生』と『軍人のコスプレの小学校2年生』。誰が見てもそのようにしか見えない。

「じゃあ、報告ありがとうね。俺も言いたいこと言ってすっきりしたから。これから決裁書のシャチハタ押すお仕事に入るんで」

 嵯峨はそう言うと立ち上がり、山と積まれた書類の箱に手を伸ばした。

「神前は立派な『営業成績第一主義の会社の体育会系営業マン』が務まるように鍛え上げてやんよ。アイツは危険物取扱免許のⅠ種も持ってるからな。化学品メーカーの営業位ならすぐに務まるようにしてやる」

 自分よりはるかに長身の情報課課長を従えて、ランは隊長室を出ていく。

 そんな完全に誠の教育方針を『勘違い』した言葉を残して。

「なんだかなあ……まあ、食い扶持には困らねえみたいだから、それはそれで神前にとってはいいことかもしんないけどさ……危険物のⅠ種って……あれ取るの結構大変だって聞くよ……よく就職先決まらなかったもんだな」

 嵯峨はそう言うと書類の束を脇に押しやって二人が入ってくる前に読んでいた通俗雑誌に手を伸ばしかけた手を止めて、再び書類の束を引き寄せて大きくため息をついた。
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