レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
1,070 / 1,535
第29章 不吉なる演習場

命の選択

しおりを挟む
「言っちゃったらしいねえ……第六艦隊の近藤を狩るのが今回の目的だって」

 司法局実働部隊隊長室の机で嵯峨は扇子で顔をあおぎながら目の前に立つランにそう言った。

 そのあおぎ方や言った言葉と反比較してその表情は涼しいモノだった。

「遅かれ早かれ口の軽いアメリア経由で伝わる話だ。問題ねーだろ?」

 ちっちゃなランはそう言って目の前のやる気のなさそうな嵯峨をにらみつけた。

「そうなんだけどさあ……せっかく神前がうちに居つくって決めたところじゃん。このまま戦闘が予定されてます、人を殺すかもしれません……なんてことになったら、またアイツ辞めると言い出すぞ」

 嵯峨はそう言うと扇子を閉じて上目遣いにランを見つめた。

「『殺すかもしれません』じゃねえか。『殺させる予定』なんだもんな」

 嵯峨はそう言うと薄気味の悪い笑みを浮かべた。

「悪い顔してんぜ、隊長」

 そんなランの指摘に嵯峨はすぐにいつもの『駄目人間』の表情に戻った。

「かもな……」

 嵯峨はそう言うと頭を掻きつつ机の上のタバコに手を伸ばした。

「俺は思うんだよ……俺は正しいのかなってな」

 タバコに火をつけて一呼吸した後、嵯峨はそう言って天井を眺めた。

「今回は無かったとしても、うちにいる限り神前はいずれ『人殺し』になるんだ……いくら『廃帝』の歪んだ望みを止めるためとはいえ……それは良いことなのか?アイツは軍人向きじゃねえのは百も承知。でもあの力は……欲しいねえ……喉から手が出るくらい」

 嵯峨は自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

「アタシが言えた話じゃねーが……隊長、アンタは正しいと思うぞ。アイツはうちに引っ張らなければいずれ勝手に『覚醒』する。そーなれば地球圏の連中が何を企てるか分かんねーかんな」

 お子様にしか見えないランがまるで自分より小さな子供をあやすような調子でそう言った。

「それは分かってんだよ……でもその方が良いかもしれないと思うんだよね。そうなればアイツは少なくとも『無罪』だ。人は殺さずに済む。たぶんその時点でそれを望まない連中に逆に殺されるだろうけどな。俺は間違いばかりしてきたからな……ここに来てかなり迷ってんだよ」

 そう言うと嵯峨はまだ一口しか吸っていないタバコを『マックスコーヒー』の空き缶に落とした。

「何言うんだよ。あの時も……遼南内戦でどうしようもなくなったアタシを止めてくれたのはアンタじゃねーか」

 はっきりとした強い口調でランが叫んだ。その口調に嵯峨はタバコに伸ばそうとしていた右手を止めた。

「いや、お前さんはいずれ止まったよ……『遼南内戦』……遼南共和軍の狂気はその中枢にいたお前さんが一番よくわかってたじゃないの。それに、お前さんを止めたのは俺じゃないよ。遼州の『女神』が止めたんだ。俺は『最弱の法術師』だからな……『人類最強』のお前さんの敵じゃねえよ」

 そう言うと嵯峨は視線を窓の外に向けた。真夏のうだるような暑さを想像してか、再び嵯峨の手の扇子が動き始める。

「ああ、その『女神』が言ってたよ……『廃帝を止めるには私が出た方が?良いか』って」

 ランは笑顔を浮かべて後姿をさらしている嵯峨にそう言った。

「人間同士の争いに『神さま』を巻き込むわけにはいかねえだろ?……ああ、お前さんを倒すときには御出馬願ったな……でも……」

 再び視線をランに戻した嵯峨の表情に迷いが浮かんでいることをランは見逃さなかった。

「隊長、迷うんじゃねーよ。もう事態は動き出したんだ。『廃帝』は倒す!『ビッグブラザー』とその信者には御退場願う!そのためのこの部隊じゃねーか!」

 力を込めたランの叫びに嵯峨もようやく目が覚めたように真剣な表情を浮かべた。そんな嵯峨を見て安心したのか、ランの幼い顔が笑顔になった。

「それにだ、アタシの前ではいいが、他の連中には迷ってるってことは悟られるなよ……勝てる戦も勝てなくなる」

 ランのまるで年長者のような言葉を聞きながら嵯峨は扇子で額を叩きながらしばらく考えを巡らせた。

「そうだな……泣き言はこれで最後にするよ。それとだ、神前には敵を撃って涙を流さねえ『クズ』にはなって欲しくねえな。お前さんみたいに敵に涙を流せる立派な戦士になって欲しいもんだ」

 そこまで言うと嵯峨は静かにタバコの箱に手を伸ばした。

「アタシは立派じゃねーよ。ただ『情』のねー人間が嫌いなだけだ」

 ランはそう言って嵯峨に背を向けて隊長室を出て行った。

「人の上に立つってのは……疲れるもんだ……辞めたいのは俺の方だよ」

 タバコに火をともしながら嵯峨はそう言ってランの消えた隊長室の扉を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

処理中です...